act.9 「宴の始まり」
2頭目の解体作業が半ばに差し掛かった頃、もはや場の中心は作業そのものではなく宴の方へと完全に移っていた。
本来は作業に従事するものが交代で食事をとる目的だったのだが、大物を仕留めて気を良くしていたシンザが、うっかり酒を呑むことを皆に許したのがいけなかった。
サキカゼの一族の者は良く酒を呑む。呑めば底無しで、酔えば皆一様に陽気になる。仕事そっちのけで楽しみはじめる。
これは男も女も、老いも若きも一緒だった。
呑むのは決まってサキカゼ自慢の地酒である。赤い色をした芳醇な香りのする酒で、酵母で果物を発酵させる、いわゆる醸造酒というやつだ。
これがまた美味いのだが、随分と強い酒なのである。サキカゼの者たちはこの強い酒を水のように呑む。
サキカゼでは五つになる頃からこの酒を仕込まれるという、少々乱暴な因習がある。強い酒を呑めるのは、狩猟を生業とする者にとって必要な嗜みなのだそうだ。
サキカゼ一族は、普段は今いるこの砂漠地帯とは違った豊かな森の近くに里を構えている。
いま呑んでいる酒の原料となる果実も、森から得られるもので、彼らは基本的に農業というものを行わない。狩猟と採集がその生業なのである。
「風のように生きろよ」
という言葉があり、サキカゼの部族内では日常的に使われる言葉である。そこには様々なニュアンスが込められ、状況によって使い方も異なるのだが、おおよそ共通しているのは「縛られるな、多くを手にしようとするな、気の向くままに生きろ」という人生観である。
かつてのサキカゼの祖先は、流れ者の集団であったという。彼らもまたよく酒を呑み陽気に騒いだという。その頃の名残が今の彼らの心根にも息づいていても何の不思議もない。
もはや一族総出のお祭り騒ぎと化しつつある宴の中で、ジュウベエも他の者たちと同じように、にぎやかな喜びに満ちたその夜を楽しんでいた。