act.3 「左剣」
この時刻、常であれば谷は崖の間から射し込む夕陽でわずかに赤く照らされるばかりだが、この時はまるで様子が異なっていた。
なぜなら尋常ならざる数の死体を焼く炎が、生々しく赤々と岩肌を照らしていたからだ。
その死人を焼くいくつもの焚き火の中で、広場の中央で燃え上がる一際大きなものの前に小柄な少女が一人、炎を見据えて立っている。
そしてその傍らには大型のネコ科とおぼしき獣が一匹。
―― 少女は一見して美しかった。
その小さな顔に大きな紅い瞳と赤い長髪。
瞳の上の太い眉も髪の色と同じ赤で、その眉根をきつく寄せ炎に焼かれる死人をジッと見据えて立っている姿は、年相応にない覚悟の深さと思いの強さが滲み出ていた。
年相応にない様は服装にも出ていて、彼女が身に纏っていたのは黒いローブにハイカットのブーツ。
そして腰に差した刀。
これらはそれぞれにデザインが統一されていて、黒地に炎を象った紋様ートガヒの紋ーが染め抜かれており、遠目からでもその一つ一つが上等な物だと分かる。
そして分かるものには分かる違和感。
そう、彼女の刀は右腰に差してある。これは彼女が珍しい左利きの剣士 ―― 左剣 ―― であることの証左である。
不意に、彼女の目の前の炎が躍り狂った。
炎が生きているかのように、意思を持つかのように。それと同時に死者の怨嗟の嘆きが幾重にも重なって辺りに鳴り響き、その場にいる者たちを色めきたたせる。
騒ぎ始めた周囲の人間とは対照的に赤髪の少女は落ち着き払った態度で、しかしとても胸が傷むといったような悲しげな声で
「ごめんなさい。そうだよね、呪わずには、いられないよね…」
そう呟いた。