第5話 アメリカ映画のような……
重苦しい沈黙に包まれている司令官室。それを最初に破ったのは山下一佐の副官・前田二尉である。
「やはり情報部に連絡して専門の担当者をお呼びになっては?」
「この状況下でかね? それは自殺行為に等しいと思わんかね?」
山下一佐は首を振った。
「ですが、専門家であればあの女がスパイであることを直ぐに……」
「君は彼女がスパイであると端から決めてかかっているようだが?」
「おかしいでしょうか? 何の前触れもなく突然HAHEWW(重装甲ヒト搭乗型歩行兵器:Heavily Armored Human Embarking Walking Weapon)が基地内に現れたのです。スパイか破壊工作員を疑うことは当然だと思われますが?」
「それにしてはおかしな点が多くないかね?
それこそ忽然と現れたにしては定期的にレーダー照射を行っているし、機外照明も点灯させている。これはステルス機能を駆使して潜入したとすれば全くそれに反する行為だ。
かと思えば突然移動を始めたし、陽動にしてはこれと連携をとった動きも確認されていない。
だから私は自分で尋問する気になったのだがね、軽率の誹りを覚悟の上で……」
「ですが……」
確かに基地司令官である山下一佐は副官である自分の進言を採用せず、自ら拘束された人物の尋問を行った。その後の尋問は全て自分に任されているとはいえ、これはやはり上官の安全という観点から副官としては承服出来かねることであった。
前田二尉がそれでも異を唱えようとしたところで司令官室に入室があった。
「邪魔するよ」
「これは井上さん、何かわかりましたか?」
入室してきた白髪交じりの男性を山下一佐は立ち上がって出迎えた。前田二尉も立ち上がりソファから離れ、背筋を伸ばして入室してきた人物に敬礼した。
「ああ、まあ、そんなに多くはないがね。
よう、嬢ちゃんもいたのかい?」
前田二尉に敬礼を返しながら、からかうように井上技術一佐が言った。
「井上技術一佐、ここではその呼び方はおやめ下さいとあれほど……」
「まあそう言いなさんな。娘と同い年だからな、お前さんは……」
冗談好きの井上技術一佐に前田二尉はしかめっ面を隠さない。
「で、何がわかったんです?」
山下一佐は丁寧に尋ねた。
階級は同じでも基地司令官の自分と技術将校とでは立場が違う。だが年長である井上技術一佐に対して上からモノを言うようなことはしない山下一佐である。
「それなんだが、自分で言ってたことがどうやら本当になりそうだな、こりゃ……」
井上技術一佐は腰掛けながら手にしていたファイルを開いた。
「あのネエちゃん、言ってただろ? 『自分は最新型アクチュエータ搭載機のテスト・パイロットだ』って。それで重量負荷を極力減らすため外装は強化プラスチックだと……」
ファイルをめくりながら井上技術一佐が言う。
「ええ」
山下一佐が頷く。
「あのネエちゃんの言ってた通りだ。バラしてみたら……」
「分解出来たのですか?」
「ああ、一部だがね。外装は重要じゃないとは言わんが、やはりなんといってもメインは内部機構だ。どうしたって整備性のために外装は外し易くなってるもんさ」
「それで?」
「確かに外装パネルは強化プラスチックだった。我軍のJHX-011標準装備の20ミリ弾どころか、嬢ちゃんの380ACP弾でも簡単に貫通して中を壊せるほどチャチな、いわば紙っペラみたいなもんさ。実際、大きなもんでもうちの整備兵《ひよっ子》共でも難なく運べたよ。
それで内部を調べてみたが、はっきり言って……」
「はっきり言って?」
「25年から30年は遅れてるな、ありゃあ」
「えっ!?」
「今時、どんな途上国だってあんな中途半端でヤワなシステムを使った機体を実戦投入してる国なんざありゃしないよ。だからおそらく全く使い物にならんね、戦場じゃあ。
あのネエちゃんの言葉通り、全くの開発途上の機体、という見方が正しいだろう」
井上技術一佐の言葉に山下一佐も前田二尉も唖然としている。
「まあ、実際に起動させることは出来なかったから細かい所はなんとも言えんがね」
「起動出来なかったのですか?」
前田二尉が尋ねた。井上技術一佐が首を振る。
「そりゃあ無理な話だ。お前さんだって知ってるだろう? 我軍の機体だって特別な手順を踏まない限り、本来の操縦者と限られた整備担当者以外は動かせないんだ、強奪対策でな。
あいつもテスト機であっても機密保持の観点から搭乗者認証は厳重だろう。コックピットに置いてあったヘルメットとゴーグルにセンサーがあったから、脳波と網膜、それにもしかしたら声紋認証も行ってるかもしれん。こいつらをクリアして動かすには時間が足らんよ」
ファイルをめくりつつ井上技術一佐が続ける。
「それにあんな動きにくい防護服を来ての作業だ。ちっとも捗らんよ。
結局わかったのはそんくらいだな」
井上技術一佐はそう締め括った。
ジュンが取り調べを受けている間RX-175も調査されていた。
ジュンは否定したが、自爆装置や生物兵器が搭載されている可能性は無視出来ない。そこでこの基地、日本帝国防衛軍関東統括司令部市ヶ谷駐屯地に配備されているJHX-011 ― 帝国防衛軍主力2足歩行戦闘ロボット ― が警戒しつつRX-175の周囲に土のうを積み全体を防護シートで覆う作業を実施した。
その中へ防護服を着込んで乗り込んだ井上技術一佐は、慎重にRX-175の脚部外装撤去を行いアクチュエータの構造を調べ、その報告が今もたらされたという訳である。
「そうでしたか。と言うと井上さんの見解では、あれは敵性組織の機体ではないと?」
「可能性は絶対ないとは言えんがかなり低いだろうな。あんなもん使ったところで全く意味が無いだろうからな。
まあ自分で言っておいてなんだが、こいつは本当にSFめいてきたって感じだな」
山下一佐の問に井上技術一佐がそのように応じたのである。
ジュンが拘束され最初の尋問を受けた時に井上技術一佐は基地の技術責任者として同席した。
そうしてジュンの尋問が終了した後、山下一佐にこう言ったのである。
「なんだか大分前に見た大昔のアメリカ映画の1シーンを思い出したよ」
「それは?」
山下一佐が興味深げに尋ねた。
ガチガチの技術屋である井上技術一佐が突然映画の話などし始めたからである。
「いや何、SFだったんだが、コンピューターが地上を支配して人類を滅ぼそうっていう話でね……」
「よくあるやつですね?」
「ああ。それで人類はレジスタンス組織を結成して戦うんだが、中々レジスタンスのリーダーを殺せないんで、ある時コンピューターが殺人マシーンを過去に送り込んで、母親がリーダーを生む前に始末しようっていうことになった」
「それはタイム・パラドックスを無視していますね。そんなお粗末な内容の映画なのですか?」
前田二尉が呆れたといった風で言葉を挟んだ。
「それはそうだが、それを言っちまったら物語にならんだろう。
とにかく今度はレジスタンス側がそれを阻止するべくソルジャーを一人、やはり過去に送り込んだ」
「それで? 今回の件とどう関係が?」
「いや、直接は関係ないんだが、そのソルジャーが警察に捕らえられて尋問されるんだ。その時心理カウンセラーだか犯罪心理学者だかが興奮して言うんだ。『こんなに理路整然と一貫した事を言う奴はいない』みたいなことをな。正確なところは忘れたがね。
で、結局はソルジャーの言ってることを信用しなかった」
「……」
「そこへ殺人マシーンが乗り込んできて大暴れするのさ。銃をぶっ放し、軒並み皆殺しにしていったのさ。まあ映画はそこで終わる訳じゃないが、ふと今回の事案に似てるなと思ったのさ」
「似てるでしょうか? そうは思えませんが?」
前田二尉が言う。
「確かにこっちはタイム・スリップじゃないが、もしかしたら時空スリップかもしれんと思ったのさ」
「時空スリップ?」
「そうさ、よくあるだろう? 歴史に対するifってやつさ。もし織田信長が本能寺で死ななかったら。もし日露戦争でバルチック艦隊に勝てなかったら。もし日本が太平洋戦争で負けなかったら。
これらは確かに仮定の話だが、量子力学の多世界解釈では有り得る話だ。そういう現実世界が、平行世界と言うんだが、どこかにあるっていうことだな。もっともそれを確かめる方法はないがね。
そうしてあのネエちゃんはそういう平行世界の一つから何らかの理由でやってきた。そういう可能性もあるってことさ。
そうしてこれが、もしあのネエちゃんが平行世界から来て我々がそれを信じないなら、その映画と同じような状況だと思ったのさ」
「そ、そんなことがあり得る訳がありません!」
前田二尉が反論した。
「確かに普通じゃあり得ないことだろう。信じろったって無理な話だからな。だから映画を思い出したのさ」
「しかし現実の問題として起こり得ることでしょうか?」
山下一佐も懐疑的であった。
「どうかねぇ。オレは技術屋で学者じゃないんでね、なんとも言い様がないな。まあSFならありえるが現実となると……」
その時は突然さじを投げたような言い方をした井上技術一佐であった。
だがそれからもう既に3日もジュンの取り調べが行われ、実際にRX-175の調査も進んでいる。その結果からすると、まさに井上技術一佐が言った通り映画の1シーンのようで、時空スリップが実際に起きたとしか思えないような状況であった。
ジュンの話す内容は終始一貫している。何故ならそれが自分の知る世界の真実であり全てだからである。だがそれはどう考えても尋問を行う前田二尉にも、その報告を受ける山下一佐にも信じられない内容であった。となればジュンに対し前田二尉が抱くスパイ容疑 ― 撹乱を目的として潜入した ― に信憑性が高まっていく。訳のわからないことを言って自分に耳目を集め、その間別の者が何らかの活動をするということである。
ところがそうなるとRX-175のことが不可解になる。時代遅れの実験機、しかも基地のデータベースには記録がない機体である。もちろん世界各国の過去の実験機体までの記録が全て網羅されている訳ではないが、少なくとも未確認の機体であることは間違いない。
しかもRX-175は外装がほとんど外されつつあり、アクチュエータを始め各部がむき出しになりつつあった。もちろん完全な分解にまでは至っていないが、自爆用の爆薬や生物兵器らしい細菌を貯めるタンクらしきものも見当たらない。
どころか井上技術一佐の見解では、そんな余計なものをつけたら重みでアクチュエータが破損しかねないという、それほどRX-175はお粗末な機体であった。
「まあ、正確なところは動かしてみなけりゃわからんがね」
井上技術一佐は言う。
だがそれが事実だとすると、誰が何故、何の目的でこんなものを作ったのか?
それに対する明確な回答を与えることの出来る者はいなかったのである。
兵器開発には莫大な研究開発費が必要である。そうして実戦配備となる際にもその調達費はやはり高額である。とするならば、敢えてわざわざ出来損ないを作る必要はないではないか? となるとRX-175はやはり開発途上の実験機である、という結論に至ったのであった。
ということはあのジュン・サカキバラなる女性は、井上技術一佐が言う通り平行世界からやって来た人物、という可能性が否定出来ないのである。
―― どう考えてもあり得ない話だが、このことを関東政府と総司令部に報告するか否か……。
難しい決断を迫られている山下一佐であった。