act.1 「ザキア峡谷」
ここはマガハラ国、南方の辺境、ザキア峡谷。国中の不浄一切を焼き清める事を生業とするトガヒの一族が治め暮らす地で、またの名を焼き場谷とも言う。
今、この焼き場谷は、未曽有の混乱の中にあった。
かれこれ10日ほどの間、夜となく昼となく、トガヒの者たちは休むことすら許されない状況で働き続けている。
都から、流行り病で死んだ者たちの腐乱死体が、次から次へと谷へ担ぎ込まれ、そのいつ果てるともない死人の処理に、忙殺 -まさに忙しさで殺され- かけていたからだ。
腐った肉の塊と化した死人らは、もはや故人と故人の境界線すら危うくなっており、そこら中に積み上げられ、山をなしている。
いま、狭い谷は外から持ち込まれた「死」と「呪い」に満ち溢れていた。
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ザキア峡谷は上空からその全景を眺めると、巨大な十文字の形をしているのが分かる。
東西を小山に、南方を大山に囲まれていて、その中央部が最も広く、トガヒの集落もそこにある。
その一帯はかつて大きな一つの山であったらしく、その山頂部が、なにか強大な力でもって、今の形に割り裂かれたようにして出来たらしい。
中央から東西南北へと十文字状の裂け目が延びており、麓へと向かう北側にのみ、峡谷の外へと繋がる道が通じている。
谷の玄関口には、トガヒの者たちの手による関所が設けられていて、人々の往来は全て、この関所を通じて行われるのが常だった。
だが今は、関所に門番はおらず、扉も開け放たれたままとなっていて、そこをひっきりなしに、死人を乗せた、あるいは下ろし終わった獣車が行き来している。
谷の東西は、裂け目が終わるところに切り立った崖がそびえており、再び小高い山となっている。
それぞれの頂きは同じくらいの高さで、また同じように、細いが落差のある滝が裂け目へと降りてきている。真下に滝つぼがあり、そこに溜まった水が流れ出て川となっていた。
この川は、中央部分へと流れ込んで、そこで一つに繋がり、トガヒの集落に沿って南の方へと抜けている。
川が終わる場所、十文字の南端は、そこで断崖絶壁となっている。
川はついに滝となり、遥か崖下へと流れ落ちる。この滝の裏側、通じる道もなく、空を飛ぶか、岩をヤモリのようにつたいでもしなければ行けない場所に、谷の地下へと通じる洞窟があった。
この洞窟は禁忌の地とされ、何人も近づくことを許されない場所であった。
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トガヒの者達が、互いに励まし合い、懸命に働く声が聴こえてくる。
南端の滝、その数十メートルほど手前に、少しだけ開けた場所がある。
岩壁に囲まれた空間なのだが、その周囲の岩肌が全て、うずたかく積みあげられた小石で、びっしりと埋め尽くされている。
その壁の存在が、この空間に厳かな雰囲気を与えていた。また、この場所も峡谷全体と同じ十文字の形をしている。
しかして、この南端にある石壁に囲まれた場所こそが、ザキア峡谷が『焼き場谷』と呼ばれる所以の地。
そう、ここは国中から集められた死人を焼き清めるための火葬場なのであった。
―― この地に。
長きに渡る千年地獄を終焉へと導くマガ王三化身の一人が居た。