第八回 実在の商品名を出していい?
障礙者の話が出ましたが、もう一つデリケートな問題があるのではないでしょうか。それは実際の商品名を出していいのかどうか、です。恐らく訴訟を起こされるという危惧があるのだと思います。
ではお聞きします。もし訴えられるとしたらどういう権利を侵害したことになるのでしょうか。商標権でしょうか。では商標権について調べてみましょう。特許庁によれば「商標を使用する者の業務上の信用を維持し、需要者の利益を保護するため、商標法に基づいて設定されるものです」。そもそも商標法とはどんな法律なのでしょうか。幸いにも総務省が法令データベースを提供していますので、法律関係は全文無料で見ることができます。
第一条 この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。
とあります。中国が松坂牛として販売している問題が具体例としてあげられます。松阪牛と混同した場合、松阪市の産業も食べた人も不利益を被ることになります。
商標権の目的は類似商品を買わせないようにするためであり、創作の現場ではないのです。
では名誉毀損罪でしょうか。確かに記述が問題となる場合もあります。例えば村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』では「小さく短く息をつき、火のついた煙草をそのまま窓の外に弾いて捨てた。たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」と記載して名誉毀損に問われました。
しかし、原文を持ち出すまでもなく「人の名誉を毀損」しない限りにおいては、適用されません。ただ単に「ポッキーを食べた」などでは問題にならないのです。
加えて村上春樹の『海辺のカフカ』では商品名が数多く出てきます。例えば中日ドラゴンズ、カーネルサンダースまで。そういったものが問題にならないのはどうしてでしょうか。
表現の自由が認められているからです。もちろん著作権法はこの表現の自由と結びついているのですが、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を保護しています。
例えば、森博嗣の『すべてがFになる』ではUNIXという商品名が登場します。UNIXでなければならなかったのだと思います。理由はキャラクター造形で重要な役割を果たすから。UNIXはコンピュータ黎明期に開発され、しかもサーバーを管理する目的で主に使われていました。
つまりコンピュータに古くから馴染みのある人物をUNIXという小道具で表現しているのです。