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4.

 部屋に戻ってから、一人で考えてみた。

 獣王様の私室だと言われた、この部屋はかなり広い。俺が住んでいたマンションの賃貸スペースまるごと入る、たぶん。書き物するための机と安楽椅子、白い丸テーブル&チェア、それから小物などが収められている家具類。白い天蓋つきベッドは、隣の寝室だ。寝室から、風呂とトイレに行ける扉がある。寝室にはベッド以外に巨大なクローゼットがあって、そこに色々な服が掛けられていた。なんかパステルカラーのフリフリで、フワフワのアレな感じばっかりで着たいと思えない。

 どれも子供服だから、俺の為に用意されたのだろう。

 正直、申し訳ないと思っている。しかし嫌なものは嫌だ。一つでも着れば、俺の中で大事なものが削れていく気がする。

「ソファほしい」

 安楽椅子に揺られながら、ぽつんと呟く。

 側近の誰かの耳に入ったら、翌日には追加されていそうなので迂闊に呟けない。めいっぱい甘やかしてやろうという気持ちはすごく伝わる。大人になったら交わりたい、という下心が見え見えなので全然喜べない。

 ちなみに獣王国には、城がいくつかあるらしい。

 ほとんどが獣王の城を真似たものだというが、もともと人族だったのなら集落や町があってもおかしくはない。長い年月の中で本能の割合が大きくなっていったのか、その逆だったのか。

「とにかく番がいないと子供ができない。子供ができないと、種が絶える」

 これはかなり、深刻な問題だ。

 絶滅危惧種は文字通り、絶滅が危惧されている種のことを示す。俺が知る世界では人間たちが、種の保存を名目として保護してきた。獣人族を奴隷ではなく、そういう種族として人間たちの国でも居場所を与えてやることができたなら――。

「獣人は同族じゃないと番として認められないのか、っていう問題もあるよな。少なくとも獣王は人間そのものだし、獣因子とやらは見えないから分からない」

 人間と番えばいいんじゃね、と言ったら怒られそうだ。

 獣人族にしてみれば、人間は獣王を殺した仇。全力で反対されそうな予感しかしない。それに番については分からないことが多い。感覚的なものなら余計に、どう理解しろというのか。獣王にはそういうものが備わっていない。

 俺には関係ない。そう言えたらよかった。

「夢なら早く醒めてよ……」

 せっかくのモフモフパラダイスが、とんだ悪夢だ。

「そういえば、モフモフしていない。獣王命令とか言ったら、触らせてくれるかもと思ったけど……獣王の存在価値を考えるとねー」

 調教、の二文字が脳裏を掠める。

 俺も男なので、そういうことに興味がなかったわけじゃない。ミランダのおっぱいは触り放題だが、そういう問題じゃない。俺がするんじゃなくて、俺がされるのなんて嫌だ。子供の体にいやらしいことを覚えさせて、大人になったら美味しくいただく。

(ぎゃあああ、考えるの止めやめ!!)

 サブイボだらけになった腕を見て、げんなりとする。

 獣王が男で、獣人族の女たちとヤリたい放題な夢ならよかった。

 それこそ体が子供だろうと気にせず、後宮に好みの女を片っ端から集めていって、せっせと子作りに励んでやったものを。精通がきたら、こっちのものだ。

「あー……嫌だ。嫌すぎる。たったの5年とか短すぎる」

 大陸から逃げ出すことも考えた。

 少なくとも見た目は人間と同じなのだ。上手く溶け込めば、人間として暮らすことも可能じゃなかろうか。ここで気になるのは文明レベルだ。現代日本とまでいかなくても、近代なら何とかなる気がする。

「はい、ここで問題です。城から出るには、どうすればいいんでしょうか!」

 しばらく無気力症候群で、引きこもっていたから何も分からない。

 食事は部屋まで持ってきてもらえるので、玉座の間と庭しか行き来していない。廊下の移動は抱っこで運ばれ、庭へ出る時も抱っこで運ばれ、自力で移動するのは私室と寝室のみという堕落っぷり。

「そうだ、探検しよう!」

 ぴょんっと椅子から飛び降りた。

 中身はともかく、見た目は子供なのだ。思い付きで行動したっていいじゃない。側近たちに質問すれば教えてくれるかもしれないが、まだ会っていない二人のこともある。

 そうと決まれば、即実行。

 ぼーっとしているのも飽きたし、あちこち歩き回ればグッスリ眠れる。一石二鳥の効果を期待して、俺は扉の取っ手に手をかけた。

 勢いよく引き開ける。そして閉める。

「今。なんか、いた」

 ぬめっとしていて、ぬぼーっとした感じの何かがいた。

 廊下に置いてある大きな彫像に驚いたのかもしれない。一人で部屋の外に出るのは、これが初めてなのだ。部屋と寝室の行き来だけで日常生活が終わってしまうため、外に出る必要がなかったともいう。

 だが今日は城内を探検する、という目的がある。

 意を決して、もう一度開けてみた。

「獣王様」

「うわ、喋った!」

「ドコ、行ク」

 たどたどしい言葉に一瞬、理解が遅れた。

 ぬめる青緑色をした爬虫類の頭に、爬虫類の手、足、それから長くて太い尻尾。こいつはもしかして、側近の一人だという蜥蜴人間リザードマンだろうか。ロキやミランダに比べると、かなりトカゲっぽい。短いベストに緩めのズボンを穿いて、後足で立ち上がった大きい蜥蜴だ。縦筋の入った黄色い目がきょろりと動き、鋭い歯がみっしり並んだ口から真っ赤な舌が覗く。

 ふはあ、と吐き出された息は思ったほど臭くなかった。

「君、名前は?」

「ギミー」

「じゃあ、ギミー。今から城の中を探検しようと思ってるんだけど」

 ついてくると問えば、蜥蜴頭が上下に動いた。

 俺が歩き出すと、のそのそついてくる。動きは鈍いくらいなのに、歩幅が違いすぎた。あっさりと追い抜かれて、どんどん差がひらいていく。これはどうしたものかなと考えていたら、急にギミーがじたばたし始める。

「獣王様、イナイ!」

「ここだよ」

「イタ!」

 ばたばたと戻ってきたギミーは若干、前のめりだ。

 く、喰われる。

 こっちは十歳児、あっちは大人。身長差は歴然としている。しかも獣人族で最弱の獣王であるからして、弱肉強食の世界では単独で生き残れない。

 めちゃくちゃ怖い。怖すぎて動けない。

「獣王様!!」

「は、はいいいぃっ」

「ダッコ」

「へ?」

「ダッコ、スル。ダッコデ、移動スル」

 そう言って差し出された両手をまじまじと見やる。

 まるでギミーの方が抱っこ「される」のを待っているように見えるのだが、実際のところは逆なのだろう。ちゃんと分かっている。のっそりと距離を詰めてきた蜥蜴人間の影で、辺りがうっすらと暗くなった。

 そして、ほんのわずかな浮遊感。

「……軽イ。獣王様、太ル。モット喰ウ」

 人間だったら顔をしかめているのだろう。

 かなり不満そうに話しつつ、俺を左腕の上に座らせた。歩き出そうとするとフラついたので、慌てて太い首にしがみつく。すると何故か、もう片方の手で頭を撫でられた。俺も何となく、しがみついた手で蜥蜴の頭を撫でてみる。ひんやりつるつるの触感が心地良い。

(リザードマンがいるなら、ドラゴンもいるのかな。竜族とか)

 いるのなら見てみたい。意思の疎通が可能なら最高だ。

「ギミー、ドラゴンっているの?」

「イル。チョットダケ。デモ、強イ」

「話はできる?」

「無理。通ジナイ」

「そっかあ」

 想定内だったので、それほどショックじゃない。

 強くて数が少ないのなら、孤高の存在というやつなのだろう。人族とは全く違うモノだろうし、この世界にいるのが分かっただけでも楽しい。ドラゴンは浪漫だ。ファンタジーの王道でもある。とりあえず遭遇することがあっても絶対に怒らせないようにしよう、と心に決めた。

「獣王様」

「んー?」

「ドコ、行ク」

「適当でいいよ。ギミーの行きたい方向へ歩いてみて」

「ワカッタ」

 俺はこの時点で、こっくり頷く素直さを不安を覚えるべきだった。

 思ったよりもリザードマンの乗り心地が良かった、というのもあるかもしれない。時折なでくりして、露出している肌の滑らさを堪能しつつ、次第に移り変わる景色を眺める。廊下――というよりも大回廊と呼ぶべきか――がめちゃくちゃ広くて、天井が高いのは「そういうサイズ」のお客様がいるはずだ。見たい。超見たい。

 さっきのギミーみたいに急接近されると怖いが、動かなければ大丈夫。

 巨大なモフモフでも、巨大なツルツルでもいい。

(そういや、人魚と魚人って違うのかな。雌雄で区別している感じか、種族の特性……ええと獣因子が影響しているんだっけ。魚なのに、獣扱い?)

 人族を獣人にしたのは魔族。

 よく分からないので、いわゆる悪魔なイメージでいいだろう。魔族的には魚も獣枠だったということだ。そうなると、獣因子とやらの謎が深まる。十種類もあるなら、何か特徴っぽいものがあるはずだ。ロキやミランダは、獣因子によって色々な獣人族がいる、みたいな言い方をしていた。

「うーむ。獣人って人型と、獣因子の影響が強く出た状態の二種類がある……ってことでいいのかなあ。ミランダが極楽鳥なら、ロキは狼だと思うんだけど。なんか、それっぽいし。本当かどうか確かめるには『狼になってくれ』って頼むしか」

「獣王様、命令スル。ミンナ、従ウ」

「そりゃそうかもしれないけどって、独り言に反応しなくていいからね?」

「承知いたしました、我が主」

 急に流暢な口調になったかと思えば、ツルツルな頭がフサフサになった。

 首元にはルビーのような宝石がアクセントのチョーカーが現れ、ちょっと血色悪いだけのイケメンに早変わりだ。肌色を薄めたっぽい色の髪は長く、腰の上くらいまである。三つ編みにしたら、鞭として使えそうな剛毛である。何で分かるかって、もちろん触って確かめたからだ。

「ど、どちら様!?」

「フフフ、ギミーです。驚き方もお可愛らしい」

「さっきの姿が、獣因子の……?」

「そうなりますね。我ほどの実力者になりますと、角や尻尾を隠すことなども容易に行えますので」

「角!」

 思わず叫んだら、ギミーの髪からにょきにょきっと生えてきた。

 耳は真横について、後方へ先が伸びているようだ。蜥蜴人間の時になかったもので、こっちはツルツルしている。そして肝心の角は艶のある茶色だからか、大樹の若枝を彷彿とさせる。二つ、三つほど枝分かれしていて、鹿の角のように曲がってはいない。耳と一緒で斜め後方、やや上向きだ。

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。手がワキワキする。

「さ、触ってもいい?」

「ご命令とあらば」

「じゃあいい」

「おや、遠慮なさらずともよろしいのですよ?」

 ふっと微笑むギミーに、なんだか嫌な予感がしたので首を振る。

 ミランダの笑顔がぽかぽかの太陽だとするなら、ギミーの微笑みは冴え冴えとした月だ。うっかり見惚れてしまうくらい美しい代わりに、ひんやり冷たい。本当は嫌なのに、獣王だから仕方なく触らせてやる。そんな言外の含みを感じた。

「番以外には触らせないとか、そういうのがあったら嫌だし」

「ああ、ご存知でしたか」

「言ってくれなきゃわからないからね!?」

 こいつ今、舌打ちしなかったか。

 命令じゃなく触っていたら番認定、というオチだったら本当に危なかった。素直な蜥蜴人間ギミーを返せ。姿が変わったら性格も変わるなんて聞いていない。


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