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第6話 「今」いる「ところ」

 ジュンが「この世界」に現れて5日目の深夜、その姿はRX-175の操縦席にあった。それは基地司令の山下一佐や井上技術一佐にRX-175の挙動を見せるためである。



 井上技術一佐はRX-175が実際に動くところを見たいと山下一佐に強力に訴えた。


「あんたは基地司令官として責任があるからそう簡単に許可できないのはわかってる。遅かれ早かれ上に報告するんだろうし、となりゃあさっさと厄介払いしたいだろうが……」


「いや、そういうこともありませんがね」


 山下一佐が苦笑する。だがそう思わないではないというのも本音の一部にはある。


「だがね、俺としちゃあこんなチャンスは滅多にないんでね。ぜひとも、あいつ《RX-175》が実際に動くところを見たいのさ」


「あんな『お粗末な』機体をですか?」


 前田二尉が皮肉な口調で井上技術一佐に言った。


「ああ。だが、よくよく聞いてみると、あいつは単にお粗末とも言えねえなと思ってさ」


「それはどうしてです?」


 山下一佐が尋ねた。


「ご承知の通り『この世界』のHAHEWW(重装甲ヒト搭乗型歩行戦闘兵器)は推進剤を反応炉で燃焼させて駆動のためのエネルギーを得ている」


「ええ、そうですね。それが?」


 山下一佐は、井上技術一佐がジュンとRX-175を完全に平行世界から来たかのように言うことに、若干の違和感を感じながらも頷いた。


「ところがあのネエちゃんの話では、あの機体《RX-175》は大型バッテリーでモーターを回し、そいつで油圧ポンプを動かしてるってことらしい」


「ええ。あの女はそのように質問に答えています」


 前田二尉も同意した。


「その考え方は『この世界』でもHAHEWW開発初期にはあった。だが直ぐに破棄された」


 井上技術一佐が言う。


「ええ、知ってます。連続稼働時間が短すぎたとか……。違いましたっけ?」


 山下一佐が確認した。


「いや、その通りだよ。どれほどバッテリー開発に金と時間を掛けても実動15分がいいとこだった。これじゃあ実際には使い物にならん。それで反応炉を搭載することに変えた。これによって連続稼働時間が飛躍的に向上し、今じゃあ2時間動かしっぱなしに出来る。

 ついでに言やあ、現在開発中の新型反応炉が実用になれば連続稼働5時間が可能になる。もっともそん時は操縦者の方が先にくたばるだろうがね」


「そうでしょうね」


 山下一佐が頷く。

 現在でも実機を2時間フル稼働させた時の操縦者の疲労は半端ではない。5時間連続で任務を遂行させたら途中で気絶でもしかねないだろう。


「ところがネエちゃんの話では『あっちの世界』の人間は反応炉を使うという発想はなかったようだな。バッテリー電力にこだわったらしい。バッテリー蓄電率の向上、電動モーターと油圧ポンプの小型軽量強力化、それであの機体《RX-175》は一応、連続稼働1時間が可能なんだそうだ。もっとも脚部アクチュエータの耐久性はそこまでは無理らしいがね」


「ほう? それは興味深い話ですね」


「だろう? しかも別途、外装に太陽光発電パネルをくっつけて自家発電しながら稼働させるというのも研究中らしい」


「なんですって!? そんなことが可能なんですか?」


「いやまあ、理論上は不可能じゃないさ。ただ『あっちの世界』でもまだ太陽光発電パネルの発電量と重量増の線引が上手くないらしくて実用にはなってないらしいが……。

 第一、外装に太陽光発電パネルを着けたんじゃ防御性能がガタ落ちになる」


「ああ、そうですね。それでは兵器として成り立たない……」


「ああ、まったくだ。だがネエちゃんの話では『あっちの世界』じゃあ、戦争用の兵器としてより災害救助用としての要求が高いって話だからそういう発想が出てくるんだろう」


「確かにそう考えられますね」


「とにかくだ、おれとしちゃあまったく発想の違う、とまでは言えねえが、『こっち』でさっさと諦めたものを実際に実用可能なところまで持っていった『あっち』の技術が見てみたいのさ」


「そうは言いますが……」


 山下一佐も素直には頷けなかった。

 本当に平行世界から来たのかそれとも何らかの組織が送り込んできたのか。どちらにしてもそんな機体を動かすなど危険がありすぎる。もしそれで基地の施設や装備、兵員に被害が出たら大問題になる、では済まない。


「それに、こいつ《RX-175》は『この世界』のHAHEWWを根本的に変えるかもしれん」


 そう言った井上技術一佐の表情は至極真面目である。


「まさか? そんなことがあり得るはずが……」


 しかし前田二尉は井上技術一佐の言葉を一笑する。


「いや、あるね。

 何と言ってもその静粛性だ。反応炉で推進剤を燃焼させるとどうしても排熱と騒音が問題になる。こいつは新型機開発時にステルス性でいつも問題にされてることだ。

 ところが実際あの機体が現れた時、レーダー反応と赤外線反応はあったが稼動音がほとんど聞こえなかったろう? これで電波ステルスと赤外線ステルスを施してあったら捕捉はもっと遅れてたぜ? なんせ静かな真夜中にほとんど物音立てずに移動してたんだからよ」


 実際には機体に近づけばモーターの回転音や油圧ポンプの作動音は聞こえる。但しそれはアイドリング状態の自動車のエンジン音よりもはるかに静かである。


「それは確かに由々しきことですね」


 山下一佐も頷いた。

 ジュンと機体《RX-175》が忽然と現れたことに気を取られそこまで考えていなかったが、確かに井上技術一佐が言う通り、あの機体は現状でも一部では「この世界」のHAHEWWよりも隠密性が高いということになる。


「そこで、もしも、だ……」


 井上技術一佐が続ける。


「あの機体に『こっち』のJHX-011の……、他の機体のでもいいが、実用されてるアクチュエータを搭載したらどういうことになる?」


「そ、それは……」


 山下一佐の顔色が変わった。前田二尉もである。


「いや、もちろんそんな簡単な話じゃねえが、もしそれが実用化されたら……」


「それはかなり危険な存在になりますね」


「だろう? そこで俺はそれが可能かどうか知りたいのさ」


 井上技術一佐はそう言ったのである。


 現行、「この世界」のHAHEWWの多くは稼働時に推進剤を反応炉で化学変化 ― 井上技術一佐のように通常は燃焼と呼んでいる ― させ、そこからエネルギーを抽出し機体を動かしている。

 だがこのシステムは反応炉から定期的に出る推進剤の燃えカスを機体外部に強制排出する事が必要である。そうしてその際排出口から熱と音が発せられるのである。

 ステルス技術の向上は日進月歩であるが、この熱と音の隠蔽は常に開発者、そうして実機運用者 ― 要するに搭乗戦闘員 ― の頭を悩ませていたのである。

 そういう点からすると井上技術一佐が言う通り、ジュンの乗るRX-175は非常に興味深い機体なのであった。



 そうして山下一佐は井上技術一佐の要望を結果的には認めたのである。

 それは現在の帝国の状況、事実上の内戦状態にあるということから判断したのである。


 日本帝国の首都・京都。そこでは七摂関家が権謀術数を駆使して国の主導権争いをしていた。

 名門中の名門・藤原北家、その強力な対抗馬・藤原式家、奈良時代からの名家・斑鳩家、征夷大将軍を多数輩出した源家、成り上がりながら一時期権勢を誇った豊臣家、源家の分家にありながら一時代を築いた徳川家、そうして最も弱小ながら平安の時より未だに命脈を保つ菅原家。

 これら七摂関家は京都にあって表面上は皇帝を守るという立場であったが、実際にはその荘園、北海道、東北道、関東道、東海道、信越道、中国四国道、九州道においてそれぞれ独自の統治及び軍事力を確立・支配していたのである。


 そうして山下一佐が預かる日本帝国防衛軍関東統括司令部市ヶ谷駐屯地は、その歴史的背景から徳川家傘下の地方華族の支配地域にあり、その地方華族は「関東政府」を名乗って東京に本拠をおいて統治を行っていたのである。

 だがこれは何も特別なことではなく、各摂関家は札幌、仙台、新潟、名古屋、広島、博多を本拠に独自に統治していた。

 それはすなわち日本帝国は対外的にはひとつの国であったが、その内実は7つの独立国家の集合体であり、したがって日本帝国皇帝は完全なるお飾りの象徴的存在なのであった。


 そうして帝国防衛軍はあくまでも外敵から国土を守るための存在とされ、国内問題への関与を完全に禁じられていた。実際問題としてその予算は低く抑えられ、七摂関家が支配する各政府軍との戦力差は如何とも為し難かった。

 この市ヶ谷駐屯地は日本帝国防衛軍第三機甲歩兵師団本部という位置づけであったが、その配備は僅かに五個小隊からなるHAHEWW部隊と、一個空輸小隊、三個護衛戦闘ヘリ小隊、補給部隊、整備部隊のみであり、関東政府軍の練馬師団本部の4分の1以下という規模であり、師団とは名ばかりのものであった。

 そうして防衛軍各駐屯地は相互に連絡を取り合うのは当然であるが、その通信は各政府軍に検閲されるという状態であり、帝国防衛軍の位置づけは完全に各政府軍の下というものであった。


 したがってもし今回の事件、ジュンとRX-175の突然の出現という事態を帝国防衛軍総司令部に報告すれば、当然それは関東政府のみならず各政府の知るところとなり、調査と称して各政府軍が駐屯地に大挙として押しかけてくるのは火を見るより明らかであった。

 それは各政府軍同士の戦闘、すなわち帝国の内戦に距離を置いている帝国防衛軍の、関東における更なる地位の低下を招くことになるのは明白であり、それがひいては関東政府を徒に刺激することになることも十分予想できたのである。

 とは言うものの何時迄も総司令部に報告しないという訳にもいかない。だが調査結果はこちらの正気を疑われても仕方のないようなものであり、それが山下一佐を躊躇させていた原因でもあった。



 だが山下一佐はついに決心し、井上技術一佐の要望を聞き入れRX-175の実動を許可することにしたのである。

 どうせ何時迄も隠し果せるものではないし、それならば井上技術一佐が言う「あっちの世界」なるものの技術を実際その目で見てみようと思ったのである。

 但し偵察機や偵察衛星に見られることを極力避けるため、実動は深夜に行うことにしたのである。


 そうして山下一佐はRX-175を実動させる前に、ジュンに「この世界」のことを説明した。

 それはジュンに対し何も教えずに機体を動かせと言っても納得しないであろうし、それまでのジュンへの対応には害意があってのことではない、ということを理解させるためであった。


 山下一佐はいまだ半信半疑ながらもジュンを平行世界からの転移者と思い始めていた。その決め手はやはりRX-175の故であった。

 ジュンの言葉は薬物による洗脳によるもの、もしくは高度に訓練された工作員の演技という可能性もあった。だが情報部の人間でない自分にはその判断はつきかねたし、基地内にも情報部の人間はいなかった。

 しかし機械は嘘をつかない。井上技術一佐の調査結果から、どうしてもあの機体《RX-175》は「この世界」のものとは思えず、その結果、ジュンを平行世界の人間と判断したのである。


 そうしてジュンが平行世界に転移してしまっているとなると、誰にもジュンを助けることは出来ないと思えた。何故なら「元の世界」に帰る方法があるとは思えなかった。

 であるならばそれを理解させることもいずれは必要になる。ならばそれは今だろうと山下一佐は考えたのである。



 ジュンは山下一佐の説明を黙って聞いていた。それは初めからずっと聞きたかった疑問だからである。

 そうして山下一佐の説明によればここはジュンのいた地球によく似ている。まるで生き写しというようにである。

 だが「この世界」では半島における北の核爆発は起きておらず、したがって日本帝国の滅亡もない。

どころか「この世界」の日本は七摂関家による実質支配と内戦が起きている。それはジュンが習った「ニッポンの歴史」にはなかったことである。

またこの世界でも巨大地震が起きている。だがそれは頻発・群発というほどの頻度ではない。

 山下一佐の説明によれば、それはすなわち、「ジュンのいた世界」と「この世界」はまったく「別世界」ということなのであった。


 それを聞かされたジュンは初めは山下一佐が何を言っているのか理解出来なかった。否、意味はわかる。だが信じられなかった。それはジュンの話を山下一佐や前田二尉が信じられなかったのと同様である。

 どころかこれは、誰かが自分を巨大な映画のセットにでも放り込んで、それを眺めながら笑いものにしているのかとさえ思ったほどである。だがジュンのいた世界では、相次ぐ自然災害に娯楽などを楽しむ余裕はなく、まして新作の娯楽映画など何十年も作られていないのが実情で、映画スタジオなど放棄されて廃墟と化していたのであった。


 そうして見せられた「今の日本」周辺の衛星画像。

 それはジュンが「昔のニッポン」として学校の授業で見た姿と同じであった。


「こ、こんなことって……」


 ジュンの頬を涙が流れた。


「どうして……」


 ボタボタと涙を落としながらジュンは叫んだ。


「何で!? どうして!? どうしてアタシなのよ!? 何でよ!? 誰か教えてよ!!」


 だが、誰もその問には答えてくれなかった。

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