掟の重要性
ズーポッコロ、ズーポッコロ、と鳥が鳴いている。
どうやら、朝から昼にかけて、この鳥は鳴くらしい。
昨日、朝起きた時と全く同じ声で、鳥は鳴いている。
だが、俺も昨日と同じく起きたばかりかと言われれば、そうではない。
俺は今、クラウスとリリーとともに、謎の動物が引っ張る馬車に乗ってとある村に向かっている最中だ。
謎の動物とは、黒い表皮に蹄を持ち、なんかやたらと鋭い目つきでこちらを見てくる、羽の生えた馬のような生き物である。
こう……ペガサスが闇落ちした感じと言えばいいのだろうか。
なかなかに獰猛そうな見た目とは裏腹に、案外普通に俺たちを運んでくれている。
何せペガサスが闇落ちしたような見た目だからな。
最初は「次はー、地獄ー、地獄ー。お降りの方はー……」とか言いながら崖からダイブされないかと不安だったが、それもどうやら杞憂のようだ。
この動物のことを今後、堕ペガサスと呼ぼう。
堕ペガサスの操縦はクラウスにやってもらっている。
リリーとクラウスどちらも操縦できるようだったが、そこは紳士クラウス。
操縦役を買って出た。
今馬車の中は俺とリリーの二人だけだ。さっきから、リリーの「なんでお前と二人っきりなんだよ!」みたいな目線が痛い。超痛い。
とはいえ、クラウスのおかげで、目線と揺れがひどい以外は快適な馬車ライフを送っている。
……いや、全然快適じゃねえなこれ。
揺れひどすぎて吐きそう。
やめろよ、俺はゲロインになるつもりはねえぞ。
まあ、俺そもそもヒロインですらないけど。
二日酔いと揺れのダブルパンチをどうにか堪えていると、ようやく村に着いた。
「おまたせ。じゃあ早速行こうか。これでようやく、剣聖護衛隊が全員揃うよ」
そう、今日俺たちがこの村まで来たのは、剣聖護衛隊の残り二人のメンバーと合流するためである。
今日加わる二人と、俺とリリー。
合わせて四人が、正式な剣聖護衛隊だそうだ。
本当は、昨日の間にこの村まで来る予定だったそうだが、俺が思ったよりもハッスルした結果今日に回されることとなったらしい。ホントすんません。
村に入ると、辺りは思ったよりも閑散としていた。
いや、この場合は活気がないといったほうが正しいだろう。
家こそぽつぽつ立っているものの、あまり人気を感じない。
全くの無人というわけではなく、何人かはそこら辺を歩いているのだが、それを踏まえても栄えている村という風には見えないのだ。
「……この村に、剣聖護衛隊に入るやつが二人もいるのか? そんなすごいことできる奴が二人もいるようには見えないんだが」
うわ、今のセリフすごいブーメランすぎる。
そんなこと言ったら、俺のどこがすごいのって話だ。親友の七光りすぎて恥ずかしくなってきたわ。
「ああ、確かに、ここだけ見たらそう見えるね。でも、この村には……」
「すいません!」
クラウスの返事は、誰かが叫ぶ声で中断させられた。
見ると、これまた俺のランキングを更新しそうな美人の女性が、泣きそうな目でこちらを見ていた。
「その銀髪……もしかして貴方様は……クラウス……剣聖の、クラウス様ですか!?」
訂正。こちらは見てねえな。クラウスを見ていた。どうせ俺はアウトオブ眼中ですよーだ。
「ええ、そうですが……どうかしましたか?」
クラウスの返答に目を見開いた美人さんは、一呼吸置いた後、
「父が……父が森の中に行ったっきり帰ってこないんです!お願いですクラウス様!父を助けてはいただけないでしょうか!」
と言った。
――――――どうやら、美人さんの発言をまとめるとこういうことらしい。
この村には『近くにある大きな森は魔獣がいるため入ってはいけない』という掟があるそうだ。
しかし、美人さんのお父さんはどうしても森の中にある薬草が欲しかったため、掟を破って森の中に取りに行ってしまった。
しかも、一時間ほどで戻って来られるはずのところなのに、お父さんはもう四時間も帰ってきていない。
何かアクシデントが起こっているとわかっていても、彼女一人だけではどうしようもなかった。
何もできずに、不安だけが募っていく。
途方に暮れていたところでクラウスを見つけ話しかけてきた、という流れのようだ。
しかし、何か様子がおかしい気がする。
いくら閑散としているとはいえ、人がいることはいるのだ。
ならばなぜ、村のだれにも相談せずに一人で途方に暮れていたのだろうか。
「わかりました。必ずお父さんを見つけ出してきます」
「私たちがいる限り、大丈夫です。もう安心してください」
「ああ……ありがとうございます」
クラウスとリリーは話を聞くや否や、そう言って森へと一直線に向かっていった。
美人さんも、家の中へと入って行ってしまう。
俺も、近くの切り株へと一直線に向かって、座った。
まあ、俺じゃ森の中に行けませんわな。
今回の事件は、魔獣がらみだ。
基本的に戦力にならない俺じゃ、行っても足手まといになるだけだろう。
クラウスに任せておけば、お父さんはまず大丈夫だろうしな。無事に帰ってくるはずだ。
美人さんのメンタルケアでもできないかと思ったけど、家の中に入ってしまってはどうしようもない。俺は俺で、気になることを調べるとしよう。
この事件、どこかで見たことある気がすると思ったら、人魂だった俺が初めてクラウスを見た時に起きた事件とよく似ている。
クラウスはひょっとしてあれか、ご老人イベントに続き、村に入ると誰かしらが森の中で迷子になってて、美人に頼まれてそれを助けに行くイベントが発生する奴なのか。
なんだそのはた迷惑な奴。それじゃあまるで、行くところ行くところ事件が起きるどこぞの少年探偵レベルじゃねえか。
まあ、解決しているなら問題ないといえるかもしれないが……いや、やっぱ言えないな。被害者の寿命絶対一年は縮んでるぞ。
そういえば、リリーは、ああ見えて案外強いらしい。
さっき馬車で話しているときにもそんなことを言っていたし、今も躊躇なくクラウスに続いて森の中へ向かっていった。
まあ、リリーなら戦えなくてもクラウスから目を離さないような気がするが。
さっきなんて、クラウスに泣きついた美人さんにすごい殺気を放ってたしな。
俺の中で、美人さんの涙、途中からリリーの殺気のせい説すら出てたレベルだ。
人妻って、謎に魅力が出ることがある。
いや、厳密には子供ができた女性かもしれない。
別にいやらしい話ではなく、シンプルに子供を産んだ女性は艶やかさというか、それまでとは違う色気みたいなものが出るような気がするのだ。
あれが母性というやつなのだろうか。
やっぱり、一人産むと変わるものなのかもしれない。
思えば、俺の姉貴が妊娠した時もそうだった気がする。
結婚してからずっと子供が欲しい子供が欲しい言ってたし、妊娠一か月半が発覚した時は大騒ぎだったな、懐かしい。
妊娠した後の姉貴は、それまでとは少し雰囲気が違ったように見えた。
その例を当てはめると、やっぱり人妻になってからというよりも、一児の母になってからと言ったほうが正しいのだろうか。
そんなくだらないことをボチボチ考えていたわけだが、いよいよ暇になってきた。
調べたいことも済んだし、後はクラウスたちの帰りを待つだけだ。
向こうの方では、たくさんの子供達が白髪のおじいさんと戯れている。
見たところ、子どもたちの年齢は幼稚園児ぐらいの子供から中学生ぐらいまで、結構幅がある。
だけど雰囲気は、子どもたちと園長先生って感じだ。
おじいさんはオル ナントカ さんというらしく、オル爺オル爺と子供達から呼ばれている。
ほっこりするわー。
無邪気に遊んでる子供達っていいよなー。
こう、穢れを知らない感じ。
俺も子どもの頃に戻りてえわ。
俺も混ぜてよー、オル爺。
しばらくすると、オル爺とゆかいな子供たちも帰ってしまった。
残念。
これで本格的に一人だ。
子供たちのせわしない声や姿が無くなると、一気に辺りが物寂しくなったように感じる。
この村は、やはり人口は少ない部類のようだ。
良く晴れた昼間にもかかわらず、村のどこを見ても相変わらず活気がない。
王都からそこまで離れてないはずだが、どちらかと言うと俺が最初にいた村のような、他の世界から断絶されているような印象を受ける。
なんとなく薄気味悪くなり、気を紛らわせようと周りを見ると、奇妙なものが視界に入ったような気がした。
「……ん?」
奇妙なものの正体をつかもうと目で追っていくうちに、大きな木の下に妙な影があることに気が付いた。
人影のようだが、それにしてはどうもシルエットが変だ。
ずんぐりむっくりしているというか、凹凸に規則性がない。
その人影は、ガサガサと音を立ててこちらへ近づいてくる。
「なんだ……?」
人影が、木の下から出て太陽に照らされる。その影の正体とは――――――
「…………」
「は、初めまして」
無言でこちらを見つめてくる、頭にリンゴのような果実を乗せた少女だった。