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千年地獄の呪われ王  作者: 第八のコジカ
第1章 「風の宿命」
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act.7 「狩りの成果」

 サキカゼ衆らが繰り出した風の斬撃が、無数のカマイタチとなって宙に舞う野牛らの巨体を情け容赦なく斬り刻んでいた。


 空を裂き肉を裂く斬撃音が、幾重にも重なって響き渡る。


 野牛らは激しい痛みに耐えかねて涎をまき散らしながらンゴォォォォ!と鳴き喚いていた。あるいは胴を、あるいは額を。


 足、背中、尻など全身余すことなく鋭い風の斬撃でなますに斬り刻まれ、ついには断末魔の叫びを絞り出されるに至った牛たちは、空の上で激しく痙攣し、やがて急速にその全身を脱力させていった。


 ふっ、と術式による竜巻が止んだ。


 発動時間いっぱいに達したのである。


 唐突に風の揚力を失った巨体が、一瞬の間をおいて地面へと落下していく。


 ズゥゥゥン! と地面に叩きつけられた巨体が地鳴りを響かせ、その落下の勢いで砂煙を巻き上げた。


 もうもうと立ち込める砂煙のせいで、獲物らの最後が見切れない。


 やったのか?


 それともまだなのか?


 若い衆らは緊張を解くことができず、固唾を呑んでその砂煙がおさまるのを待っていた。


「おい」


 そこへ勝利を確信していたシンザが、クイッと顎を動かし「砂煙をどうにかしろ」と、ジュウベエに指示を出した。


「あいよ」


 短く応じたジュウベエは構えを解いて刀を鞘に納めた。それから砂煙に向かってスッと左手を差し出し、風よ……と、呟いた。


 すると次の瞬間、突風が吹き抜け砂煙を跡形もなく吹き飛ばしていった。


「サンキュ」


 ジュウベエは風たちに礼を告げた。


 跡形もなく砂煙が吹き飛ばされたそこに、ハッキリと結末が横たわっていた。


 全身からダラダラと血を流し、すでにこと切れ、もはや動かぬ新鮮な「肉」と化した野牛たちの寝そべる姿がそこにあった。


 若い衆らは各々手を頭上に突き上げ、一斉に歓声をあげた。


 狩りの成功である。


「やりましたな。親父殿」


 満足気にそう口にしたジュウベエの頭をシンザが素早くはたいて戒めた。


「なぁにが、やりましたな、だ。完全に息の根とめたか獲物の間近で確認するまで気ぃ抜くなっていつも言ってんだろうが。たいたいテメェは…… 」


「ヒャッハー!! 久方ぶりの新鮮な肉だぁ!! おーい、キィザ、スケクロー! 火起こせ、火! 早速焼いて食うぞ! 野牛の丸焼きだ!! 」


「出来るわけねぇだろ! あ、テメェ! まだ話は終わってねぇぞ」


「やーなこった! ジジイの小言なんて聴いてられっかよ」


 言うが早いか、シンザの小言に耳をかさずジュウベエは一目散に野牛の元へと駆け出した。走りながら振り返り、仲間たちにガッツポーズをしておどけて見せる。


「……誰がジジイだとぉ? もう勘弁ならねぇ、ジュウベエ待てゴルァ!!! 」


「けけっ。待つはずない相手に待てと命ずるナンセンス! 」


「だったら斬り刻んだぁ……ぅるぁ!! 」


「どわっ!? 」


 ヒュンと風鳴りがして、風の斬撃がジュウベエの頭をかすめた。見ればシンザが抜き打ちの一撃を放っていた。先ほどの術式の効果がまだシンザの刀身に残っていたのである。


「テメッ!? シャレになってねぇぞ! 」


 額に青筋を浮かび上がらせながら、逃げるジュウベエに次々と風の斬撃を繰り出し続けるシンザ。ヒュン! ヒュン! と風鳴りがするたび、必死に身体をよじって斬撃をかわすジュウベエ。


「わかった! わかったから!もうわかったからぁ!! 」


「なにがわかったバカ息子? テメェの命日か? 」


「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ! 」


「ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほるぁ!! 」


 更に斬撃を繰り出す速度を上げてゆくシンザ。きわきわでかわし続けるジュウベエ。いや、何発かはかわしきれず、ケガこそしていないものの服を切り裂かれていた。


「やめっ! やめろよ!! 死ぬだろうがっ!! 」


「げっへへへへっ…… 踊れ踊れぇ!! 」


 もはや怪しげな笑い声を漏らし始め尚もジュウベエをいたぶるモードに移行したシンザ。こうなるともう、あとは当事者二人でとことんじゃれ合ってもらうしかない。


 どっ、と若い衆らの口から笑い声が漏れた。


 二人のいつものやりとりを目にし、危険な狩りを無事終えられたことを知った若い衆らは、ようやくその緊張を解くことができた。


 ジュウベエに、キィザ、スケクロ-と名を呼ばれた2人の少年らが、ジュウベエの必死に逃げる様を指さしてゲラゲラと笑っている。二人はジュウベエと同い年で気も合う仲間である。


「笑ってないでそのバカ止めろって! おふっ!? 」


 逃げ回りながらジュウベエががなる。


「無理無理。親父様を俺らで止められるわけないじゃん。ギャハハハ!! 」


 と、笑い上戸のキィザが手を叩いて笑い転げる。


 その横で、やや小太りな体型をしたスケクローがのんびりとした声で応じた。


「解体の準備すすめとくからさー。適当なところで切り上げなよ。ケガしないようにねー」


「だからそれは親父に言えって!! ぬおおっ!? 」


 じゃれ合う二人をよそに、サキカゼの若い衆らは野牛を解体するための準備を始めていた。ここからもまた大仕事である。


 若い衆の中にあって、比較的年長の者、皆より三つ四つほど年上と見える長身で痩せた男が指示を出していた。


 三点やぐらのための柱、滑車とロープ、作業台、それと解体用の刃物数種類に作業に従事する者が身に着ける胸までの前掛け。一式すぐ近くまで荷車に載せて運んできていて、まずはそれらを持って来なくてはいけなかった。


 本当なら血抜きだけ済ませ、解体作業そのものは獲物を村に持ち帰ってやりたいところだが、今回はそうはいかなかった。


 なにせ仕留めた野牛のサイズが巨大過ぎるのである。


 中でも一番大きなもの、ジュウベエが最初にちょっかいを出して誘い出したヤツだ。コイツだけでもパッと見て体長11メートル。横になって寝た姿勢でもその厚みは3メートル以上。目方はおそらく8㌧はくだらない。


 これを吊り上げるのだから柱の長さは15メートルは必要になる。重さに耐えるために太さも勿論必要だ。


 それとほぼ同等の大きさのものがもう一頭とさらに子牛。当分肉の備蓄には困らないだろうが、解体しきるには2日はかかるだろうと思われた。


 せっかく仕留めた新鮮な獲物を無駄にしないためにも、作業はなるべく手早く済ます必要がある。


 狩人は、仕留めた獲物を余すところなく活用する。それが命を奪った側の、奪われた者への最低限の礼儀だからだ。使えるものは皮の一枚だって無駄にはしない。


 そのことを誰よりも肝に銘じ実践しているサキカゼの頭領親子……のはずなのだが。どうにも、久方ぶりの大きな獲物を仕留めたことで二人とも随分浮かれているようだった。


 シンザの放った風の斬撃がジュウベエの尻をかすめた。尻をおさえ、叫び声を上げながらジュウベエが飛び上がっていた。




 

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