act.12 「ハクト」
ジュウベエの異母妹。名はハクト。齢は十五になったばかりである。
艶やかな黒髪を肩までの長さで切り揃え、サキカゼの象徴、青色の布をリボンにして、頭の片側から垂らしている。
肌は白く、身体は華奢、しかしながら、母・リノの遺伝子を如実に受け継いだ胸部にいたっては別で、年不相応の実にけしからん、もっとやれ、的なものが豊かにみのっている。
大きな瞳、小さな鼻、形と血色の良い唇。リノの前夫は、優男で秀麗な男だったという。
ハクトは、その父親の整った部分と、リノの愛らしさの全てを受け継いだような、とにかく、そこにいるだけで誰もが注目せずにはいられない、そんな娘だった。
彼女は、つい先ほどまで必死に母を手伝って、皆が食べるためのイモを蒸かしていた。そしてようやくその手伝いがひと段落し、ジュウベエと一緒に食事をとろうと、その側へ向かって歩きだした。
ていた
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ジュウベエは、ハッとした。同時に、背筋に戦慄が走るのを覚えた。
ついついされるがまま、母さんに頭を撫でさせ、それがまんざら嫌でもない、という顔をしていた自分に気付いたからである。
そしてここは公衆の面前だということも、痛いほどに思い出した。要するに、キィザやスケクローはじめ、見知った奴ら全員に、さっきから自分の醜態を目の当たりに晒し続けているのだ。
改めて周囲に目をやれば、案の定、若い衆らは皆、生温かくニヤついた表情でもってジュウベエを見守っていた。特に、キィザ&スケクローに至っては、両手のひとさし指をこちらに向かって差し向け、目を見開き、唇をアヒルのようにとがらせたポーズで立っている。
なんとも言えず、まぁとにかく腹の立つ表情だった。そしてあろうことか、二人はジュウベエがこちらに気付いたと見て取るや、流れるような素早い動きで、母親が赤ん坊にオッパイをやる仕草をマネし始めたのである。
(この野郎……! )
ジュウベエは心の中で百回くらい舌打ちした。
当の二人はどこ吹く風で、Bカップくらいはありそうなスケクローの胸に、キィザが赤子よろしく吸い付いている。吸い付かれる瞬間、スケクローは「あ! 」と吐息を漏らして、小さく身体を震わせたが、やがて全てを受け入れるような眼差しを、赤子キィザに向けた。
いつの間にか、スケクローに母性が芽生えていた。ぎゅっとキィザの頭を抱き寄せ、優しく撫でる。見つめる瞳が、うっすらと潤んでいた。どう考えても、アホである。
……ちなみに、ここまでの一連をわずか2秒くらいで、二人はやってのけた。相当に、ジュウベエをからかい慣れているのが分かる。
突然、ひゅっ、と風が鳴った。
「あら? ジュウベエ? 」
リノは、たった今まで撫でていたジュウベエの頭が、いやジュウベエの姿そのものが自分の目の前からかき消えたことに驚いた。少し遅れて、風が、リノの髪を優しく撫で上げるように吹いていた。
ジュウベエは、風の力を使い、自分の身体を闇夜に浮かび上がらせていた。そのまま放物線を描くように空中を移動し、さっきから全力で自分をからかっている二人の頭上目掛けて、足から落下していった。
ズドン! と大きな音がして、ジュウベエの足元で、二人がカエルのように潰れていた。
完全に不意を突かれた二人は、それぞれに「あひーっ! 」とか「うべべっ!? 」と、情けない声を上げ、なんとか身体を起こそうと必死にもがいている。
しかし、ジュウベエが一切の容赦なく、全体重を掛けてキィザとスケクローの上で、何回もバウンドしていたので、二人はなすすべなく、やられるがままになっている。
「……オルァ!……オルァ!……オルァ!……オルァ!!」
ジュウベエは腕を組み、直立不動の姿勢のまま、風の力で浮き上がっては落下する、という動作を繰り返している。
「痛い! げふっ!……痛いよジュウベエ! おふっ! やーめーどひっ! ごめん! ごめんってば! ぅうんっ!? 」
背中を直接に踏まれているスケクローは、ジュウベエに許しを乞うも、踏まれるたびに叫び声をあげるはめになるので、なんだかちょっと楽しそうにも見えた。
「もが!? ふがが、ふがもが、ふごごーー!! 」
キィザの方はいうと、倒れた拍子にスケクローの下敷きになり、しかも含んでいた彼のBカップによって鼻と口を塞がれて、呼吸もままならい状態に陥っていた。
全力でジタバタと手足を動かし、身体をよじろうとするのだが、いかんせんスケクローの体重と、ジュウベエの容赦ない攻めをうけ、あたかも格闘技の玄人にマウントをとられ、一方的にボコボコにされる素人よろしく、早く審判が割って入ってくれるのを願うばかりの状態になっていた。
そういった、平和な(?)日常風景というか、いつものパターンというか、どうにも締まらない一連を受けて、シンザはがっくりとうなだれ、深々と溜息をついた。
「あぁあぁあぁ……ったく、どーしようもねぇな、こりゃ」
ジュウベエは確かに、サキカゼの歴代最も風に愛される男になる。つまりは、サキカゼの次を引っ張て行くのは、奴をおいて他にはいない。だが、あいつのガキっぷりときたらどうだ。十八にもなろうってのにこれじゃぁ……。
(まだまだ俺ぁ、死ねねぇじゃねえか)
不意に思いもよらない言葉がシンザの頭に浮かんだ。浮かんだと同時に自ら愕然とした。
(なんだ? いま、俺は何を思った? ……死ぬ? この俺が? なにをバカな……。まだまだ、そんな齢じゃねぇってんだ )
うなだれていた頭をガバっと起こし、自ら2、3度ポンポンと叩いてシンザは独り言ちた。
「飲ーみ過ぎちまったかねぇ…… 」
先程まで遮るものなく、その美しい姿をあますところなく見せつけていた夜空が、いつの間にか低く垂れこめた雲によって隠されようとしていた。
風が変わっている……。
シンザの胸中には、なんとも言えない、嫌な予感が沸き上がりつつあった。