act.14 「恋の免罪符」
楽器の得意な者達が、一斉に陽気な音楽を奏で始める。
弦楽器、打楽器、笛、鈴、それぞれの達者らが息を合わせ、誘うような曲を演奏している。どことなく秋を思わせるこの曲は、サキカゼの祭りの定番のもので、男と女が踊るためのものである。
突然始まった聴き慣れた曲に、皆、おっ!?という風に耳を傾けた。
本来であればこの曲は、秋の終わり、長い冬の前に、その年への感謝を捧げつつ、新たな男女の営みを生み出すことを促すためのものである。
なので、初夏の終わり、これから暑い盛りを迎えようとする今の季節にあっては、少々季節外れの感がある。
しかし、この曲がかかると同時に、若者たちは男も女も少なからず色めき立った。
と、言うのも、本来は秋祭りにおいて、この曲、この踊りでもって、男が、あるいは女が、意中の相手へと積年の想いを伝えるのが慣わしとなっていて、サキカゼの夫婦のほとんどが、その祭の夜に結ばれているのである。
いわばこの曲は、男と女が、そういった仲に発展するための免罪符のようなものなのである。
勢い込んだ若い衆の何人かが、意中の女を踊りに誘おうと思わず腰を浮かした。が、すぐにハッとして、動きを止めた。
「んんっ……! 」
頭領であるシンザが、渋い顔をして、これみよがしな咳払いをしてみせたからである。
いまは、獲物の解体作業の真っ最中で、祭りの日ではない、少々ハメを外すところまでは良かったが、これ以上は違うんじゃないか? そう言いたげな表情で、酒の入ったコップを傾けていた。
頭領の渋面が醸し出す、抑圧的な雰囲気に、一度は恋への希求にいきり立った若者たちも、なすすべなくその心が萎えさせていった。
次第に、音楽を奏でていた者たちも、その雰囲気を察して、楽器を弾く手をゆるめていった。そしてとうとう、音楽は止んだ。
あとには沈黙と、篝火の薪がパチパチと爆ぜる音だけが残り、どうにも気まずい空気が場に満ちていた。シンザは、コップに残っていた酒を一気にあおり、ダンっ! とコップをテーブルに叩きつけ、場の空気を一転させるために、号令をかけようと立ち上がろうとした。
―― が、そのシンザの動きよりも一瞬はやく、リノが動いていた。
なんとリノは、広場の中央に、言葉の通り、まさしく踊り出たのであった。
呆気にとられるシンザ、そして周囲の者たち。リノは見事な回転を幾度も披露しつつ踊って見せ、そして皆に向かって、こう言い放った。
「さぁ、みんな! 一緒に!! 」
そう言って、シンザの元に駆け寄り、彼の手を取って、無理やり立ち上がらせようとした。
「おい待て。俺は踊りなんざぁ、だいたいだな……」
「ダメよ。アナタ」
「あ? 」
「皆が、そうであって欲しいと望んでいるの。大切なのは、決まり事を守ることじゃない。皆の望みを、どうやって叶えてあげられるか、よ」
「……! 」
シンザは、その真剣なリノの眼差しを受け、立ち上がらざるを得なかった。
いや、ほとんど魅了されたと言ってもいい。彼女に引かれるがままに広場へ出て、不格好ながらも、共に踊り始めた。
再び、音楽が息を吹き返す。頭領と、その妻の踊りを目の当たりにして、若い衆たちは歓声をあげた。そして、それぞれの思い人たちの元へと走り、その手を取って踊り始めた。
瞬く間に、踊りの輪が広がっていった。