第六回 リアリティを持たせよう。
そもそも人間はどのように言葉と音とを聞き分けるのでしょうか。両方とも物理学的に言えば空気が振動しているにすぎません。空気の振動が鼓膜を振動させ、最終的に左脳のウェルニッケ野に到達して意味が理解されるのです。
一方、文字は光が網膜を刺激して情報を取得しています。つまり物理的にいえばもともと全く別の刺激。それを人間が勝手に結びつけているに過ぎません。
ところで、この左脳が損傷を受けると一般的に右手が不自由になります。つまり左手が不自由な失語症患者は医学的に言って珍しいのです。もし障礙者が登場するような場面で、左脳に損傷を受けたことなっているにも関わらず、左半身が麻痺しているような描写があったら、読書不足です。
もちろん瑣末なことであり、物語全体に影響を及ぼさないかもしれません。しかしそういった細部にこそ神は宿ります。創作家は嘘をさも本当であるかのように信じ込ませなければいけません。例えば投資詐欺、新興宗教。彼らのパンフレットを見てみると、サスペンス小説の構造と酷似しているのです。
それはさも不安があるかのように煽り立て、最終的に解決する、という一連の流れです。そして彼らは肝心のところ以外は、入念に下調べしています。冒頭の一行で危機感を煽り、疑って単語を調べれば調べるほど〈それらしい事実〉が描いてあります。つまり、相手を信じ込ませるには、本当のことを書かなければいけないのです。