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6.

 蜥蜴人間ギミーの獣王誘拐(?)事件から10日ほど経った、とある日。

 四人(?)の側近がどいつもこいつもクセがありすぎて、とっても頭が痛い。魔法の呪文『あぶらかたぶら』は本当に何でも叶える万能呪文だった。その代わりに「何を」「どうしたいか」をはっきりさせないと効果が現れない。

 おかげでロキが元のサイズに戻るまで、何度も唱えた。

(おまじないも「呪い」って書くもんな。あやしいマジシャンがよく唱えていたアブラカタブラも、本当は意味がある呪文だったのかもしれない)

 種族の中で最弱な獣王だけが使える万能呪文。

 これがあれば最低限、身を守ることも可能だ。この世界について説明してくれたロキが教えてくれればよかったのに、と恨めしくなる。しかし使い方も分からずに適当に唱えて、とんでもない事態を引き起こしたら大変だ。少なくとも10歳児には収拾がつかない。

「だからといって、俺は許してないから」

 じろりと睨めば、足元でオスワリしている灰色狼(中サイズ)が項垂れる。

「きゅうん」

「あらあら。獣王様の前では、誇り高き狼王が子犬のようですわね」

「ミランダも、呪文のことは知ってたんだよね?」

「ええ、まあ。でも、あの呪文しか知らなかったのですのよ。どのように使うのかまでは存じませんでしたわ」

 ひょいと肩を竦めつつ、ミランダは言う。

 ちなみに今いるのは王の私室。テーブルで優雅にティータイム中だ。ギミーがいないのは、私室と寝室に入れないように制限をかけたためで、サダルメリクは森の泉に戻ってしまった。いつでも呼べば城へ来ると言って、水晶でできたスズランをくれた。

 軽く振ると、魚人にしか聞こえない音が出るらしい。

「この世界に魔法があるっていうことも教えてくれなかったし」

「獣王様、誤解です。わざと教えなかったのではなく、獣王様が魔法の存在を知らなかったとは思わなかっただけなのです。本当です信じてください!」

「大体、獣王の代替わりってどうやるのかも教えてくれないし」

「子作りの話をするだけで、ものすごく嫌がっておられたではないですか」

「嫌に決まってるじゃないか。この世界のこと、何も分からないのに」

「だから少しずつ知ろうとなさっているのですよね。いつまでもお部屋に引きこもっているよりは、断然いいと思いますわ」

 自由な生き方を好む鳥らしい台詞だ。ちょっと棘がある気もするが。

 獣王族を統べる獣王。

 それは獣人族たちにもよく分からない存在らしい。いつからか獣人族たちの中心的存在として君臨し、獣人を殖やすことに尽力してきた。獣王が秘める獣因子は獣人族なら誰でも分かるらしく、獣因子が容姿に現れていなくても関係ない。そして同族ではないのに、番と同じような感じを覚える。

 城で働く人々に襲われるというのは、番だと誤認しかねないから。

 番と交わることは獣人の本能だ。おそろしいことに獣王に限って、交わる相手に男女の区別はないらしい。側近の一人に鳥人族の女であるミランダが選ばれたのは、獣王と同じ「女」だからじゃない。どっちでもいいからだ。

 側近はいわば、獣王の番候補。

 本能に負けないだけの理性と自制心を併せ持つ、力の強い獣人が選ばれるのだ。

「外に出た途端、襲われるのは嫌なんだけど」

「獣人避けの結界が得意なギミーがあれですからね」

 想定外でした、と呻くロキ。

 結界のせいで気付くのが遅れ、サダルメリクに先を越されたのを激しく悔いているらしい。今は俺に撫でられて悦っているので、申し訳なさそうなのは台詞だけだ。中サイズでも、部屋のど真ん中に鎮座するテーブルより大きい。廊下がやたら広いのは、ロキみたいに大きい獣人がいるからだと分かった。

 ミランダは人型の身長と、鳥の全長はほぼ変わらないという。

 ふぁさふあさしている頭と尻尾を含むのかどうかは、気にしないでおく。

 サダルメリクは森にある泉の主として、かなり昔から周知されていたようだ。リザードマンの両親から生まれた魚人として、魚人族からも爪弾きにされていたのかもしれない。そう思うと可哀想な気もするが、泉の主ということで恐れられてもいたんじゃなかろうか。マイペースな性格な彼に孤独について問うのもなんだかな、なのである。

「そういえばさ。獣人避けって、人間には効かないものなの?」

「逆にお聞きしたいのですが。獣王様は、どうしてそんなに人間のことを気にかけるのですか。もし先代を殺めた仇として憎んでいるのでしたら、どうぞ考えを改めていただきますよう」

「分かってるよ」

 気になるのは、前の俺が人間だったからだ。

 万能呪文があっても、最後まで唱えられなかったら意味がない。

 獣人族を率いて、人間と戦争したいとも思っていない。ただ、どうしても先代獣王の死に方が気になって仕方ないのだ。呪文が使えないようにされたとしても、俺の側近たちみたいに過保護な奴らが周囲を固めていたはずである。

「獣人族の人口が減り始めたのは先代が死んだ、10年前から?」

「いいえ。もっと前からですわ」

「そういえば番に会えたのに、子供が生まれないという話を聞いたことがあります。先代はそのことを憂慮し、獣王国内をくまなく調べていたとも」

「子供は授かりものだとはいえ、獣王様にもお子が生まれなくなったらしくて。当時は、ちょっとした騒動になったと聞いておりますわ」

「獣王はどんな獣人も生めるのに? というか、そんなに早く生まれるものなの?」

「種族にもよりますけど、人間ほど長くはかかりませんわね。魔人は何年も、何十年もかかるものや、半日足らずで生まれるものもいると聞きますけど」

「うーん」

 木の実のクッキーをぽりぽり齧りながら、天井を見やる。

 どこもかしこも磨き抜かれて、埃一つ落ちていない。俺がいない間に、部屋をきれいにしてくれている存在がいるのは確かだ。獣人族が減り、獣王国が滅びそうになっていると言われても、あまり実感がわかない。自然は豊かで、空気は美味しい。毎食のご飯も豪華だ。

「ちょっとした騒動といえば、獣王様もですわね」

「俺?」

「まさか、こんな可愛らしい方だとは思いませんでしたもの」

「ミランダ!」

「どゆこと?」

 いきなり10歳児がおかしい、というのなら分かる。

 でも今のニュアンスからして「想定していたよりも幼い」とは思わなかった、という意味に聞こえた。ロキが怖い顔をしているから、ミランダの言葉を裏付ける形になってしまう。

「貴方の犬が、今にもわたくしを噛みつきそうなのですけど」

「ロキ、おすわり」

「きゃうんっ」

「まあ、わたくしも伝承程度にしか知らないのですけど。獣王は危機に瀕して、次代の卵を産み落とすそうですわ」

「命の危険を感じて、子供を生むってこと?」

「正確には少し、違いますわね。獣王が次代の獣王を生むのではなく、卵から生まれ変わるのです。記憶と能力と、その姿を受け継いだ新しい獣王は、先代とほとんど変わらない見た目であると聞いておりますわ」

「……え」

 つまりは、それって、そういうことなんじゃないの。

 ミランダを見つめて瞬きをしてから、ロキに視線を移す。何かを堪えるように俯いた彼の表情は窺い知れない。狼だからよく分からないのであって、人型に戻してやろうかという気持ちが湧いた。

 命令なり、呪文なりを使えば、可能だ。

「ロキ」

「はい、獣王様」

「なんで言わなかった」

「そ、れは」

「逃げられちゃうと思ったからよねえ」

「やめろ、ミランダ!!」

「何でも叶う魔法の呪文。獣人なら誰でも生める唯一の存在。古老たちも知らない古い歴史と叡智。この三つが揃ってこそ、獣王国の統治者」

 歌うように紡がれた言葉たちは、ざくざくと俺の心を抉る。

 はっきり言って、俺は悪くない。むしろ巻き込まれた形だと思う。

 もし不完全な継承が行われた要因があるとしたら、それは先代獣王の死に様に関わってくるはずだ。ロキたちは他にも色々知っていることがあって、俺に隠している。どんな意図があるにせよ、言っていないことがあるのは確かだ。

「ねえ、獣王様? わたくしに、子供を生んだことがあるかと聞いたでしょう? あの時に気付きましたの、獣王様は何も知らない。何も継承していない。十の因子以外は」

「……っ」

「お可哀想な獣王様」

 何も知らないまま囲われて、死ぬまで子供を生み続ける。

 どれだけ甘やかされ、顔のいい男たちに愛されても、そんなのは監禁生活と変わらない。獣王国の犠牲になるためだけに存在するなんて、嫌だ。最悪だ。死んだほうがマシだ。先代はそんな風に考えなかったのだろうか。古い記憶があるから、疑問にすら思わなかったのだろうか。万能呪文があるのに死んだのは、本当に人間の手で殺されたからだろうか。

「ミランダ」

「はい、獣王様」

「外に出たいと言ったら、ついてくるか」

「ええ、もちろん」

「獣王様! 私もっ、私もお連れください。もう隠し事はいたしません。問われずとも、私が知りうることは何でもお話いたします。ですから、獣王様――…っ」

「黙れ、犬」

 ぎゃんぎゃんと騒ぐ頭に足を乗せる。

 所詮、子供の足だ。軽い、軽いと言われる体重も乗せていない。それでもロキはピタリと押し黙った。捨てないでと必死に縋る犬のような振る舞いは見苦しい。止まってくれてよかった、と思う。人型になったら腹が立つほどイケメンなのに、今は哀れみを誘う捨て犬だ。

「お前、知ってることは話すと言ったな」

「は、はい」

「獣王が外に出たことと、俺が十歳児であること。それから獣王不在のまま、10年の空白が生まれたことの理由は言えるか」

「……っ、それは」

「言えないなら捨て」

「言います言います! 私も実際に見聞きしたわけではないので確かなことだは言えませんが、先代様は獣王国のどこかに出生率が低下する原因があると考えたようです。これは大変申し上げにくいことですが、獣人が奴隷として連れていかれることは暗黙の了解でありました」

「その理由は?」

「相互不干渉です。年間、一定数の奴隷を渡す代わりに大陸へ侵入しないこと。いかなる理由があっても、これを禁じること」

「なるほど。だったら先代獣王は、この大陸のどこかで殺された可能性があるな。どうして死んだかは?」

「し、知りません。本当です! 人間に殺されたとしか、聞いておりません。ただ……」

「言え」

「獣王様が亡くなると、天変地異が起きるのだといいます。先代様が亡くなった時は全く、何も起きませんでした。この件に関して、それ以上のことは知りません。申し訳ありません」

 やはり、と俺は頷く。

 不審死の線が濃厚だ。ロキが城――というよりも部屋――から出したがらなかったのは、先代獣王の死について不審な点があると知っていたから。念願の獣王が子供を生める体じゃなかったことも含め、いくつもの不安要素がそうさせたのだろう。

(だからといって、ロキを信用できるかっつーと微妙かな)

 ミランダも、サダルメリクもまだ信用できない。

 ギミーに関しては遭遇直後から色々やらかしてくれたが、本能に忠実なだけだと思われる。従順な態度で接したら、何でも教えてくれそうだ。蜥蜴人間よりも人型の方が厄介だから、獣王の「命令」か呪文で蜥蜴人間のままにしておけばいい。

 自分の都合で誰か縛るのは正直、やりたくない。

 だが命と貞操の危機が関わっている。なりふり構ってはいられない。

「ミランダ、獣王国の歴史に詳しい古老とやらは何人いる?」

「そうですわねえ。何人かいなくなって、何人かは残っているはずですわ。お会いになりたいのでしたら、城に召喚なさってはいかがでしょう」

「その方が安全かな。ロキ、この城に図書館みたいなのはない?」

「ございません。獣王様がご所望の本は歴史書の類かと推察いたします。獣人族はほとんど口伝が通例であるため、何かに書き記すということがないのです」

「うへえ、前時代的な。あ、そうか。獣王も記憶ごと継承するんだっけか。クローンみたいなものかなあ。獣王が、魔族の作った人造人間か何かに思えてきた」

「ジンゾーニンゲン、ですか?」

「伝承では魔族の味方をした人族に力を与えて、獣人族へ進化させたということになってる。まあ、これを進化と呼んでいいのかどうかは横に置いとくとして。獣人族の素となる獣因子が、どこからきたのかっていう疑問がわくんだよね」

「魔族が作ったのでは?」

 ロキが不思議そうな顔で首を傾げる。

 表情豊かな狼も大概にレアだが、めっちゃ人語を喋っている時点で「獣人族だから当たり前」が通ってしまう。同じ理屈で「魔族だから当たり前」って通してはいけないと思う。

「おそらく魔族が、最初に作ったのが獣王なんだ。獣王と人族が交わって、獣因子を持つ子供が生まれた。それが獣人族なんじゃないかな」

「なるほど。それなら余計に、記録を残すわけにはいきませんわね。獣王様自身が覚えているのなら残す必要もありませんし」

 どれだけの情報が、歴代獣王に受け継がれてきたのかは分からない。

 魔族が作った人形がアンドロイドみたいなものだとするなら、はじめから膨大な情報を蓄積できるように設定しておけばいい。それこそ魔族がすごく万能でチートな存在っていうことになってしまうが、大昔に神族と争っていたくらいだ。相当すごい奴らだったに違いない。

(最初に聞いた時は神族とか魔族とか……神話はだいたい作り話だと思って、適当に聞き流してたからなあ。本当はロキのこと、あんまり怒れないんだよね)

 ふみふみしていた足をどけて、俺は椅子からぴょこんと降りた。

 ロキの前にしゃがむと、狼の顔が少しだけ上がる。

「ごめんね」

「え!?」

「半分以上八つ当たりだった。この現実から目を逸らしたかったから」

 あまりにも受け入れがたいことが多すぎた。

 でも受け入れるしかないと思った。さすがにもう、夢だなんて思えない。この体が自分のもので、魔族が作ったものだとしても、俺はこうして生きている実感がある。食事は美味しいし、怖い思いをした。感情のない役目を果たすだけのロボットが、薔薇園なんか作らない。

先代おふくろのこと、もっと知りたい)

 手を伸ばし、頭を撫でる。灰色狼の毛皮は手触りがいい。

「獣王国を救うとか、まだ決められない。それが役目だ定めだって言われても、俺は頷けない。でも、どうしてそうなったのかは知りたいと思う。それで、いいなら…………ロキ。俺に、ついてきてほしい」

「獣王様!!」

「うわっ」

「あらあ、大変。獣王様が襲われてるわあ」

 突然のモフモフ攻撃に、呑気な声が降ってくる。

 いや、ちょっと待って。普通につらい。幸せすぎて辛い。しゃがんでいたところを押し倒された上に、前足で抱えるみたいに抑え込まれているから背中までモフモフしている。

 今でかつてこれほどまでにモフモフできたことがあっただろうか。いいや、ない。

 惜しむらくは子供の手足が短すぎて、この全身で堪能している毛並みを撫でくり回すことができない。それと、なんだか息苦しくなってきた。スーハーして獣特有のニヲイを満喫できるのはありがたいが、だんだん呼吸しづらくなってきた。

 あと、めっちゃクンカクンカされている。お互い様だった。

「ハァハァ、獣王様。ハァハァ」

「……ねえ? さっきから獣王様が大人しすぎるのだけど」

「ハッ!?」

 後になって、ロキは必死に弁明した。

 わざとじゃない、わざとではないと何度も繰り返していた。


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