折れる。折れない。
五日ぐらいまでは隔日ってばっちゃんがいってた!
訳:リアルでバタバタしていて更新が遅れました。すいません!!
「た、助かったクラウス……」
クラウスに引っ張り上げてもらい、大地のありがたみをひしひしと感じる。クラウスが来るのが後一瞬でも遅ければ、俺は見るも無残な肉塊だっただろう。
「……う、お、おえっ、うぼぇっ」
直前まで展開していた自分の思考の異常さを認識し、耐えきれずに嘔吐する。
頭がガンガンと痛い。
明らかに体調が狂っている。否。狂っているのは体調だけではない。
今、俺は確かに自分という存在を見失うほどの狂気に飲み込まれていた。
一瞬霧に覆われるというだけで、気が狂う。その状況は誰がどう見ても異常だ。
「ハァ……ハァ……クソッ……」
悪態をついてみるも、気分は一向に晴れず最悪だ。
「ノルマン、ここにいるのは危険だ。早く村へ戻ろう」
先ほどと同じ言葉を繰り返すクラウス。
俺が嘔吐していることを無視したような発言だ。
常時のクラウスなら、俺が吐いている時にこんなことは言わないだろう。
つまり、それだけ非常事態ということだ。
俺も、内心では今すぐ帰りたいと思っている。震える体が叫んでいる。
だが、それは、俺たちが撤退するということは、
「ベンさんはどうするんだ? さっき、彼らしき人がそこにいたんだ!」
「この霧の中じゃ、これ以上は探せない。この霧は、あらゆる感覚を狂わせて来るんだ。ここより奥に進んだら、僕でも村まで戻れなくなるかもしれない」
「そんな……」
クラウスの発言が示すもの。それは、剣聖ですらこれ以上の捜索は不可能というどうしようもない現実だ。
クラウスに不可能なら、他の誰でも不可能だろう。
理屈ではわかる。
だがそれはあくまで、理屈での話だ。
感情は違う。
「……諦めるのか?」
「そうするしか、ないよ」
「……あと、もう少しだったってのに……」
「……悔しいけど、これ以上は」
「そんな―――――ッ!!」
それでお前は平気なのか、と反論しようとして、クラウスが、血のにじむほどにこぶしを握り締めていることに気が付いた。
生まれるはずだった言葉は音にならず、そのままパクパクと空回りし、閉口する。
そうだ。
何を言おうとしたんだ俺は。
クラウスが、平気なはずがない。
こいつは剣聖で、英雄だ。
きっと今まで、俺じゃ想像もつかないほどの人数を救ってきたに違いない。
都合二度、俺を救ってくれたのだってこいつだ。
きっと俺よりも、誰よりも人を救いたいと思っているはずなのだ。
そいつが必死に耐えてるというのに、今まさに救われたばかりで霧に対して手立てがあるわけでもない俺が、何を言う資格もない。
「行こう、ノルマン」
「…………」
俺は、促すクラウスについていき、無力感に苛まれた足取りで村へと歩み始めた。
異世界最初の、挫折だった。
※※※※※※※※※※※※※※※
村の状況を見て、ホッと息をつく。
ここまで霧が侵攻してきていたらどうしようかと気をもんでいたが、どうやら杞憂だったようだ。
少しは靄がかかっているものの、狂気に至るほどではない。
多少周りが見えづらい程度だろう。
おとなしくしていれば大丈夫なはずだ。
家の前に、カティアさんが立っていた。
どうやら目が覚めたらしい。
カティアさんは俺たちを見つけると一瞬不安そうな顔になったが、不安はすぐに絶望で塗りつぶされた。
その表情の意味が分かってしまい、ずきりと心が痛む。
「ベンは? ベンはどこにいるんですか?」
カティアさんの縋りつくような問いに、思わず息が詰まる。
自分を奮い立たせ、どうにか口を開いた。
「姿を確認はしました。ですが、あと一歩のところで……」
「力及ばず、申し訳ありません」
「そんな!! ……そんな……」
茫然といった様子で座り込んでしまうカティアさん。
かける言葉が見つからない。
もしも、俺が早くついていれば。
もしも、俺が結界の穴をもっと早く見つけていれば。
もしも、あの方面を探したのが俺じゃなくてクラウスだったら。
無駄だとわかっていても、今更な「もしも」いくつも浮かび、自責の念に苛まれる。
もしも、俺がもっと早く病気に気付いていれば。
もしも、俺に止められるぐらいの力があれば。もしも、もしも、もしも……
「見つかり……ませんでしたか」
ふと気が付くと、近くにお父さんと、その後ろにリリーがいた。
どうやら、村の入り口付近を捜索していたのをリリーが呼びに行っていたらしい。
「はい……すいません……」
「そうです……か……」
そう言うとお父さんは、表情を絶望のそれに変え、力が抜けたように膝をついた。
「どうして、どうしてベンなんだ。霧だってこんなタイミングで来ることないだろ……ようやく居場所を見つけた矢先にこれなんて、あんまりじゃないか……」
呪詛のようにも聞こえる言葉をつぶやいている。
その手は震えており、顔色も明らかに悪い。
今の一瞬で、グッと老けたようにすら感じる。
だが、親が子を失うというのは、否。親が、姉が家族を失うというのはそれだけ大きな出来事なのだ。
その事実を再認識し、俺の意識もまた後悔の海に沈んでいき――――――
「まだ、絶望するには早すぎます」
「……え?」
それは、誰の声だっただろうか。カティアさんの声か、お父さんの声か。
ひょっとしたら、俺の声だったのかもしれない。
「どういうことだ? クラウス」
クラウスの目は真剣だ。こんな状況で冗談を言う奴ではないし、言える奴ではない。
「……王都ではもう知られている話ですが、最近、人形病にかかった人間は皆必ず同じ場所に行くのではないかという仮説が、出てきました。まだ検証途中で確定はしていない仮説ですが、今のところ目撃情報や方角に、確かに関連性がみられるそうです。……もしこの説が正しければ、今までの情報から人形病にかかった人間が集まっている場所を割り出せるかもしれません。そうなれば、ベンさんも見つけ出せるはずです。……確かに、望みは薄いかもしれません。ですがそれでも、」
「絶望するには、早すぎるってことか」
クラウスの言葉を引き取りながら、その言葉の意味を理解する。
その理解は当然、その場で聞いていた全員が共有していて――――――
「希望を……持ってもいいんでしょうか……」
意思の枯れた声で、お父さんが聞いてくる。
「諦めなければ、可能性はあります」
クラウスの返答は、簡素なものだった。
だがきっと、これにすべてが詰まっているのだろう。
先ほどのカティアさん親子の絶望度合は、相当なものだった。
家族を失ったと思っていた人間の心情は、計り知れる者ではない。
だが、それを加味しても異常さを感じるほどに、彼女たちは絶望していた。
ともすれば、これ以上探すという行為を諦めて、自殺してしまうのではないかと思うほどに。
それを、クラウスは止めたのだ。
彼女たちが、命を投げ出さないように、あきらめないようにと声をかけた。
考えれば、人形病の患者が目的地に着く前に魔物に殺されてしまう確率だってあるだろう。
クラウスの言っていた言葉は、本当に希望が薄い。それは、皆分かっているはずだ。
しかし、そんな言葉にでも、彼女たちは生きる意味を見出した。
クラウスの、死なないでくれという願いは彼女たちに届いた。
窮地に陥っている人間だけでなく、絶望に浸っている人間も救い出す。
英雄の名前は伊達じゃないようだった。
「お願い……します」
お父さんが、ひっそりと頭を下げる。
きっと、彼らにも軒並みならない過去があるのだろう。
人形病の情報認識の甘さやつぶやいていた言葉、ところどころに普通でない何かが顔をのぞかせていた。
そこらへんが、彼らの異常な絶望につながったのではないだろうか。
「今度こそ、必ず」
短く返すクラウス。
その平坦な口調の裏側に、燃え上がる覚悟がこもっているような気がした。
※※※※※※※※※※※※※※※※
カティアさん親子と別れを済ませ、いまだ村の入り口に放置されたままの馬車へと向かった。
というか、あれ馬車と呼んでいいのだろうか。
堕ペガサス車ってのもいいづら過ぎるし、正式名称なんて知らないが。
ずっと放置してたけど、堕ペガサスは大丈夫だろうか。
まあ、こんな人数の少ない村で盗みを働く人はいないと思いたい。
むしろ、ずっと放置された堕ペガサスが本当に闇堕ちしてないかの方が心配だ。
そこで、ふと引っ掛かりを感じた。
なんだろう。何か忘れている気がする。
重要な、本来の目的を忘れているような――――――
「あーーーー!!!」
思わず間抜けな声が出た。
「そうだよ! 忘れてた! 俺達そもそも、剣聖護衛隊のメンバーと会いに来たんじゃん!」
「ああ、ずいぶんと遅くなってしまったね。翼馬の安全を確認をしたら急がないと」
どうやら二人とも普通に覚えていたらしく、堕ペガサスの安否確認をするだけのようだ。
ああ、一応森側以外は靄レベルだけど、霧が出てるもんな。
というか衝撃の事実。あの堕ペガサス、正式名称を翼馬というらしい。
雰囲気でわかっちゃったけど……翼馬って……何とも安直なネーミングだ。
翼馬車ってのも言いずらいし結局略したら馬車じゃん。
馬車の近くに行くと、誰かが堕ペガサスと戯れていた。
「……どうやら、向こうから来てくれたらしい」
クラウスの言葉で、俺達に気付いたようだ。
こちらに近づいてくるその人物を、俺は知っていた。
「あんたは……」
「……これは、面白いことになりそうだね。ボク、ワクワクしてきたよ」
戦闘民族のような挨拶をしてきたそいつは、先ほど出会った超希少生命体ことボクっ娘だった。