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第4話 尋問

「おい! いい加減にしてくれ! この3日間、朝から晩まで同じ質問ばかりじゃないか!!」


 ジュンが激昂し目の前の女性士官に怒鳴る。だが女性士官は全く動じることなく静かに言った。


「今日はこのくらいにしましょう。お疲れ様でした」


 女性士官の巻き舌の強い英語が余計にジュンの癇に障る。

 ジュンの両側に女性兵士がスッと立ちその腕を取ろうとする。ジュンがそれを振り解こうとすると別に控えている男性兵士が自動小銃を構えた。女性士官は無言のままそれを手で静止した。やがてジュンは自分で立ち上がり兵士に挟まれて取り調べの部屋を出て行く。それを見送った女性士官も立ち上がり司令官室へ向かった。



 女性士官は右手で司令官室のドアをノックした。


「前田二尉です。尋問を終えました」


『そうか、入ってよし』


 扉の中から声がする。ドアの両脇に控えていた兵士の一人がドアを開けた。それに対して軽く笑顔を見せながら、女性士官・前田二尉は入室した。


 入口付近で前田二尉が敬礼すると、奥の机の人物が立ち上がり敬礼を返した。


「ご苦労だった、掛けてくれ」


 奥の人物はそう言って机の前の応接セットに前田二尉を促す。


「失礼します」


 前田二尉はそう言って、司令官・山下一佐が着席するのを待ってソファに腰掛けた。


「結果は?」


「全く同じです」


「一つも変わらずか……」


「はい」


 司令官の問に簡潔に答える前田二尉。司令官は深々とソファにもたれると静かに言った。


「となると井上技術一佐の言葉もあながち間違いとは言えなくなりそうだな……」


「はい……。しかし本当にあるのでしょうか? 『時空スリップ』などということが……」


「さあな……。井上技術一佐が言う通り、彼が技術屋なら私は軍人だ。学者ではないからなんとも言いようがない……」


「……」


 司令官室に沈黙が流れた。



 女性兵士に殴られ気を失ったジュンが目を覚ましたのは、ここ連日取り調べを受けている尋問室であった。椅子に座らせられ机に突っ伏し、殴られたところに冷湿布を当てられて目を覚ましたのである。

 痛むところを手で抑えながら身体を起こした時に声を掛けられた。


「部下が手荒な真似をして済まなかった。私はここの責任者のヤマシタ一佐だ」


 机の向こうに腰掛けている中年の男がそう言った。ズキズキと痛む頭に山下一佐と名乗った男の英語は耳障りだった。巻き舌が非常に強かったからである。


「おや? 部下の話では日本語は不得意ということだったのだが?」


「ああ、日本語は得意じゃない。だがそのクセの強い英語も勘弁して欲しいな」


「クセが強い? 君の英語こそ相当訛って聞こえるが?」


「そうか? これがオージーじゃ普通だしヤンキーのよりはよっぽどクイーンズに近いと思うけどな」


「君は豪州人か?」


「豪州? 馬鹿言うなよ! 豪州なんて40年以上も前になくなっただろうが!」


「……。どういうことだろうか?」


 山下一佐の表情が険しくなり、周囲に控えている士官や武装兵士らも同様であった。だが驚きの声を上げたりする者はいない。


「何を言ってる? どういうこともこういうこともないだろ? あの核爆発の後ニッポンは滅び……って、ここは何処なんだ!? ニッポンなのか? トーキョーなのか? 何で人がいる? 何で水没してないんだ!?」


 ジュンが興奮して山下一佐に尋ねる。だが山下一佐の表情は困惑に変わり、周囲の士官らは半ば呆れ顔になった。こいつ何を言っているのだ? と……。


「少し落ち着きたまえ。ところで君は空腹ではないかね? 何ならシャワーも使わせよう。

 マエダ二尉、面倒を見てやれ」


 山下一佐が視線だけを動かして前田二尉に命じた。


「はい。しかしよろしいのでしょうか?」


 前田二尉が聞き返した。目の前の女は得体の知れない人物である。敵対組織のスパイ・破壊工作員という可能性もある。


「かまわない」


 だが山下一佐は前田二尉にそう言うと、ジュンに視線を戻して言った。


「済まないが君は招かれざる客だ。監視はしっかりとさせてもらうよ」



 その後ジュンは前田二尉に先導され、周囲をぐるりと武装兵士 ― ジュンが女性であることを鑑み半数は女性兵士だった ― に取り囲まれてシャワー室へと連れて行かれた。男性兵士は外で待機し女性兵士が中に入った。


「今、着替えを用意させています」


 前田二尉の口調は丁寧だが凛とした厳しさを兼ね備えていた。


「おい、お前らの前で裸になれって言うのか?」


「それが嫌ならシャワーは諦めてもらうしかありませんね」


 前田二尉の言葉はにべもない。


 ジュンは逡巡した。革ツナギはずっと着っぱなしである。イヤな冷や汗もかいて気持ち悪い。第一、革ツナギは身体にフィットしている分締め付けられている感が拭えない。早くそれから解放されたかったのは事実である。

 だがシャワー室に入ってきている兵士らは自動小銃の銃口こそ自分には向けていないが、安全装置を外し何時でも発砲出来るようにしている。それはつまり自分が服を脱ぐ際まったく目を離さないということだろう。いくらジュンがオトコっぽい性格とは言っても、衆人環視の中で全裸になれるほど羞恥心がない訳でもない。


「早く決断しなさい。この後はあなたの尋問が控えてます。それとも時間稼ぎですか?」


 その言葉に兵士達が銃口を上げた。と同時に扇形にジュンを取り囲む。他の兵士の射線上からずれるためで、明らかに場合によっては躊躇せずにジュンを撃つということだろう。

 ジュンは再び冷や汗が流れるのを感じながらツナギを脱ぎ始めた。ツナギの下にはタンクトップとブラとショーツだけ。それを震える手で脱ぎ、股間と胸を手で隠しながらシャワーノズルの下に立ち湯を浴び始めた。


―― どうしてこんなことになったんだ……。


 ジュンには訳がわからなかった。

 テスト中に機体が転落、気を失い目が覚めたら、GPS座標上は死滅して水没したはずのニッポンのトーキョーにいる。そうしてどう考えても軍隊としか思えない組織に拘束され尋問を受けようとしている。


―― アタシが何をしたって言うんだ……。帰りたいよ……。誰か助けてくれよ……。


 だが、訳がわからなくてもどうにかするしかない。そうして今はとにかく相手を怒らせないこと、それしか思いつかなかった。下手をすれば拷問されるか殺されるかである。もしも自分がスパイだと思われたらその恐れは十分にあった。



 シャワーを終えたジュンに下着と上下に分かれた軍服 ― シャツとズボン ― が差し出された。どちらも軍の正規支給品のようだった。それに着替え、元の尋問室でパンとスープだけという質素な食事が出されたが、それを貪るように食べたジュンである。この前食事したのは何時間前か? それすらわからないほど空腹を覚えていたのである。

 その凄まじい勢いに半ば呆れながら山下一佐はおかわりを用意させ、ジュンはそれを遠慮なく平らげた。さしもの恐怖も空腹には勝てなかったのであるから、ジュンも中々肝の太い女性であった。


「余程空腹だったようだね?」


 山下一佐が尋ねた。この中年男性の口調は威厳がありながらも厳しいだけではなかった。


「ああ、朝から何も食べてないからね」


 ジュンがボソリと答える。テスト・パイロットして守秘義務があるが、質問に答えずに銃殺にされたら適わない。とは言え、もし解放されて国に帰って機密漏洩で逮捕・拘禁されるのも願い下げである。


「朝とは?」


「朝? 6:00だよ。テストは9時からだったからね。最低2時間は空けないと」


「テスト? あの機体のことかね?」


「そうさ。詳細は言えないけど……。守秘義務があるからだけど……」


 顔色を窺うように一応はそう言ってみせたが、やはり無駄なことであったようだ。


「あなたは自分の立場がわかっていないようね?」


 前田二尉が口を挟んだ。それを山下一佐が遮る。


「前田二尉、やめたまえ。威嚇するだけが質問の仕方ではないぞ? 見てみろ、彼女は怯えている」


 指摘された通りジュンは身体を固くしていた。

 尋問室はそこそこの広さがある。だが室内にいる人数が多く、しかもその全員が自分に対して冷たい視線を投げかけているのである。明らかに自分を蜂の巣に出来る武器を携えながら……。やはり守秘義務を守ることは不可能だろうと思えた。


「わかった、言うから……、殺さないでくれよ!」


「大丈夫だ、安心したまえ。こちらに協力すれば悪いようにはしない」


「本当に?」


「約束しよう。私も軍人だ。その言葉には責任と誇りがある」


 その言葉にジュンはポツリポツリと話し始めた。

 自分、ジュン・サカキバラはニッポンからの移民三世、大学で学んだ後オセアニア・インダストリー社に入社したこと。大洋州連合内で要望の高まっている2足歩行ロボットのテスト・パイロットであること。機体は最新の実験機で新型アクチュエータの耐久試験中だったこと。その途中で転落し今ここにいることなどである。

 だが途中多くの質問が挟まれたため尋問時間は2時間を超えていた。


「……すると、北が核による世界同時先制攻撃を画策。だがそれは失敗し、大量の放射線のために皇帝陛下が国土の放棄を宣言なされた。

 日本国民はそれに従い大量に豪州に移住したが、皇帝陛下は首都東京とその命運をともになされた。

 そうしてその後豪州は周辺の諸島とともに大洋州連合を形成し今日に至る、と……」


 山下一佐が確認した。


「そう……」


 ジュンが頷いた。


「そうか……。因みに今日は何年何月だね?」


「GPSロスト時は西暦206X年10月26日だった」


 ジュンが答える。明らかに顔に疲労の色が満ちていた。


「そうか、ありがとう。参考になったよ。今日はこれで終わりにしよう」


「ちょっと待って、教えてよ! ここは何処!? ニッポンなの? トーキョ……」


「君の質問には答えられない。

 連れて行け」


 山下一佐は冷たく言い放った。


「ちょっと! ねえ、教えてよ! アタシがいるここは何処なのさ!?」


 叫ぶジュンを兵士が連行する。


「ねえ、ねえってば!」


 遠ざかるジュンの叫びを聞きながら山下一佐が呟いた。


「それはこちらのセリフだ。貴様は一体どこの人間なんだ? 精神異常者の虚言でなければ何だというのだ?

 皇帝陛下はご健在だし日本も滅んではいない。もっとも国としては分裂し内戦状態だがな……。

 第一、我が日本帝国は一度として首都を京都から東京に移したことはない……」



 こうしてジュンは連日連夜同じ質問を繰り返しされたのである。ジュンの住んでいる、否、住んでいた世界 ― 地球の直近の歴史を、である。

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