act.11 「母 リノ」
「あーんな大物を仕留めたんだものね。そりゃ、お腹だって空く。空きますとも!うんうん。 でもね、ジュウベエ。お肉ばっかり食べてちゃ、ダメ。食事はバランスが大事なの。だから、コレ。おイモ食べなさい、おイモ。それと豆。豆はスゴイの。畑のお肉なのよ! ……あれ? またお肉? えーい! じゃ、豆はナシっ!! あっはっはっはっは。とにかくおイモ食べなさい、ね? ジュウベエ!! 」
気まずい沈黙を破るように現れ、朗らかな声でイモだの豆だの、まくしたてながらツカツカとジュウベエとシンザの間に割って入った、この女性。
湯気を立て、いかにも蒸かしたてだと分かるサツマイモが、小山のように盛られた大皿を2枚、ドン! ドン! とジュウベエの前に置き、さぁ、どうぞ、召し上がれ、とばかりに、腰に両手を当て仁王立ちして見せた。……この女性の名はリノといった。
年は三十代半ば。背は小柄で、150cmに満たない身体ながらも、溢れだす健康的で活発な雰囲気が、実際の背丈よりも彼女を大きく見せていた。
日によく焼けていて、愛嬌のある顔立ち、口を大きく開けて笑う顔が印象的である。背の低さもあってか、実年齢よりもかなり若く見える。
もう一つ印象的なのは、その胸で、小さな背丈に不釣り合いなほど、たわわなものがそこに備わっていた。その胸元には、長い青色のリボンが結んである。
サキカゼの者たちは、まとう衣服のどこかに、一族の象徴である「風」を表す、青い布を加えるのが常であった。
例えば、ジュウベエなら腰に巻く帯がそうだし、シンザなら手首に巻いた布が青色だった。リノの、たわわな胸元に結ばれたリボンが青色なのも、そういうわけである。
「どうしたの、ジュウベエ? おイモ、食べないの? 」
「勘弁してくれよ、かーちゃ……んんっ! ありがとう、母さん。でも俺、もうお腹いっぱいなんだよ。だから、イモは、遠慮しとく、ます」
「ダメよ、好き嫌いは。バランスが大事って言ったでしょ。一つだけでも食べなさい。あ、もしかして、おイモ食べてお腹痛くなるの心配してる?張っちゃう感じ?大丈夫よ、人の居ないところでスッとやっちゃえば。出物腫物ところ選ばずって言うでしょ? 」
「いや、なに言ってんだがよく分からないっていうか……あぅあぅ」
キィザ、スケクロー始め、周囲の者は吹き出しそうになるのを、顔を背けることで必死に耐えていた。皆プルプルと小刻みに震えている。
ジュウベエは、リノの前になると、途端にいい子ちゃんになる。
その変わりようが、何度目の当たりにしても皆には面白いらしかった。そんな周りを見渡して、ジュウベエは、リノにバレない様に視線だけでもって「オマエラ、アトデ、ヌッコロスカラナ?」と強烈な念を送っていた。
「リノ。俺はいま、ジュウベエと大事な話をしてたんだが? 」
横から勝手に助け舟を出されたことが、気に入らない、といった口調で、シンザはリノをたしなめた。その声に応じ、くるりとシンザの方に向き直ったリノは、とびっきりの笑顔をシンザに投げかけた。
「ごめんなさい、アナタ。でも、愛する夫と、愛する息子がケンカしてるのを見ちゃったら、なんとかしたいって思うのが、母親ってもんでしょ? 」
「ケンカじゃねえ。説教してたんだ」
「だったら。ジュウベエは、もう充分に反省してるように見えたけど? 」
「甘やかすな、って言ってんだ」
「あら。甘やかすわよ。だって本当に良い子で、自慢の息子だもの。ね、ジュウベエ」
そう言ってリノは、ジュウベエの頭をよしよしと撫でた。
甘く、柔らかな匂いがジュウベエの鼻孔をくすぐる。この人は、いつもこうだ。いつまでたっても俺を子供扱いする。なのに、なんと言うか、どうにもそれが嫌いじゃない。
なんだっていうんだろうな……。
リノは、シンザの後妻。ジュウベエにとっては継母である。
十五年前、ジュウベエが三つのときに、彼の実母は病気で亡くなっている。まだ幼いジュウベエの世話のためと、一族の長が、やもめ暮らしのままでは格好がつかないという理由から、あまり気乗りのしていなかったシンザを説き伏せて、長老たちが半ば強引にまとめた再婚話であった。
リノは、シンザより五つほど年下だが、彼女の方もまたつい先頃、夫と死別していて、苦労している身の上であった。
そして、当時、生後半年ほどの女の子の連れ子がおり、それがジュウベエの異母妹、ハクトであった。