act.1 「サキカゼのジュウベエ」
ー1年前。
マガ王不在位暦九九八年。
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「風は迷わない。ただ吹きたい場所へ流れてゆくだけ」
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晴天。日差しも暖かい。季節は春半なかば過ぎ。草木の緑の中に、ポツポツと花の白や黄色が揺れている。風に乗って、青空に幾重もの輪を描くようにして飛ぶ鳥が一羽。その真下に、一人の少年が居る。
このあたりに暮らすサキカゼ一族の装束。青を基調とした装いで、少年の場合は腰に巻いている上等な帯の、その鮮やかな染が目を引いた。
そして少年の傍らには刀。柄もやはり青糸でしつらえてある。特徴的なのはその刀身の長さ。いわゆる大刀のそれと比べて1.2~1.3倍は長い。
少年は、一人小高い岩の上に腰掛け、後ろ手にのけぞり、空を仰ぎながら何度目かの大きな溜息を吐き出した。
眉が太く、その眉の下の眼は、切れ長。鋭い印象である。
ボサボサで硬そうな黒髪。髪型はなかなかに挑戦的で、頭の左側を短く刈上げにしていて、逆の右側は長く伸ばしている。いわゆる、ア・シンメトリーな髪型。更に長髪には青いメッシュが入っている。
背の高さは中背で、身体の線も一見すると細い。だがよく見れば、全身くまなく筋肉がついていて、いかにも敏捷そうに動ける身体といった感じである。
彼の名は - サキカゼ・ジュウベエ - 。
齢は十七になったばかり。
ジュウベエは、岩の上で、片方の足を立膝にし、もう一方の足をだらしなく投げ出すようにしながら、その爪先を忙しなく縦に揺らしていた。それは考え事をする時のジュウベエの癖で、どこか身体の一部をゆすったり軽く叩いたりする。一種の貧乏ゆすりだった。
こういう時のジュウベエは、答えが分かっているにも関わらず、何となく決めきれない自分が居る、そんな自分自身に苛立っている、というときで、足の忙しない動きは、その思いの端的な表れ方だった。
正直なところ、彼はなんだかもう、色々と嫌になっていたのである。
--10日前。ジュウベエの父親が死んだ。
次のサキカゼの頭領は、自分が務めなければならない。その現実がジュウベエの風を倦ませていた。
視線の先。遥か上空で、雲が物凄い速さで風に流されてゆくのが見える。地上からでは感じられないが、きっとあの雲のあるあたりには、強く速い風がびゅうびゅうと吹いているのだろう。悩みも迷いもためらうことすらなく、ただただ吹いて好きな場所へと流れてゆく風……。
「……いいよなぁ、お前らは」
独り言というよりは、どこか『風』に向かって話し掛ける……とでもいうように、ジュウベエは呟いた。好きに吹く風、どこにでも行ける風。自分もそんな「風」みたいな人間でありたい。物心ついたときから、ずっとジュウベエの心にはそういった思いがあった。
実際、十七の年になる今日の今日まで、「そうあるべし」と自分に言い聞かせ、何事にも何者にも縛られない執着しない、ただ一吹きの自由で気ままな、風そのもののように生きてきた…つもりだった。
「生まれ落ちたのがたまたまココだった……って、だけなんだがなぁ」
しかしそれは、思うまま気の向くまま、周囲の苦労や心配をよそに今まで自分のやりたい事だけ好き勝手にやってきた。つまりは、自分がただのイキがってたガキで、周囲の者たちに守られていたから、ワガママ放題やれていた、というだけのことだったのだ。
そのことをジュウベエは、つい先日、父・シンザの死によって、まざまざと思い知らされたのであった。