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千年地獄の呪われ王  作者: 第八のコジカ
第1章 「風の宿命」
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act.6 「風に愛される男」

 シンザの合図を受け、術式結晶の起動係の若い衆が次々とT字型の取っ手に取り付いてスイッチを押し込んでゆく。


 すると魔法陣に埋め込まれた術式結晶が次々と発動し、「グワァァァン、グァァァン」と破れ鐘を叩いたような強烈な音が鳴り響き、衝撃波となってが幾重にも重なって放射状に広がった。


 先にも言ったように術式結晶の発動には念を必要としない。


 その代わりに物理的な起動の手順が必要となる。今回の魔法陣の要所に埋め込まれた結晶の数は30個。いまはその内の半分、15の術式が発動していた。


 ちなみに結晶はそれぞれを導線で繋げてあり、それを手元のスイッチで起爆させる。この導線も、いわゆる電気的な信号を送る装置というわけではなく、電気信号と同じような働きをする精霊の力を利用しているものである。


 野牛にとって、この強烈な音波攻撃はとりわけ苦手らしく、苦しげな鳴き声をあげながらのたうち回った。この音には一時的に野牛の視覚と聴覚を麻痺させる効果がある。


 見えず聴こえず、野牛らは魔法陣の中央辺りで怯えいつしか動きを止めていた。


 その野牛らを見てシンザが次の術式結晶発動の指示を飛ばした。


 再び次々と起動スイッチが押し込まれ、残り半分15個の結晶へと命令が流れてゆく。すると、今度はさきほどの音波とは別の術式結晶が一斉に起動し、魔法陣のあらゆるところで爆発的な勢いで竜巻が起こり始める。


 猛烈な勢いで巻き上がる風の渦が、まるで暴竜のようにのたうち回る。

 

 竜巻は、もはや完全に怯えた声を上げて身を寄せ合う野牛らの周りを時計回りに魔法陣の円周をなぞって回転しながら移動を始める。


 そして徐々に中央の野牛たちを取り囲むように狭まっていき、そしてついには一本の巨大な竜巻へと結合し、その圧倒的な風の力で野牛たちの巨体を宙に舞い上がらせた。

 

 もやは悲鳴から絶叫へ。


 怯えから狂乱へと変化した巨大野牛らの本能は、その強力な四肢に全力でそこから駆け抜け逃げ出す指示を与えていた。が、時すでに遅しで足掻きは虚しく宙を掻くばかりだった。


 もはや牛たちは完全にその自由を奪われたのであった。


 その様を見て、サキカゼの若い衆らが歓声を上げた。これ以上ないっほど見事に罠が成功したわけである。


「はっはぁーっ!!上手くいったな、親父殿!」


 馬の上から飛び降り、シンザのすぐ横に立ったジュウベエが心底楽しいといった風情で声を話し掛けた。


「ガキが、はしゃぐんじゃねぇ!テメェみたいなのが、最後の仕上げでしくじって痛い目みるんだ」


 などと嗜める言葉を口にしたシンザだが、こちらもジュウベエ同様に血が騒いでいた。


 けして気を抜いているわけではないが、どうしても楽しいという感情を抑えられず、口元がニヤリと上がっている。


 そのことを見抜いたジュウベエがからかうように言った。


「けっ。ガキはどっちだよ。変な顔しやがって」


「うるせぇ!親父様に変なツラたぁ、いい度胸だ。テメェ、これが終わったらタダじゃおかねぇぞ」


「やなこった。せっかく美味い肉食えるって日に、ありがたみのねぇ説教なんざ聴いてられっかよ」


 などというやり取りを二人は早口でまくしたて合った。


 これはいつものことで、ジュウベエとシンザは顔を合わせればくだらない悪態の付き合いを繰り返すのであった。


 時にはそれが高じて取っ組み合いのケンカになったりもする。親子中が悪いというのではない。逆だ。どちらかと言うと良すぎるのである。


 ただどうしようもなく二人とも心根の部分がガキで、言われたら言い返さずにはおれないのである。


「テメェは脂身でも舐めてやがれ!それよりもイケんだろうな、テメェ!?」


「余裕。いつだってイケてるの、俺天才だーかーら」


「張っ倒すぞクソガキ!」


「んなことより、早くしねぇと術式解けちまうぞ?」


「分ってんだよ。よぉし、野郎ども!ありったけの力籠めろぉ!!止めの一撃加えるぞ!」


 若い衆らは、二人の悪態のつき合いが始まる少し前から並列での正音詠唱に入っていて、ほぼそれも終わりに差し掛かっていた。


 各々の刀身に風精霊の加護が付与され、刀の周りで急速に風が渦巻き始めていた。

 

それを見てシンザも素早く超速詠唱に入る。瞬く間に力強い風がシンザの刀の周辺で渦巻きはじめた。ここでもまたさすがと言おうか、シンザのまとう風の力は若い衆らのそれと遥かに違って強力なものだった。


 ジュウベエ以外の全員が、術式の詠唱を終え、その刀身に風の力を宿した。


 だが、ジュウベエはいまだ一切の詠唱を始めていない。しかし刀を振りかぶったままいつでもいける、という構えはとっていた。


「行けるんだな、バカ息子!?」


「当たり前だよ、ボケ親父。………風よ…!」


 悪態つきがてら、ふっと一言、ジュウベエは愛おしいものに語り掛けるように囁いた。


 すると次の瞬間、爆発的とも言える勢いで猛烈な風の渦がジュウベエの刀身を、いやジュウベエ自身をとりまいた。


 周囲の他の誰よりも色濃く、また数多くの風精霊たちが顕現している。圧倒的なジュウベエの力を目の当たりにして若い衆らが感嘆の声を漏らした。


 無詠唱術式。


 ジュウベエこそが、サキカゼの歴史の中で最も「風に愛されている男」なのであった。


 ちらりとジュウベエが、シンザに「いつでも」といった意味の視線を送る。


 そのジュウベエの姿を見てシンザは、心底にくたらしいガキだと思った。が、同時にどうしようもなく将来が楽しみで頼もしい息子だとも感じていた。腹立たしいのになんとも楽しい。


 なんだか良く分からない笑いが込み上げてくる。その笑ってしまいそうな高揚感をそのままにシンザは号令の叫びを張り上げた。


「ぶっぱなせぇ!!!」


 ジュウベエ、シンザ、そして若い衆ら全員が、刀身に宿る風の力を一斉に宙舞う野牛ら目掛けて撃ちはなった。


 初手のものより数倍も強烈と思える風の斬撃が獲物目掛けて物凄い速さで迫っていった。



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