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第3話 拘束

 ジュンは機体の方向を変え歩き始めた。

 目的地の林まで距離240メートル。全高16.7メートルのRX-175だとおよそ1分程度で到着する距離である。

 前方のメインモニタには熱線映像システム(Thermal Imager)の画像が映し出されている。基本、操縦者の目視での移動が原則の機体である。当然、夜間は暗視システムの助けがないと身動きが取れない。

 そうして赤外線全方位捜索システム(ODIRTS:Omni Directional Infra-Red Track System)と熱線映像システムは同時に稼働させることが出来ない。否、出来ない訳ではないがバッテリーの電力消費が激しすぎるのである。現状では充電出来るかどうかが全く不明である。したがって電力消費は極力抑えなければならなかった。

 RX-175は、非常に大雑把で乱暴な言い方をすれば、バッテリーの電力でモーターを回しそれによって油圧ポンプを駆動させ関節部分を動かしている。しかも人が搭載するものであるから機体が非常に大きく重く、その分各アクチュエータの強度が要求される。それを動かすために油圧ポンプは強力であり、それ故電動モーターも駆動トルクが要求され、その分消費電力が激しくなり搭載バッテリーも大型化されている。

 外装に太陽光発電パネルの設置も検討されているが、その分の重量増加に見合う電力供給が追いつかず、現在パネルの軽量化と効率アップが別途進められているところであり、実機搭載はまだまだ先の話であった。したがって搭載されている各システムの内、必要のないものは休止させることが機体稼働時の大前提となっていた。それ故現在の機体は体外センサーを最小限度作動させている状態であった。したがってレーダーも作動しておらず外界の認識は熱線映像システムによる暗視と音感センサーだけであった。

 その音感センサーに反応があることを搭載コンピューターが告げてきた。


「音感せんさーニ反応アリ」


「何だとAI!? 方角、距離は? そいつは何だ?」


 ジュンが焦る。


「6時ノ方向。距離ハODIRTS未作動ノタメ不明。

 音声でーた・らいぶらりノ照合デハ自動車ノえんじん音ノヨウナモノト思ワレマス」


「自動車? ORDITS作動だ、クソったれ!」


「了解。ODIRTS作動、距離ヲ確認。距離1800めーとる」


「なんだって!! 目と鼻の先じゃないか! なんで気づかなかったんだ!」


「音感せんさーノ測定範囲圏外デシタ。オソラクODIRTSトれーだー未作動ノ間ニ近ヅイタト思ワレマス」


「クソ! さっき外部LEDを点けた時に見つかったのか!」


「可能性ハ否定出来マセン」


「くっ!」


「無線電波ニヨル通信アリ。本機ニ対シ停止ヲ求メテイマス。言語ハにっぽん語、周波数ハ、カツテノにっぽん防衛軍標準通信帯域ヲ使用シテイマス」


「ニッポン防衛軍? じゃあやっぱりここはニッポンなのか?」


「GPS座標カラハソウ思ワレマス」


「だってトウキョーは水没したろうが!」


「一部ハ残ッテイマス。

 ソレヨリ停止命令ガ引キ続キ出サレテイマス。止マリマスカ?」


「バカ言え! そんなこと……」


 とは言うものの完全な試験機であるRX-175にはステルス機能もなければ、レーダージャミングシステムもない。相手も暗視システムを使用していれば林に隠れてもどれほどの効果があるか。第一、夜が明けたら何にもならないだろう。


「停止命令継続中。未確認目標接近」


「近づいてきてるのか?」


「速度ヲ上ゲツツ接近中デス」


「……」


 ジュンは唇を噛む。

 相手が自動車だとすると振り切ることは出来ないだろう。これ以上速度は上げられないし、バッテリーを使いきればどうにもならなくなる。

 ジュンはスロットルを戻し機体を減速させた。


「停止する。AI、警戒を怠るな」


「了解」


 林を目前にしてRX-175が停止した。


 ジュンは暗視カメラのみ旋回させ近づいてくるものを確認する。


「ユート(ute)?」


 ジュンが呟く。

 昔から豪州連邦ではピックアップ・トラックをそう呼ぶ。熱線映像システムによってメインモニタに映しだされた姿はそのように見えた。


「だっとらノヨウニ見エマス」


「おいおい、本当にここはニッポンかよ。ダットラなんて……」


 かつてのニッポンの大手自動車メーカーのピックアップ・トラックの中で、そう呼称され世界的にヒットしたものがある。メインモニタに映る姿はまさにそれだった。


「接近スルゆーとガ速度ヲ落トシマシタ。距離400めーとるデス」


「奴ら、どうするつもりだ?」


「350めーとるニ接近、停止シマシタ。

 警告デス。『武器を放棄して機体から降りろ。不審な動きを見せれば一発ぶち込んでやるぞ』トノコトデス」


「随分と手荒い野郎だな」


「荷台ニ人影ヲ確認。一人ハにっぽん防衛軍正規採用の一〇式狙撃銃ニヨク似タ銃ヲ、残ル一人ハSMAW(Shoulder-launched Multipurpose Assault Weapon:肩撃ち式多目的強襲兵器)ろけっとらんちゃート思シキモノヲ構エテイマスガ型式ハ不明デス」


「まさか正規のニッポン防衛軍か?」


「可能性ハ皆無デハアリマセンガ低イト思ワレマス」


「何でだ?」


「相手ハ所属部隊ヲ名乗ッテイマセン。正規軍デアレバアリエナイコトデス。シタガッテげりらモシクハソレニ類スルモノノ可能性ガ否定出来マセン。ドウシマスカ?」


「どうしますかって、ロケット弾相手にこいつの外装じゃ紙みたいなもんだし一発でオダブツじゃないか!

 チクショウ! IRCS(International Radio Captulation Signal:国際無線降伏信号) 発信だ!」


 軍事機密扱いの機体を何者かに接収されることは大きな失態となるが殺されてしまえばそれでお終いである。それに降伏すれば非戦闘員として国際人道法できちんと保護されるはずである。もっともここがジュンの知る地球であれば、だが。

 今のジュンはそこまで気が回っていなかったし、テスト中万が一、軍の戦闘行為に巻き込まれた際のマニュアルに従ったのみである。


「当方は抵抗しない。武器も携えていない。今から外へ出るが、国際法による正統な取り扱いを要求する。そう言ってやれ」


「了解」


 AIは無機質な合成音声で答え、相手の無電をジュンに告げる。


「入電。『こちらにハッチが見えるようにして降りてこい。変な真似をしたら狙撃銃にて攻撃する』以上デス」


 ジュンは我知らず冷や汗が流れるのを感じていた。

 核爆発による世界再編以降、ジュンの住む地球では多少の地域紛争はあるものの、いわゆる戦争などはなくなっている。したがって各地域の軍隊も基本は災害出動が主要任務と化している。まして民間人であるジュンは戦闘訓練など積んでない。言うなりになるしかないだろう。

 ジュンはゆっくりと機体を反転させるとメインハッチを開いた。シートベルトを外しゆっくりとタラップを降りる。照準器に自分の姿が捉えられている。そう思うとタラップを握る手が汗で滑る。

 地面に降りるとそのまま地面に立った。

 車のライトが近づいてくるのが見えた。だがジュンは微動だにしない。おそらく狙撃手は車を降りてこちらを狙っているのだろう。車のライトは少し迂回するように弧を描きながら近づいてきている。それは射線を妨げないためだろう。となると下手に動くのは自殺行為だからである。

 車はジュンから7~8メートルほどのところで止まった。ライトを真正面から浴び眩しいことこの上ない。両側のドアが開きそれぞれ一人づつ降りてきた。シルエットから自動小銃を抱えた男と女のように見える。


『お前、なにもんだ? どこの所属だ?』


 女の方が銃を突きつけジュンに話しかける。だがジュンには言っていることがよくわからなかった。

 ジュンは日系人ではあるが大洋州連合は英語が公用語である。しかも大量の難民を受け入れてくれた当時の豪州連邦に遠慮する形で、移民した日本人に日本語教育は30年間行われずに来た。したがってジュンのような移民3世や4世では日本語は聞いてもかろうじてわかる程度、喋る方はほぼ無理なのであった。


「Sorry, I'm not good at Japanese. English please!(日本語は得意じゃない。英語で頼む)」


 ジュンがそう大声で言うと女が銃を構え直した。


『なんだと! スパイか? それとも脱走兵か?』


「No, I'm not a spy! And neither a servicewoman is! Just a test operator of this.(私はスパイじゃないし、軍人でもない。ただこれのテスト・パイロットだ!)」


 スパイという単語はわかったジュン。大急ぎで否定する。


『くそ! 日本人みたいな顔して英語でしゃべるんじゃねえよ!』


 女が吐き捨てる。

 するとそれまで黙っていた男の方が口を開いた。


『おい、落ち着けよ! とにかく二曹のところへ連れてきゃいいんだ。早く身体検査を済ませようぜ』


『じゃあ、お前やれよ!』


『何言ってんだよ!? こいつどう見ても女じゃん!』


『ああ、だからたっぷり触り放題じゃねえか、役得だろ?』


『馬鹿言うなよ! 後で一佐に知られたら懲罰もんだぜ?』


『そんなの、黙ってりゃ……』


『馬鹿! 二曹が暗視スコープで全部見てるんだ。バレないわきゃないだろうが!』


『ちっ! 仕方ねえ。おい、ちゃんとバックアップしろよ!

 Hands in the air!(手を上げろ!)』


 女は舌打ちして、ジュンにそう命じた。

 二人のやりとりの間、日本語がほとんどわからず半ばぼうっと見ていたジュンだが、言われるままに両腕を上げた。

 女は自動小銃の引き金に手を掛けたまま近づいてきた。その時になって初めてジュンには女が軍服を着ていることが確認できた。そうしてその女は自動小銃を肩にかけるとジュンの身体をまさぐりだした。

 ジュンが来ているのは会社支給の革ツナギである。かなり厚地の革を使用しており、体型に合わせて手が入っているセミオーダーメイドである。もちろん武器が隠せるような所はひとつもない。第一、コクピット内には筆記具も含め一切持ち込むことが禁止されている。

 女の手つきはかなり乱暴で脚、腕、背中と調べていく。そうしてニヤリと冷たく笑うと胸の膨らみを荒々しく掴んだ。


「Ouch! What are you doin'.(痛っ! 何すんだ!)」


 ジュンが抗議した。

 だが女はいっそう不敵な笑みを見せ言った。


『Knees on the ground!(地面に膝を付け!)』


 そうしてジュンの膝に蹴りを入れた。よろめいたジュンが地面に膝をつく。


「Hey! I'm a noncombatant!(おい、私は非戦闘員だぞ!)」


 女を見上げて抗議した時、銃を振りかざした女のシルエットが見えた。


『Shut up!(黙れ!)』


 その言葉を聞いた直後、激痛とともにジュンは気を失った。

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