act.15 「夫婦」
軽やかな音楽が、そのテンポを速め、刺激的な曲調へと変化した。サキカゼの踊りは、風の踊り。そして心突き動かす、恋の踊りである。
気の利いた人生の先輩(要するに妻帯者)たる中年男たちが数人、雰囲気を盛り上げるため、素早く動いていた。薪を四角く組み上げ、篝火から貰い火をして着火。
ご丁寧に薪に油をふりかけ、風精霊の力を借りて燃焼を促してくれた。瞬く間に、盛大に燃え盛る即席のキャンプファイヤーが設置された。
その火を囲い、若い男女らは情熱的に互いの手を取り合った。触れ合う身体、弾む息、騒ぐ心の望むがままに、目の前の相手に没頭してゆく。
輪の中心に据えられた炎の熱が、恋が、若者たちの心を炙り、もっと、もっとと、気持ちを掻き立てた。酒が、音楽が、それを手伝った。
若い踊りの輪の中にあって、ひときわ美しく巧みに踊っていたのは、リノであった。軽やかなステップ、見事な回転、流れるような手の動き。
踊りの女神もかくや、という達者ぶりで、皆の気持ちを盛り上げていた。
シンザは、そんなリノの脇で、引っ張りまわされるように動いていた。しかし踊るというよりは、一番の特等席で彼女の踊りに魅了される役、と言う方が正しかった。
なによりもリノが、気持ちの全てをシンザに向けていたからである。
キュッ、と繋いでいた手の力を強め、顔を近づけてリノは囁いた。
「ごめんなさい、あなた」
「な、なにがだ? 」
「ワガママをしてしまって」
そう言ってリノは、心底申し訳なさそうな顔をしてみせた。
(……おいおい、さっきまでクルクル威勢よく踊ってたクセに、今度は急にしおらしくしやがって。こう先手先手と、取られたんじゃぁ、文句の一つも言えねぇってんだ)
無意識なのか、計算ずくなのか。リノの良いようにもっていかれている自分を、自嘲気味に小さく笑ってシンザは言った。
「まったく、しまらねぇハナシさ」
「……皆を、叱らないであげてね? 」
「真っ先に踊ったマヌケの繰り言なんざ、屁とも思やしねぇさ」
「……。 それもそうね」
「だろ。……あ? 」
「フフ。大丈夫。誰もあなたをマヌケだんなて思ってやしない。あなたは、優しい人だもの」
そう言って再びリノは、シンザの周りで美しく踊ってみせた。またも先手を取られた。どうあってもシンザは、この小さくもしたたかな女房には勝てないようになっているらしかった。
しかし、勝てないまでもシンザは、夫として、男としての意地を見せねばならなかった。
(それに、やられっぱなし、ってのは性に合わねぇしな……! )
シンザはリノをとらえ、その細い腰に腕を回し、グッと自分の方に引き寄せた。驚いた顔を見せるリノ。
「どうせなら、とことんマヌケになるってのも、悪かねぇやな! 」
そう言って、リノを抱き上げ、自らクルクルと回り始めた。
「わっ。きゃっ……フフ……アハハハハハハハ! 」
リノが子供のような笑い声をあげた。
「若ぇ奴らが喜んでる。こんな日があったって、悪かねぇ」
「ありがとう。あなたは、最高の長だわ。そして…… 」
「あ? なにか言ったか? 」
「最高の夫よ。愛してる」
そう言って、シンザの頬に唇をあてた。彼の耳が、みるみるうちに真っ赤になる。
そのことをご誤魔化そうと、シンザは一層と回転の速度をあげた。