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2.

 世界を三分する大陸の中で、もっとも自然豊かな大陸が獣王国。

 山あり、谷あり、ジャングルあり。深い森の奥には巨大な湖があって、長く伸びた半島が囲む入り江と繋がっている海はどこまでも青く澄んでいる。

「とにかく自然いっぱいなのは、よーく分かった」

「獣王様」

 残念な子を見るような目に挫けたりしない。

 ヤレヤレと言いたげな表情に反して、しきりに耳をぱたぱたさせているのは明白。ついでに灰色の尻尾がふぁさふぁさと揺れまくっている。最初は精巧な作り物を装備した、そっち系のコスプレイヤーさんかと思っていたが、自前だった。

 これは直接触って確認済みだ。

(おそらくは犬系獣人。奴は、喜んでいる……!)

 心地良い毛並みを思い出して、しばし悦に浸る。

 夢だけど夢じゃなかった。

 二度目の人生はモフモフに触り放題だなんて、俺にとってはご褒美でしかない。本当は死んでいなくて幸福な夢を見ているだけかもしれないが、そっちで目覚めるまでが現実だ。そういうことにする。

「えーと残り二つの大陸に、人間と魔族が住んでいるんだよね? じゃあさ、エルフや精霊はどこに?」

「魔人です、獣王様。三大陸の奥地にそれぞれ隠れ住んでいると聞いております」

「ということは、獣王国のどこかにエルフや精霊がいるかもしれないわけか」

 ちょっと楽しみになってきた。

 子供サイズ(推定10歳)の体には大きすぎる玉座で、短い足をパタパタさせる。

 柔らかい素材のチュニックとズボンを着せてもらい、長さがばらばらの銀髪は肩より上で切り揃えられた。水鏡で確認したら、ぱっちり開いた目を長い睫毛が縁取り、瞳は金色。ほんのり色づいた頬はぷにぷにで我ながら愛らしく、中性的な顔立ちの少年といった感じだ。

 本来の体と違いすぎて慣れないが、夢なので仕方ないと思っておく。

 話し相手、というか説明役の犬系獣人は成人した男だ。あの祭壇から連れ出してくれたらしく、俺が目を覚ましてからずっと傍にいる。着替えをくれたり、玉座の間まで連れてきてくれたりと、まるで世話人か侍従みたいな感じだ。

 先のとがった大きい耳は尻尾や髪と同じ灰色で覆われている。

 内側の奥はピンク色なんだろうか。覗いてみたいが、ほぼ初対面からそういうのは嫌われそうなので言い出せない。全体的に細く、すらりとしている。服装は俺とそう変わらないシンプルなもので、黒いジャケットを軽く羽織っている。ラフな格好なのに、なんだかキマって見えるのはイケメン補正だろう。別に僻んでなどいない。

 空色の瞳がきらりと光った。

「……獣王様は、あの者たちに興味がおありなのですか?」

「んー、うん。あると言えばあるよ! 会えるものなら会ってみたいし」

「そうですか」

 声のトーンは変わらないが、尻尾がだんだん下がってきた。

 不満か、不満なのか。獣人以外に興味を示しているのが。愛い奴めとなでくりしたい気持ちを抑え、話の続きをねだる。俺は目覚めたばかりで何も知らないから、世界の常識とやらを教わっている最中なのである。

「獣人っていっぱいいるの?」

「そうですね。昔はそれこそ把握しきれないくらいの種が存在していたと聞いております」

「い、今は?」

「有毛系、鳥系、蜥蜴系、魚人の四種です」

「た、たったの四種!?」

「大別すると、ですが」

 言いにくそうに補足されて、俺はずり落ちかけた玉座に座り直した。

 様々な宝石をちりばめた超高級な椅子は背凭れも大きければ、肘置きも大きくて立派だ。子供サイズでは、全然届かない。当然、椅子の足よりも俺の足の方が短い。

(とりあえず、ふかふかの座布団がほしい。ケツ痛え)

 耳の奥に残る大歓声はまるで、救世主の誕生を祝うかのようだったと思い出す。すごい大群衆だったが、あれが獣王国の全人口だったら笑えない。

「獣王国やばくね?」

「はい、今まさに滅びに瀕しております。そのため、獣王様のお力が必要なのです。どうか獣王様、この国をお救いください」

「やるよ、俺にできることなら」

 真摯な眼差しで訴えられ、俺は頷いた。

 この世界からモフモフが消えるなんて嫌だ。

「全ての獣因子を持つ獣王様にしかできないことです」

「じゅういんし?」

「獣因子とは、獣人族の種を分ける十種類の因子を指します。獣王様はこの世界で唯一、どんな獣人族も生むことができる存在なのです」

「へえ。どんなモフモフも自由に生んで……」

 俺か!? 俺が生むのか?!

 思わず自分を指で示すと、厳かな顔で深く頷かれてしまった。獣王国の一番偉い人だから獣王なんじゃなくて、獣人族の母になれるから獣王なのか。ナルホドナー。

「ふっざけんな! 男が子供生めるわけないよっ」

「獣王様は女性であられます」

「…………へ?」

 ふと、ぺったんこの胸を見下ろす。

 まだ子供の体だから、これから膨らむのかもしれない。そしてズボンの中身を確認するまでもなく、あるべきものがないことは感覚で分かっていた。ただ単純に、俺が気付かないふりをしていただけだ。

 小さく震える体を、ぎゅっと抱きしめた。

「お、お前は」

「ロキです」

「名前なんか訊いてねーし! お前はロリコンか!? こ、こんな未成熟な体に興奮する変態なのかって訊いてんのっ」

「そうですね。子が産めるようになるまでは、少なくとも5年は必要かと」

 5年経ったら襲われる。

 いや、これは夢だ。夢に違いない。

 さっきはちょっと現実かなあって思い込みそうになったが、どう考えても悪夢ですフザケンナ。5年待たなくても、寝て起きたらおサラバだ。体は女でも心は男。そんな俺が、男に抱かれるなんてゾッとする。しかも話の内容からして、獣王国は絶滅危機にあるらしい。その救世主が獣王なら、子供をポコポコ生みまくれっていうことじゃないか。

「無理!! 無理無理ムリムリムリッ」

「獣王様、ご安心ください。きっと貴女様が気に入る者を連れてきてさしあげますから」

「ぶあっか、そういう問題じゃねー!!!」

 モフモフパラダイスは悲願の夢だった。

 獣王の命令なら、どんな獣人だって触らせてくれるかもしれない。それこそ普通は嫌がることも我慢してくれるかもしれないし、それは非常に抗いがたい誘惑だ。

(でも、それとこれとは別だっつの!!)

 おしべとめしべがくっつくんだぞ。絶対無理。

 モフモフさせてもらう代わりに、大事なナニカを失う。そんな人生、悲しすぎる。いるかどうかわからない神に感謝しようと思っていたが、全面的に撤回だ。夢だからって、とんでもない世界に来てしまったものである。

 ちらっと薄目でロキを見やる。

 玉座の上で丸くなってしまった俺のことを、とっても悲しそうな目で見ている。耳はぺったりと伏せられ、尻尾は力なく垂れてしまっていた。親子ほどの年の差はないかもしれないが、小さいガキに拒絶されたからって落ち込みすぎだろう。

 まずい、雨に濡れた捨て犬に見えてきた。

「…………じゅ、獣王国が亡びるのはだめだと、思う」

「ですから、獣王様に」

「俺が子供を生む以外で! 何か方策を考えるっ」

「今までも各種族の古老が知恵を絞ったのですが、大した効果はなく」

「そもそも俺、赤ん坊からやり直した覚えがないんだけど!!」

 先代の獣王はどうしたんだと吠えれば、ロキは困った顔で首を傾げた。

 おい、嫌な予感がするぞ。俺が本当に獣王なら、先代獣王は生みの親ということになる。あの殻に閉じ込めてくれた張本人だ。獣王はあんなデカイ球体を産み落とすことができるということだろうか。激しく無理。どう考えても無理。やっぱり無理。物理的に不可能。

「先代様は十年前、人間に殺されました」

「戦争があったとか?」

「いえ。獣人は人間よりも身体能力が高いことから、人間に奴隷として使われることがあるのです。人間の国へ攫われていった者の中で、大陸へ戻ってきた者は一人もいません。獣王様は攫われた獣人を助けようとして、人間に殺されたのです」

「ちょっと待て。獣人が人間より能力が高いんなら、人間に負けることはないよね? なんで奴隷なんかに」

「従属魔法を使い、獣人が逆らえないようにするのです。獣王様は全ての獣因子を持つ代わりに、一般的な獣人族よりも力がありません」

「……つまり、獣人族の中では最弱」

「だからこそ我々が命を賭してお守りせねばならなかったのに!」

 十年前なら、そう昔のことでもない。

 それでも俺にとっては現実味がなくて、先代の死について何か思うことはない。そもそも本来の体は人間なわけで、獣人族を酷い目に遭わせたのだと聞かされても「人間として」申し訳ない気持ちになってしまう。

 ロキは、悔しくて仕方ないのだろう。

 気の利いた慰めの言葉も思いつかず、俺はぼんやりと天井を眺めていた。


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