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7.

 城内での情報収集が期待できないため、やっぱり外へ出ることになった。

 獣王国はとんでもなく広い。大陸全てが獣人族の領域なので、当然といえば当然だ。あちこち歩き回るから、かなりの長旅になる。その間の獣王不在がバレると困るらしく、代わりの者を用意するとロキは言う。彼らの事情なら仕方ない、と俺は適当に許可した。後になって激しく悔いることになるとも知らずに。

 色々な準備があって、出立は明日だ。

 ゆっくり眠って英気を養えと言われたものの、なかなか寝付けない。遠足前の子供かとツッコミたくなったが、今の俺は10歳児だ。立派な子供である。

 なので、眠くなるまで遊ぶことにした。だって子供だから。

「あぶらかたぶら~! 獣王、大人になれっ」

 素敵万能呪文『アブラカタブラ』は条件がなかなか厳しい。

 うんともすんとも言わない、この状況を喜べばいいのか。悲しめばいいのか。歴代獣王はみんな「獣王様」と呼ばれていたので、固有の名前はないそうだ。たまに物好きな獣王はそれっぽく名乗っていたらしいが、先代はなかったという。

「個人を特定できる名前がないとダメってことか」

 あるいは自分にだけ、呪文が効かないとか。

 検証するにも獣王は俺しかいないので、自分で試すしかない。しばらく考えて、獣王に生まれ変わる前の名前にしてみた。

「あぶらかたぶら~。ミノル、大人になれ!」

 途端に、ぼぼんっと白い煙が出る。すごい量だ。前が見えない。

「ぶべっほ、げっほ、げほ……っい、一体何が起きたん、だ?」

 強い違和感をおぼえて、ぱちぱちと瞬きをした。なんと、視線が高い。

 ちょっと大きめだったパジャマがぱっつんぱっつんである。俺、感動。すらりと伸びた手足は完全に大人の女性で、記憶にある自分の体とは似ても似つかない。これはもう諦めているので、ショックはない。

「お、おお……なんと、立派な」

 たゆんたゆんと揺れる二つの膨らみ。

 ミランダほどじゃないが、なかなかに大きい。両手でそれぞれ支えてみると、確かな重みが感じられる。世の中の女性は、こんな荷物をぶら下げていたのか。ちょっとした肉体労働、あるいは自己鍛錬のような気がする。

 しばらく揺らしていると、急に悪寒が走った。

(サブイボ警報!)

 誰かの視線を感じる。ギミーは入室禁止にしてあるのに何故だ。

 神経を尖らせ、感覚を研ぎ澄ませる。風呂やトイレは寝室からしか出入りできず、寝室は私室からじゃないと入ることはできない。そして視線は扉じゃなく、分厚いカーテンで覆われた窓から感じた。

 締め切っているので風はないはずなのに、カーテンの下が微かに揺れている。

「…………王の寝室に忍び込むとは」

 中身は男で、10歳児な俺を覗きたいと思うなら、ただの変態である。

 しかし今は、一気に20代前半くらいの成人女性になっていた。獣人族は15歳で大人扱いらしいので、あくまで人間換算だ。さすがに後5年で、こんなに育つとは思えないが。

「あぶらかたぶら! そこのカーテンに隠れている奴、落ちろっ」

「ち、違うんで……あああぁっ」

 何やら必死に弁解しながら、ドサッと落下音。

「ロキ、お前もか」

 ロリコンはギミーだけじゃなかった件。ロキも出入り禁止にしようかな。

 それはそうと、万能呪文は「名前」じゃなくてもいいらしい。とにかく「何」もしくは「誰」を特定できれば発動可能、ということか。複数の対象も指定可能なのはありがたいが、文章が長くなるのは困る。あれこれ試して、上手いやり方を模索しよう。

 溜息を吐いてベッドへ戻ってきた時だった。

「うわ、わっ」

 しゅるるっと体が縮む。

 歩幅が狂って、そのままベッドに頭から突っ込んでしまった。勢いのまま、ころんと転がって仰向けになる。短い夢だった。自分にかけたから短時間で終わったのか、年齢操作系はそもそも効き目が弱いのか。

「わかんないなー。でも自分にも使えるのはいい。うん、良い」

 何でも叶える魔法の呪文は、本当に何でも叶えてくれるとは思っていない。

 この夢から醒めるとか、元の自分に戻りたいとか、叶えたい願いはいくらでもある。そのどれか一つでも、唱えてみて叶わなかったら怖い。

 夢なら、いつか醒める。

 だから今はとりあえず、ここを現実として認めることにした。目を逸らしていても、楽しいことは何もない。せっかくのモフモフを堪能しないで、何が夢か。いや、夢じゃないかもしれないんだが。夢でも、夢じゃなくてもという話だ。

「あとは獣因子か。フェロモン的な何かが出ているんだったら、それを抑えることで襲われずに済むはずなんだよね。でも『人間』だと思われたら、別の意味で襲われるかもしれないし……どっちもやだなあ」

 ふかふかベッドの上で独り言を呟きつつ、ごろごろする。

「あ! サダルメリクなら何か知ってるかな。ギミーは獣人避けの結界が使えるって言ってたし、そういう感じの、なんか獣人を近寄らせないような呪文をー……、かけたらダメじゃん。獣人と話したいのに本末転倒」

 またゴロゴロと転がる。

 考え事をしているせいか、眠気はまだ訪れない。大きいベッドはたくさん転がっても端から落ちる心配がない。大人になっても、二人くらいは余裕で横になれそうだ。要するに、そういう意味でも使えるサイズなのだろう。またサブイボ出てきた。

 さすさすと腕を撫でつつ、ぼんやりする。

「俺もケモミミ・尻尾ほしいなあ。空を飛べる翼とか、水の中を泳げるヒレとか、あったら獣人っぽい……ぽい!?」

 がばっと起き上がる。

 それだ。何故気付かなかったのだろう。獣因子は獣人族なら誰でも持っている。十の獣因子を持っているのが獣王だけで、どんな獣因子も容姿に現れていないのが特徴だ。つまりは体のどこかに獣因子が現れていれば、普通の獣人に混ざれるかもしれない。

「あぶらかたぶら! ミノルに似合う尻尾とケモミミ!!」

 ぽんっと白い煙が出た。

 どうやら、この煙は変身する時に出てくるようだ。やけに頭とお尻がむずむずするので、鏡台まで駆けていく。耳と尻尾だけを要求したので、人型のままだ。完全に獣の姿になれるかどうかも検証したい。が、とにかく今はケモミミと尻尾だ。

「みみっ、しっぽ!」

 鏡の前で、銀髪の少女が騒いでいる。

 耳は長かった。尻尾は短かった。俺は銀髪なので、毛並みも美しい銀色だ。残念ながら丸い尻尾は短すぎて、背中を向けないと鏡に映らない。耳は長すぎて、手で折らないと鏡に全部が入らない。

「いえーい……、バニーガールちゃんいらっさーい」

 俺はがっくりと項垂れた。

 万能呪文、マジ万能。

 明確な指定をせず、似合うものをという曖昧な条件でも発動したのは幸運と言ってもいいかもしれない。鏡に映る兎な少女は可愛い。控えめに言って、たいへんな美少女だ。大人しそうで、ちょっと落ち着かない小動物ちっくな印象を与える。庇護欲をそそるタイプだと、胸を張って言える。

 中身が俺じゃなければ。

「どんな羞恥プレイだ!?」

 これなら襲われる。すごく納得した。が、全然嬉しくない。

 ガッカリ気分な俺のウサ耳も、しょんもり項垂れている。大人バージョンもすぐに効力が切れたので、この耳と尻尾もそのうちに消えるだろう。

 そんなことより、初めて鏡で見た自分の姿が衝撃的すぎた。

 今まで見る機会がなかったのかって? 見たくなかったから、極力見ないようにしてきた。ケモミミへの好奇心に負けた結果、見事に打ちのめされてしまったのである。

「はあ、寝よ」

 明日から旅が始まる。

 ミランダとロキ、ギミーとサダルメリクも連れて行く予定だ。ギミーを同行させることに関してはロキが大いに渋ったが、ミランダに同類と呼ばわりされて撃沈していた。狼と蜥蜴の垣根を超えるレベルのロリコン族ですね、分かります。

 サダルメリクの爺口調は元からの癖らしい。

 あれでギミーの弟だというから驚きだ。リザードマンの夫婦から魚人が生まれた時も、とんでもない騒ぎになったという。かれこれ20年くらい前の話だとか。

 側近の中で、ロキが一番年上になる。

 だから知っていることも多いのかと思いきや、サダルメリクの方が物知りのような気もしている。聞かれなくても何でも説明する、と宣言したロキのことを信じていないわけじゃない。信用するにはまだ早いとは思っている。

「知らないこと多すぎて……よく、わかんな、い」

 その日、俺はなんだか柔らかくて温かい何かに包まれる夢を見た。


そして、最初(1話)に戻る…

あ、嘘です。

気力が尽きたので、ここまでです! 閲覧ありがとうございましたっ

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