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玻璃一族シリーズ

MVPは炎の中継ぎ

作者: 川里隼生

2017年プロ野球開幕直前スペシャル小説

 やあ、久しぶり。それとも初めましてかな? まあいいや。今日は野球を見に行こうと思っているんだ。もうコンビニで予約してある。チケットに記載された『ホークス vs イーグルス』の文字を見るだけでわくわくしてくるものだね。オープン戦だけど。そう思わないかい?


「アユミは本当に野球が好きなんだね」

 まあね。福岡に産まれた女として、野球についてそれなりの思い入れは持っているつもりだよ。紹介しよう、彼は厄病神のリー。彼らが近くにいると心霊的な悩みを抱えることになるから、注意しておいてくれ。僕の近くに置いておくと、わざわざ現場に出向かなくていいから楽なんだ。


 そう、僕はいわゆる霊媒師などと呼ばれる者だ。それで金儲けはしていないけどね。実は、福岡ドームにも厄介な怨霊が棲んでるって噂があるんだ。ひょっとすると、昨シーズンのホークスが優勝できなかったのも、その霊の仕業かもしれない。もしそうだとしたら許せないよ、まったく。


「それじゃ、行ってくるね」

 家にはリー以外誰もいない。人間の家族はみんな仕事で出払っているんだ。だから僕は本当は留守番していないといけないんだけどね。リーに任せて出かけてしまおう。僕も高校1年生なんだし、これくらいの親不孝は許してくれ。お金は僕の小遣いから払うんだし、一応仕事も兼ねてるし。


 地下鉄の唐人町駅で降りると、ホームには『いざゆけ若鷹軍団』が流れている。いいねえ。最高にエキサイトしてきたよ。お気に入りのリュックサックからユニフォームを取り出し、階段を行進している人々に倣って着用する。僕の背番号は2。そうだ、今のうちに帰りの切符を買っておこう。


 切符を買って、列について行く。ドームまで少し距離があるが、僕には何てこともない。橋を渡るといよいよ茶色の屋根が見えてきた。

「あれがどーむっていうの?」

 おやエオ。いつの間にいたんだい? この小さいのは付喪神のエオ。ある神社の割れた瓦にいたのを拾ってきたんだ。今は福岡のどこかに住み着いているらしい。


 ドームへ行く前に風船を買わなければならない。ありがたいことに外にグッズショップがある。エオ、お前も風船を飛ばしてみるかい?

「ぼくはいいよ。いらない」

 まあそう言うな。滅多に来られる場所じゃないんだから、楽しまないと損じゃないか。どちらにせよ4本セットなんだし。


 いよいよ入場だ。まだ昼の11時。試合開始まで2時間あるけど、もうお客さんは結構来ている。チケットに書かれたゲートで荷物検査を受ける。前のお客さんはだいぶ柄が悪いな。バッグの中を見せずに行ってしまった。本当に野球を愛しているわけではないと見える。


 昼食を買おう。エオは何がいい?

「たべなくってもいいけど、せっかくならふらいどぽてとがたべたい」

 中々個性的なチョイスだね。いいよ。昼食はハンバーガーにしよう。ここのコンコースは人がごった返して立ち止まっていると邪魔になる。入場する前に目的の店を選んでおくべきだったな。


 エオ、ちゃん着いてきているかい?

「だいじょうぶだよ。いざとなったらとべるし」

 そうかい。あの通路を通ればグラウンドが見えてくるよ。その前にもう一度チケットを係の人に見せないとね。席の場所を教えてくれるから。おっと、危ない。ハンバーガーを落とすところだった。


 エオ、見てごらん。人がゴミのよう……じゃなくて、広くて綺麗だろう。これが野球場だよ。もう応援団は準備にとりかかっているようだね。見上げれば照明が眩しい。僕はこの瞬間が好きなんだ。人がいなければ飛び跳ねて喜びたいほどにね。グラウンドを挟んだ向こう側には紅い集団。イーグルスの応援団がいる。お互いに健闘を祈るよ。


 さて、僕のチケットはライトのファウルポールに近い自由席。1人で外野席の真ん中は少し怖いし、ホームベースに近づくほど値段が高くなる。よってここにした。エオはとりあえず僕の膝に乗りな。注目されている試合じゃないけど、やっぱり最前列はなかなか空かないものだからね。


 試合が始まる前にハンバーガーは食べ切ってしまおう。どうせ僕のことだから試合が始まればグラウンドとオーロラビジョンから目を離さないはずだ。エオ、そんなにポテトを落とすんじゃない。ドームが汚れてしまう。そうそう、仕事もあるんだった。今のところ怪しいものはないな。


 始球式だ。今日は福岡出身のタレントが投げるらしい。噂によると、彼女が始球式を務めた過去3試合、ホークスはいずれも敗れている。今日こそ彼女の濡れ衣を晴らしてほしいものだ。投球はワンバウンドしてグラブに収まった。背番号2の持ち主である今見いまみ選手は2番ショートで先発している。


 応援バットを打ち鳴らしつつ、ファウルボールが飛び込んで来ないかといつも待ち構えているが、今まで一度も来たことがない。初回からホークスはランナーを得点圏へと進める。

「あれ? アユミと同じ服の人がたくさんいるよ?」

 今頃気づいたのかい? そういえば、エオは野球のルールを知らないんじゃないだろうか。


 そうだ、エオ。隣が空いているから、そっちに座りなよ。

「……」

 エオ?

「ぼく、アユミのおひざがいい。だめ?」

 おや。こう返されるとは予想していなかった。いいよ。このまま戦況を見守ろうじゃないか。


 イニングの間には様々なコーナーがあり、テンション高めのスタジアムDJが盛り上げてくれる。5回は特にグラウンド整備の時間が必要なのでチアリーディングチームのお姉さんたちがダンスを披露する。……。

「アユミ、どうかした?」

 ああ、何でもないよ。別に僕もああなりたいとか思っていないからね。


 ホークスの3点リードで迎えた7回表。イーグルスは2者連続ショートゴロ。そろそろ風船を膨らませよう。この風船は最初が難しい。エオは膨らませられるかい?

「ぼく、こきゅうしてないからむり」

 そうだったのか。ごめんよ、付喪神が呼吸をしないなんて知らなかったんだ。


 僕とエオ、2本の風船を膨らませた頃には僕の肺は限界に達していた。肺活量には自信がないんだ。ところで、中々最後のアウトが取られない。ファウルで粘られ、結局そのバッターはフォアボール。次の指名打者も結構粘り、7球目にしてようやくレフトフライに打ち取った。さあて、ラッキーセブンの時間だ。


 唐人町駅でも流れていた『いざゆけ若鷹軍団』。今日こそ緑色の空席が目立っているが、これが注目のカードともなると見渡す限り黄色く染まる。赤とか青のときもあるけど。歌の最後のフレーズに合わせて風船を飛ばす。見た目は美しいのだが、この後落下してくる誰かの風船を避けるのは至難の技だ。当たりたくない。


「アユミ、うれしいわりにはあんまりおおきなこえでうたわなかったね」

 そうかい? それはきっと、1人で来ているのに大声で歌うのは嫌だという心理が働いたからじゃないかな。1人というのは、人間1人ってことだよ。エオが見えていない人のほうが多いからね。ドームの中には僕しかいないかもしれないよ。


 ノーアウトでランナーは2塁。ここで今見選手。バントは上手だけれど、昨シーズンの打率は2割4分5厘、ホームランなんて10本しか打っていない。ホークスがビハインドだったら確実に代打だっただろうね。今見選手は初球を打った。サードへの内野ゴロ。ランナーは飛び出していない。足の速い今見選手がフォースアウト。おや? 今のゴロ、明らかに途中で速くなった。


 もしかすると、怨霊は呪いなんかよりもっと直接的な方法をとっているのかもしれない。自力で試合をコントロールしているのではないだろうか。

「エオ、ちょっと降りてくれ」

 ついそのまま口で言ってしまった。ドームが騒がしくて、僕の声じゃ隣にも聞こえないくらいだったからいいようなものの、こんな独り言は不審者だと思われる。


 リーやエオのように何度も会っている相手ならいいが、初めて見る霊は意識を集中しなければ見えない。もし普通に見えたら街中わんさかいる霊が全て見えて大変だろう。……見つけた。天井に巨大な蜘蛛型の霊が張り付いている。向こうも僕に気づいたようだ。すまないが、見た目からして好戦的に見えるので祓わせてもらおう。リュックからお札を取り出す。


「あんたが玻璃はり歩美あゆみか」

 後ろからお札を奪い取られた。振り向くと、そこには入場口で係員の指示を無視していたお客さんがいた。

「何をするんです。返してください」

「これは返せんな。俺の計画のためにも」

 何だか面倒な人に目をつけられてしまったような気がする。


「計画とは何ですか?」

 そう聞かないと始まらない。お客さんは隣の席に移った。他人に聞かれたくないからだろう。エオを膝に戻す。

「よくぞ聞いた。俺はな、ホークスを潰すんだよ。ホークスは俺の意見を全然聞かねえんだ。邪魔くさい屋根を外せと言っても、2軍なんかに金掛けるなと言っても、ペットボトルくらい解禁しろと言っても全部だ!」


「はあ。それとあの化け蜘蛛と何の関わりがあるんですか?」

「俺もお前と同じだよ。あれが見えるんだ。あいつ使ってホークスを負けさせ、ファンを失望させる。もちろんバレないようにな。そうすりゃ儲けがなくなってホークスは潰れる。完璧な計画だろ?」


 イライラしてきた。この辺で思ったこと全部ぶちまけてしまおう。

「今世紀最大に粗末な計画ですね」

「何だと?」

「負けたくらいで応援をやめるようなにわかばっかりだとでも思ってるんですか? それ以前に動機が自分勝手すぎます。あなたのような自己中心主義者にはスポーツの素晴らしさがわからないんでしょうね」


「このガキ、言わせておけば……」

 しまった。逆上させてしまったようだ。男が懐から何か取り出す。化け蜘蛛を呼ぶ装置だろうか。だとすると少し厄介だ。あまり目立った行動はしたくないのだけれど。いや、どうやらそんなものではないようだ。銀色に光ったそれは、どう見てもナイフだ。


 逃げればいいのに、体が動かない。

「殺してやるよ」

 男の右腕が上がる。私はエオを庇うように抱くしかできなかった。正直、人の方が怖い。

「おい! そこ何ばしょっとか!」

 誰かの声。僕の近くで応援していたお客さんだ。ナイフに気づいてくれたらしい。その声で男の腕が止まり、僕の体が動いた。


 とにかく男から距離をとって、化け蜘蛛だけでも退治しよう。本当は走ってはいけない通路を走りながら、バッターボックス辺りの屋根にいる化け蜘蛛へと近寄る。お札はないが、呪文だけでとりあえずドームから遠ざけることはできる。後ろから大声を出して男が追ってくる。振り切ろうと階段を降りるが、当然そんなことでは振り切れない。ボール除けの網をくぐってフィールドシートまで逃げたとき、呪文を唱え終えた。


 化け蜘蛛が消えた。

「てめえ、よくも……!」

 もう逃げ場がない。男が振り下ろしたナイフは、エオを抱く僕の右腕を斜めに切った。みっともなく悲鳴を上げてしまう。

「アユミ、だいじょうぶ?」

「これで止めだ!」

 男の腕が再度持ち上がる。恐怖のあまり涙まで出てきた。もう駄目かもしれない。


「マウンドに逃げろ」

 誰かの声。今度はお客さんではない。しかも妙に冷静だ。その冷静さは僕にも伝わった。そうだ、フィールドシートのフェンスなら簡単に飛び越えられる。一気に飛び越し、マウンドへ走る。

「待て!」

 男もフェンスを越えてくる。


「助けてください!」

 投球しようとしていたイーグルスのピッチャーに叫んだ。振り返った彼は追ってくるナイフを持った男を見て、驚きながらも察してくれた。僕と男の間に立ち塞がった。

「何やってんだてめえ!」

 ピッチャーの渾身の右ストレートが決まった。異変に気付いた他のイーグルスやホークスの選手たちも集まってくる。まるで乱闘だ。


 ほとんどの選手たちや審判、スタッフが暴れる男を取り押さえようとしている中、今見選手がマウンドでへたり込む僕に近寄った。

「腕、怪我してるでしょ。ベンチ裏に医務室あるから。立てる?」

 声すら出せず、首を横に振る。今見選手に抱えられた僕は医務室へ運びこまれた。お姫様抱っこ。


 医務室でもかなり長い間泣いていた僕に、今見選手がずっと付き添ってくれた。

「そんなに泣くなよ、男だろ?」

「女です」

 この会話だけは覚えているが、他はあまり覚えていない。男はヤクザも黙る福岡県警が連行していったそうだ。傷害罪には違いないが、平等に裁かれるよう願う。屈強な野球選手たちに取り囲まれた時点でかなりの恐怖だったかもしれない。


 エオも無事だった。過去形なのは、僕と男が退場して試合が再開されたあともグラウンドに取り残されて、打球や選手たちから逃げ回ってフラフラになっていたからだ。エオは飛べるんじゃなかったのかい? そう言えばその時は気付かなかったが、今見選手は試合を欠場してまで私に付き添ってくれていたのだ。


 泣きやんだ頃には、ヒーローインタビューが始まっていた。ホークスがさらに1点を追加して6対2で勝ったらしい。僕の右腕には痛々しく白い包帯が巻かれたが、チームドクターのサービスで黄色に着色された包帯を2本巻かれた。まるでホークスのユニフォームだ。外したくなくなる。


 家族にはバレた。それも無理はない。BSで中継されている試合だったし、怪我をすれば当然保護者には連絡が行くし、大体傷害事件の被害者になってまで隠し通そうというつもりはない。そもそも僕がこういうことをしているのは周知の事実だ。ただ、単独行動したことは小学生の弟にも咎められた。探偵気取りのお前も人のこと言えないだろうに。


 恐ろしい目に遭うくらいなら仕事をやめればいいのかもしれない。でも、僕は今のところやめるつもりはない。少なくとも、あの時僕を救った「マウンドに逃げろ」という声の持ち主を探すまでは。個人的に「グラウンドに」じゃなくて「マウンドに」と言ったことが手がかりだと思う。ホークスのピッチャーだろうか?

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