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千年地獄の呪われ王  作者: 第八のコジカ
第1章 「風の宿命」
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act.2 「ハルヒナ」

 どれぐらいの時間、風を眺めていただろうか。


 ジュウベエはふいに後ろ手に支えていた腕の力をゆるめて、手足を大の字に放り出して仰向けに寝そべった。



「あーもー……やめ、やめ。考えたって仕方ねぇ。なるようになるしかねぇさ。俺はこれまで通り。明日は明日で、どこ吹く風のサキカゼ・ジュウベエ……ってな」



 仰向けで目をつむり、穏やかな春の陽を浴びていれば、もうそれで心地良かった。いつもなら、すぐに眠ってしまうだろう。……だが今は、眠れるはずもなかった。この10日の間、眠りにつけたのはほんのわずかである。頭も身体も疲れ切っている。それでも、眠れないほどに、彼は考えていたのだ。


 

 ジュウベエは本来シンプルな男である。



 ――好きなことはやる。嫌いなことはやらない。



 清々しいほどに、小難しいことや面倒な事をチマチマ考えるのは性に合っていない。「明日は、明日でどこ吹く風」というのは、彼の座右の銘で、口癖であり、目指す生き様そのものだった。


 

 だがどうしても、今回の事はそうシンプルに飲み込めなかった。喉元で(つか)えてしまった「後悔」と「自責の念」が、何度も何度もどうどう巡りの思考にジュウベエを迷い込ませていたのである。



 ――あの夜、()()()俺が軽率に動いたりしてなきゃ、親父は……



 もはや何十、何百回と繰り返した「()()()」。


 

 すでに起こってしまった出来事に「たら、れば」は通用しない。そんなことは百も承知のジュウベエなのだが、それでも自分の軽はずみな行動のせいで、父親が死ぬはめになったという事実。その事実は、何度頭の中で「もしも」を繰り返しても何一つ覆るものじゃないのは明らかだった。


 ――だが、しかし。()()()あの時……


 

「待て待て待て。考えるな考えるな」



 口に出して自分に言い聞かせたが、その時にはもう考えていた。せっかく温かな日差しが運んできた、心地良いわずかな眠気さえ、また煩わしい思考のループによって掻き消されてしまった。



「ああああぁ!!もう、めんどくせえぇぇぇ!!!」



 思わず叫んで、ガバッと上半身を起こした。ガリガリガリと頭を掻きむしるも、厄介な思考は散らず、ただフケだけが飛び散った。


 ところへ、そのフケ飛び散る頭目掛けて、遥か上空で輪を描いていた鳥が、ものすごい速さで急降下してきた。そして、あわやぶつかるという直前で、翼を広げて速度をゆるめ、見事にジュウベエの、その頭の上に降り立ったのであった。



「……おい、ハルヒナ。ご主人様の頭の上にとまるたぁ、いい度胸じゃねえか」


 

 このハルヒナと呼ばれた鳥は体長50センチ程のメスのハヤブサである。ジュウベエのパートナー的な存在で、常に彼の周りに居る。



 頭の羽毛は黒く、背中や翼はそれよりもやや青みががった黒。喉から下は白を基調に横縞模様が入っている。眼と嘴も黒。特に眼は大きく、いかにも獰猛そうな猛禽類のそれである。唯一、足だけが鮮やかな黄色い色をしていて、その右足にはジュウベエの腰帯と同じ青い布が結ばれていた。



 ちなみに、ハヤブサはオスよりもメスの方が体長が大きい。ハルヒナはそのなかにあって、更に大き目の個体といって良い大きさである。



 頭の上にとまったまま、ハルヒナは身体を折り曲げるようにして、上からジュウベエの目を覗き込んだ。ジュウベエの視界いっぱいに、逆さまになったハヤブサの顔がドアップになっている。



「……なんだよ? 」



 おもむろに、彼女はその嘴でジュウベエの鼻にかみついた。



「……痛ぇ」


 

 いわゆる「甘噛み」。本気でハヤブサが噛みつけば、人間の鼻くらいはたちまち食い千切れるだけの力がある。ジュウベエとハルヒナは、互いに逆さまなままで顔を向き合わせ鼻と嘴で繋がっていた。見ようによっては、カップルがイチャついているようにも見える。


 実際、ハルヒナはジュウベエを慰め、元気づけようとしてくれているのである。ジュウベエにはその想いがよく伝わっていた。彼女はジュウベエのパートナーであり「魂と魂で繋がる者(ソウルメイト)」である。これは、本当にその言葉の通りの意味で、ハルヒナは自然・野生の鳥ではない。いや、もっと厳密に言えば、()()()()()()()のだ。


 ジュウベエの魂の一部がハヤブサの姿を象り、ハルヒナとして存在しているのである。このような存在をこの世界では「念生体(ねんせいたい)」と呼ぶ。この念生体を生み出し、従えることが出来るのは、先天的に魔力値が高い者だけである。



 「ありがとよ、ハルヒナ。そうだよな。グダグダ悩んでる俺なんて、俺らしくねぇよなぁ。……わかった。わかったよ。……だからもう放せ。放せっての!!お前さっき食事してきたろ!? 血生臭せんだよ、息がっ!! 」



 ジュウベエはハルヒナを無理矢理に引っぺがして宙に放り出した。彼女は、二、三度羽ばたいて体勢を整え、優雅に地上に着地した。そして、その獰猛そうな外見からイメージできないような、細く甲高い鳴き声をあげたのだった。



 ジュウベエは短く笑って、立ち上がった。そして岩の上から見えるサキカゼの里を見渡した。



 ――親父は死んだ。もう居ない。



 親父亡き後の跡目を継げるのは自分だけだ。なら、やるしかない。迷ってもどうしようもねぇ。……いや、違う。継ぐのが嫌なんじゃねぇな。まだ自分に自信がない……のか?だらしねぇ、ビビってんだな、俺は……。



 ようやくジュウベエは思考を半歩だけでも前に進められたようだった。



 俺はサキカゼの土地のことしか知らない。だからもっと広い世界へ出て、色々と見て回りたかった。言っても仕方ねぇが、サキカゼの長に相応しい男になるため、もうちょっとでいいから時間が欲しかったんだ。だから、そうしようと……。



「早過ぎんだよ、バカ親父…」



 本当なら今日、ジュウベエは一人で旅に出発するはずだった。


 他ならぬ父・シンザがそうするようジュウベエに命じたからだ。


「最低でも1年。自分の足であらゆる場所へ出向いて、世界を知り己を知ってサキカゼを背負えるだけの男になって帰って来い。剣の腕を磨くもよし。地の果てに向かうもよし、だ。ただし、女にだけは気をつけろ。アレにハマっちまったら抜け出せなくなるからな」



 父親はそう言って豪快に笑っていた。ジュウベエは父親のそんな笑い顔が好きだった。



 だが、親父は死んだ。驚くほどにあっけなくあっさりと。


 

 粗野で粗暴で考えなしのくせに、誰よりも一族思いなバカ親父。その一世一代の「風」を吹かせて。誰よりも強く優しく、そして粋な風を吹かせたのだ。



「……ったくよぉ、人の命守ってテメェの命落としてたんじゃ、割にあってねぇだろ」



 ジュウベエは立ったままもう一度目をつむり、あの日、父シンザの最期となった日に、改めて思いを馳せた。





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