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第9話 デモンストレーション

「こんな『この世界』を一体どうやって楽しめって言うのさ?

 アタシにも一緒になって人殺しをしろって言うのかい?」


 ジュンに面と向かってそう言われた井上技術一佐は唖然として絶句した。


「いや、あの……」



 ジュンがそこまで思い出した時、オープンにしてある無線機を通しヘルメット内のスピーカから井上技術一佐の声が流れた。


「じゃあ始めてくれ。無理の無い範囲で構わないからよ」


「りょーかい」


 ジュンはちょっとおどけたように返事をした。やはりコックピットに収まると安心できるからだろう。何せこの中だけは、自分が生まれ育た世界のものなのだから。


「ようしAI、デモンストレーションを始めようか?」


 しかしAIはジュンに確認した。


「ヨロシイノデスカ? 専守秘匿義務事項2ニ抵触シマス。

『テスト機体を……』」


「いいから、周りを見てみろ! 20ミリ弾なんかぶち込まれてみろ、一発であの世行きだぜ?

 とにかく歩行前進、10歩/分だ。1分後、12歩/分まで速度上昇」


「了解」


 AIが返事をして機体が動き始めた。

 指令車の暗視モニタに映る姿を井上技術一佐らは食い入る様に眺めている。


「AI、3時の方向に進路変更」


「了解」


 機体が進行方向を変えた。ジュンとAIのやりとりは無線機を通して司令車内に聞こえている。


「本当に音声制御なんだな……」


 井上技術一佐が驚いたように声を上げた。



 人型ロボットを人間が操作する場合、人の動きをどのように再現させるか? これはかなり難しい問題である。

 例えば「歩く」

 両足を載せているペダルでそれぞれ左右の脚を操作するとして、自転車のペダルを漕ぐように操作するというのはナンセンス。コックピット内でそんな動きを繰り返していることなどできない。

 では両側のペダルをつま先で踏み込むと前進、かかとで踏み込むと後進とするのはどうか? 当然同時に踏み込んでも機体は交互に足を動かすという前提でである。

 これだと左右の踏力の違いをどう判断するかという問題がある。差をリニアに判断するとどちらかに曲がってしまうか最悪の場合転倒する。逆にこの差を完全に無視すると今度は細かい挙動がさせられなくなる。

 では、左足ペダルで前進・後進を切り替え、右足ペダルで速度を制御するというのは? そうして操縦桿で向きを変える。

 これは一見、有効な方法に見える。だがこれは単に歩くだけならである。これでは同時に腕を動かすなどの機体に複雑な動きはさせられない。操縦桿の操作が複雑になりすぎるか、もしくは腕を制御する別の操縦桿に握り替える必要になってしまうからである。

 これだと戦闘用ロボットには向かない。


 例えば「銃で相手を撃つ」

 この場合まず相手を照準に収めなければならない。その時に銃が連動して動く必要がある。すなわち操縦者が視認システムもしくは索敵システムで捉え標的と定めたものに照準を合わせた時、手にした武器の銃口が正しくそちらに向かなければならない。もちろん腕の動きだけでなく体の向きを変えるなどの操作が必要になる。

 だがこういうことはある程度までは自動制御にしてしまうことが出来る。訓練場で動かない標的を撃つならこれで十分である。だから後は発射ボタンを押すなり操縦桿のトリガーを絞るなり、要するに機体に「発射」の命令を与えればよい。

 ところが自ら移動しながら動く標的を撃つということになると、途端に複雑な操作が多数必要になって操縦者の両手両足だけでの操作では対処できなくなる。ましてそこに操縦桿から手を離し別の操作が必要、となったら下手をすればその間に自分は殺されている。

 したがって日本帝国防衛軍のHAHEWW(重装甲ヒト搭乗型歩行兵器)は、様々な状況を想定した機体の動きのパターンの膨大なデータベースを機内ライブラリに持ち、搭載コンピュータは実機の動きをこれと照合しながら機体を半自動セミオートで動かし、操縦者の負担を軽減している。

 つまり機体は索敵、照準、攻撃に特化した動きができるようにプログラミングされており、操縦者の操縦桿とペダル操作は微調整 ― と言う程単純ではないが ― で済むように作られている。したがってそこには音声で機体に指示するという考えはない。



 ところがRX-175はそうではない。

 災害救助の場合、戦闘の様な機体全体での複雑な動きは必要としない。それでも被災現場の状況などは千差万別であるから、特に腕は繊細な動きと強度が要求され、医療用や工業用のロボットアームの技術の蓄積がかなり生かされている。したがって現状でも上半身はかなり完成度が高まっている。

 そうしてRX-175はその上半身を支えきれる脚部アクチュエータの耐久強度試験機である。


 そうしてジュンの勤めるオセアニア・インダストリー社の開発チームは、「歩く」「止まる」「向きを変える」などといった基本パターンは音声による命令で機体に自律的に行わせるということにしたのである。

 歩くなら歩くで、操縦者が命令して細かい姿勢制御などは機体に全部任せてしまえばいい。操縦者が一から十までする必要はない。そうしてそれは音声による指示で十分。そう決定してプログラムを組んだのである。

 要するに操縦桿とペダルの操作は基本動作では必要なくし、それはあくまで瓦礫撤去や被害者救出向けに特化させた、ということである。

 すなわち「前進」と命令すれば歩き出す。「止まれ」と命令すれば機体は動きを止める。直近の命令と相反する命令が出されるまではその前の命令も継続する。つまり前進させながら方向転換させるには、今まさにジュンがしたような命令を音声で機体に下すのである。もちろん操縦桿とペダルによる完全なマニュアル制御も可能である。音声制御だけでは万が一操縦者が途中で声を出せなくなったら機体を制御できなくなるからである。

 いずれにせよそれは、戦闘行為すなわち格闘戦や銃撃戦を想定しないからできることであった。


 瓦礫の下にある被害者と思しき熱源の探知、赤外線スキャンによる散乱する物体の解析。大きさ、材質、推定質量、下の物体への荷重のかかり方、さらに自機の立つ地盤の状況。

 搭載コンピュータはこれらを瞬時に解析し、それらを色分けした3次元グラフィックでモニタに表示して、折り重なる瓦礫のどこをどう動かせば無事に救出できるかということを計算する。もちろんコンピュータの計算が完璧とは限らないが、それにしたがって操縦者は操縦桿とペダルを操って救出作業をするのである。

 これは南北米州連合のA-6にしろ全欧州国家連合のACX-3にしろ基本は同じで、A-6は8本の足と4本の腕、ACX-3は6本の足と4本の腕で行っているが、RX-175はそれを2本の腕と2本の足で行えるように開発中なのである。



「AI、一時停止だ」


「了解」


 機体が止まった。ただでさえRX-175は静かな機体だが動作を止めると油圧ポンプの作動音が止まるので余計に静かになる。


「機体に異常は? バッテリー残量は?」


「機体ニ異常ハアリマセン。全テ正常値デス。ばってりー残量ハ26%デス。コレ以上ノ連続稼働ハオススメデキマセン」


「わかったよ」


 ジュンはヘルメットに着いているマイクに向かって話した。


「聞こえたろ? 機体のバッテリー残量がそろそろ限界に近い。もう終わりにしたいんだが……」


 防衛軍指令車とは無線機だけでしか繋がっていないからメインモニタに通信相手の顔は映ってない。これがデータリンクした状態ならメインモニタに別窓が開き相手の顔が映し出されるところである。


「了解した。いま運搬車キャリアを向かわせる。その場で待機していてくれ」


 井上技術一佐の声がヘルメット内のスピーカから聞こえた。


「りょーかい。

 AI、TI(熱線映像システム)停止、ODIRTS(赤外線全方位捜索システム)作動、迎えが来る。」


「じゅん、指令車トでーたりんくガ復活シテイマセンガ」


「ああ、だからここのキャリアを借りる」


「ヨロシイノデスカ? 専守秘匿義務事項24ニ抵触シマス。

『テスト機体は……』」


「だから知ってるってば、それくらい! でも、構わんさ、もうこうなったら今さらだからな……」


「シカシ……」


「AI、お前も固いね、さすがに機械だけのことはある」


「発言ノ意味ガ理解デキマセン。理解デキルヨウニ言イ直シテ下サイ」


「どうにもならないんだから、もういいんだってば!

 とにかくTI停止、ODIRTS作動! それとしばらく黙っててくれ!」


「了解」


 AIの合成音声が静かに響き、運搬車が近づく間コックピット内は完全に無音になった。微かなモーター音さえも聞こえない。

 それに熱線映像システムもオフにしたからメインモニタは暗転し、周囲に存在する物体が赤い点で表示されているだけである。いたたまれなくなったジュンがおずおずと口を開く。


「おい、AI」


「ナンデショウカ?」


「お前、怒ってる?」


「質問ノ意味ガ理解デキマセン。本機搭載こんぴゅーたニハ感情ノぷろぐらむハアリマセン。じゅんモソノコトハ知ッテルハズデス」


「いや、知ってるけどね……」


「デハ質問ヲシタ意味ガ理解デキマセン」


「もういいよ」


 ジュンとAIの会話を聞いていた山下一佐以下は思わず笑顔になった。


「微笑ましいというか、何というか……」


「そうだな、あのネエちゃんにとってはいい相棒なんだろう」


 井上技術一佐も頷いている。


「これであの女性から機体を奪ってしまったら、どうなってしまうのでしょうね……」


 思わず前田二尉が呟いていた。



 山下一佐も井上技術一佐もジュンのことをとんでもないことに巻き込まれた不幸な女性という目で見てきたフシがある。

 だがそれ以上にジュンの住む世界はどれほど厳しいものであるのか。それを思えばジュンが言った通り、同じ国民同士で殺しあっている今の日本国民は何なのか。そんなことをしていて何になる。そうとしか思えなかった。

 だが、それはそれ、これはこれ。するべきことはしなければならない。

 ジュンが現れてもう既に5日目になっている。何時迄も総司令部に報告しない訳にはいかない。基地の人間が不審に思い始めるからである。

 だが山下一佐は井上技術一佐と相談の上、総司令部への報告をしないことに決めていた。


 ジュンの厳しい一言に言葉を失った井上技術一佐は山下一佐に言ったのである。


「あのネエちゃんと機体と、ここで匿うって訳にはいかねえだろうか?」


「いや、それは……」


 山下一佐は即答できず、代わりに前田二尉が異を唱えた。


「そんなことができる訳ありません!」


「そりゃわかってる。だがよ、総司令部に報告して、その後どうなる?

 あのネエちゃんはどこが主導権を握るにしても、脳みそから体中いじくりまわされて最後は廃人か、じゃなきゃあ解剖までされてオダブツだぜ? なんたって異世界人なんだからよ、誰もあの娘を守ったりはせんだろう。

 それに機体もバラバラにされて技術の奪い合い。下手をすればこの国の争いをもっと激しくさせちまうかもしれん」


「そのようなことは……」


「ないとは言えねえだろう?」


「確かに……。しかし」


「なあに、この基地には4千人からいるんだ。人一人増えたところで大したこっちゃないだろう?」


「そう言う問題ではありません、井上技術一佐! 彼女は異分子なんです! この世界の人間ではないんです!」


 前田二尉が激しく抗議した。


「だから殺されても構わねえと? 人体実験されてもいいと?」


「いえ、それは……」


 そこでそれまで深く沈思していた山下一佐が徐ろに口を開いた。


「とにかく彼女に機体の起動をさせましょう。全てはそれからです。

 その様子は機甲歩兵小隊の山室君、葛城君にも見せましょう。第1小隊、第2小隊隊長の2人が興味を示せば機体の留保は容易ですし、その操縦士は最優先で確保しなければなりません。他の誰にも動かせないんですから……。

 ですがこれは兵士達が望まないと、納得しなければダメです。もちろん頭ごなしの命令で皆を従わせることはできますが、それでは必ずどこからか綻びる。そうなればこの基地全体が危険になります」


 そう言った山下一佐は、独房からジュンを呼び寄せRX-175の起動を命じたのである。


「何でアタシがアンタの命令を聞かなきゃならないんだ? アタシは民間人、非戦闘員だぜ?」


「それは了解している。だが君の世界と我々の世界における人道保護のあり方が同じかどうかについては細かい検証をしていない。

 それに君はそもそもこの世界の人間でさえない。ということはこの世界の法が君に適用できるのか、という考え方もある」


「そんな、まさか……」


「しかも君の機体はテスト機であっても軍事転用可能の疑いがある。したがって、それが当基地内に存在する以上その接収は我々に権限があると考える。よって接収を容易ならしめるため君に起動を命じる」


「バカな! そんなこと聞けるか!」


「以上だ。早速準備にかかるように」


 山下一佐はそう冷たく言い放ってジュンを下がらせた。周囲に複数の目がある以上、つまらぬ疑念を抱かせるような真似は出来ない。


 独房へ戻る途中、再び興奮したジュンに井上技術一佐が言った。


「あれは司令官のお前さんに対する思いやりだよ」


「何が思いやりだよ!」


「少なくともお前さんはもう一度あの機体に乗り込める。もう乗りたくはないのかい?」


「そんなことは……」


「じゃあ、今は命令に従っとけ。お前さんのことは悪いようにはしないからよ」


「どうやってあんたたちを信じろっていうのさ?」


「俺も司令官もお前さんの言うことは信じたぜ? 『お前さんの地球』では核爆発があって多くの人間が死んだ。ニッポンも滅んだ。それが『お前さんの世界』だとな」


「……」


「だから今度は俺達を信じろ。お前さんが『この世界』を自分のものと違うと信じたように……」


 井上技術一佐はジュンに対し改めて機体の起動を「依頼」した。


「なあ、ネエちゃん。お前さんが気に入ろうと気に入るまいと、こうなったらここで生きていくしかねえだろう? だったら腹をくくってくれ、決して悪いようにはしねえ」


「そんなこと言ったって……」


 ジュンは当惑した。

 確かに自分はこの世界の人間ではない。だとしたら今後簡単に排除されてしまうかもしれない。戸籍も何もない、どころか人間としてすら認めてもらえないということもありえるからである。

 この世界は自分が生まれ育った世界とよく似ている。でも違う世界なのだ。だから自分の常識・知識や経験が通用しないところもあるかも知れない。そこで生きていくとなれば誰かに支えてもらうなりの協力が必要だろう。


 ジュンは、目の前の白髪交じりの男の言葉に託してみる気持ちになり、RX-175の起動をする気になったのだった。

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