act.4 「巨大野牛」
怒り狂った巨大種の野牛が数頭、その頭から胸のあたりに生えているサラサラで長い体毛を振り乱しつつ砂煙をあげて突進してくるのが見える。
距離およそ1500メートルといったところ。
あいつらの巨体なら10秒程度でここまでやって来るだろう。10メートルクラスのものが2頭、なぜか子牛(といっても6メートル以上あるが)も1頭ついてきている。
怒らせた牛のどちらかが母親だったか?必死にあとを追い掛けて来ている。獲物としては申し分ない。小さな望遠鏡を片目にあて獲物を確認したサキカゼの頭領シンザはニヤリと笑った。
「ジュウベエの奴、うまくおびき寄せやがったな」
望遠鏡には、突進する野牛たちの少し前を早馬にまたがってこちらへと駆け抜けてくるジュウベエの姿が見えた。
ジュウベエはさも楽しいといった表情で馬の手綱を握っていて、更にはさも余裕だと言いたげな態度で鞍の上で牛たちに向かって尻を突き出して叩いて見せた。
いわゆる「ここまでおいで、お尻ぺんぺん」だ。
怒りを煽られた野牛が更に速度を増し、鼓膜を破るような甲高い咆哮をあげ、鋭い角でジュウベエを馬もろともかち上げようと頭を振った。
巨大で鋭利な角の切っ先が横なぎに馬の腹目掛けて物凄い速さで迫ってくる。
「はっ!」
ジュウベエは野牛の一撃を巧みに手綱を操って馬をジャンプさせ、これをかわした。
ブォンと空を切り裂くような音が響く。ト、ト、トンと馬は軽やかな足さばきで着地し、更に走る速度をあげ砂の上を駆け抜けていった。
その背中でジュウベエが大きく輪を描くように右手を振ってシンザらへと合図を送っているのが見えた。
「バカが。調子にのりやがって」
ジュウベエの危なっかしさにシンザは思わず舌打ちしたが、なかなかどうして。
上手く攻撃をかわした馬術となによりその肝の据わり方を見て感心もしていた。フンと鼻を鳴らし、振り返って後ろに控える若い衆らに檄を飛ばした。
「よぉーし、来たぞオメェら!気入れていけよ!!」
「おおぉぉ!!」
サキカゼの頭領シンザが若い衆にはっぱをかけると、ジュウベエに負けず劣らずの血気盛んな若い男たちが一斉に鬨の声を上げた。シンザは素早く馬にまたがり
「刀抜けぇ!」
言うが早いか、シャッと鳴らして鞘から刀を引き抜いた。若い衆らもシンザに続いて各々騎乗し刀を引き抜いた。
「隊列乱さずにいけよ!前に出すぎるな。刀一本であんなのに勝とうだなんて考えるな。罠まで誘導できりゃ、こっちのもんだからな!」
残り200メートル、いよいよ迫力を増した野牛の巨体がすぐそこまで迫ってきた。
そのわずかばかり前を駆け抜けるジュウベエの姿も見て取れた。ここから後は事前に用意した罠に野牛を嵌め落すのみである。シンザがありったけの気合を込めて合図をがなった。
「散開っ!!いくぞ、テメェら!!」
野牛らに向かい、シンザと若い衆らは馬を全力で走らせ始めた。