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創作家のためのアクセスアップ入門  作者: 有沢翔治
ワナビのための読書入門
20/27

第六回 テンプレ設定に関する誤解

 「小説家になろう」は似たり寄ったりだと言われます。そして、テンプレだと。確かに異世界物が圧倒的に多いですが、それ自体は何の問題もありません。ただ流行だけで、取り立てて深く考えもせずに異世界転生を描いていることこそが真の問題なのです。

 ではどのような設定が本当に意味があるといえるのでしょうか。「山月記」を読めば答えが書いてあります。どうして虎になったかが作中に描かれているのです。プライドが高く「進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしない」李徴は当然なかなか認められません。

 そして下記の結果になるのです。


憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。


 また李徴は人間は誰でも猛獣使だと述べています。この言葉こそ山月記の設定で中核となるものです。つまり、大きくなり、凶暴化していって制御が効かなくなった自尊心を、虎に喩えているのです。

 そしてこれは現実世界を反映しており、意味のある設定です。例えば引きこもりが親を殺害したという報道は、李徴の心境を表していると言えましょう。勉強、進学などの挫折がきっかけで、引きこもりになり、母親の些細が引き金となり殺害。このような事件は珍しくありませんが、「李徴」と重なり合います。

 登場人物に現実感を持たせるためには、価値観、人生観などを描き込まなければなりません。山月記でも李徴のプライド、袁の友情が描かれていますね。

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