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第21話 説得

 ジュンは頷くと機体に乗り込んだ。今日はいつもの革ツナギは着ていない。革ツナギは単に革ツナギで生命情報ヴァイタル・インフォメーションをモニタリングする機能はついていない。実験機はそこまで過酷な実稼動を想定していないからである。したがって何を着て乗り込んでもヘルメットとゴーグルさえ着装すればいいのである。


 メインハッチを閉じ生体認証を済ませたジュンは搭載コンピュータに話しかけた。


「AI、話がある」


「ナンデショウカ? じゅん」


「この世界に転移したことだけど……」


「ソノ件ハ、話題ニシナイト意見ノ合意ヲミタハズデスガ」


「ああ。だけど今日は重要な話がある。そうしてそれはこの異世界に来たことと関係がある」


「ワカリマシタ。タダシコレカラノ会話ハ全テぷらいまり・しすてむ・らいぶらりニ記録シマス。ヨロシイデスカ?」


「ああ、頼む」


 ジュンはそこで大きく深呼吸すると徐ろに搭載コンピュータに話しかけた。


「AI、機体を分解して下半身各アクチュエータを含む別の脚部に換装したい」


「ソレハ現状ノ開発てすとすけじゅーるニ定メラレテイルノデショウカ? でーたニハ該当スルモノガアリマセン」


「該当しない。まったくの独断による決定だ」


「ソレハ搭乗者ニハ許可サレテイマセン」


「わかってる」


「デハ何故行ウノデショウカ?」


「AI、アタシ達はこの世界に転移した。それは単に同じ地球上を空間的に移動したってことじゃなく、似ているけれどまったく別の時空、異世界に転移したと考えられる」


「アリエナイコトデスガ、ソノヨウニ判断デキル材料ガイクツカアリマス」


「ああ。例えばHAHEWW。その実用機JHX-011。こいつらはアタシらの世界にはなかったものだ」


「確カニでーたべーす上ニハ存在シマセン」


「ところでこの世界であれを実用化させた技術は『アルカーソン理論』をベースにした『反応炉』らしい」


「あるかーそん理論。……。でーたべーす上ニハ該当スルモノガアリマセン」


「ああ。ある訳ない。だってアタシらの世界にはないんだから。

 もしそれがあったらこの機体にもそれが採用されて、とっくに2足歩行が実用化されているよ。なんてったってバッテリーとモーターと油圧ポンプが必要ないんだから」


「ドウイウコトデショウカ?」


「アルカーソン反応炉っていうのは、推進剤を反応させて強力な超電磁誘導を起こさせ、そこから誘導電流を取り出せるらしい。要するに超小型の発電所みたいなもんだ」


「発電所?」


「ああ。発電機じゃなくて発電所だ。取り出せる電力量が半端じゃないらしい。この電力を使って超電導モータによるアクチュエータの駆動を行う。それがあのJHXシリーズの基本構造だ」


「ソレガ脚部換装トドウツナガルノデショウカ?」


「知っての通りA-6(南北米州連合の8足ロボット)もACX-3(全欧州国家連合の6足ロボット)も機体が大きくて重い。だから地盤の悪い被災地では十分な性能が発揮できない。だからOIC《オセアニア・インダストリー社》では2足歩行機を開発している」


「ハイ。ソレガ本機ノ基本こんせぷとデス」


「となれば、アルカーソン反応炉はこの機体に載っていてもおかしくないんだ。それが存在していれば……。だって確実に実用化の鍵になるんだから。

 つまり存在すれば確実に搭載されているものが搭載されていないってことは、それが存在しないってことになるだろ?」


「逆説的論証ニヨル命題ノ真・偽判定ノ有用ヲ認メ、ソノ命題ガ真デアルト判断シマス。

 タダシソレハあるかーそん反応炉ガコノ世界ニ存在スルトイウ論拠・証明ニハナリマセン」


「ああ。それはわかってる。そこでAI頼みがある」


「ナンデショウカ?」


「このUSBメモリ内のファイルデータをお前に検証してほしい。それはアルカーソン理論と反応炉の実際の設計図。それとJHX-09の基本構成が記述されてる」


「機体ニ外部記憶装置ヲ接続スルコトハじゅんニハ許可サレテイマセン。マタ、ソレヲ許可スルあくせすこーどヲじゅんハ持ッテイナイハズデス」


「ああ、その通り。だからお願いしてる」


「ソレハ専守機体保護規定21ニ抵触シマス。却下サレマシタ。

 無理ニソノ外部記憶装置ヲ接続シタ場合、機体ハ完全自閉もーどニ入リマス」


「やっぱりダメか」


 ジュンが肩を落とした。


「申シ訳アリマセン、却下サレマシタ」


「いや初めからわかってたんだからいいよ。

 ただこいつを見てもらえば、ここが異世界だってことがお前にも納得できるはずだし、これをもしアタシたちの世界に持ち帰ることができれば、今まで以上に多くの人を助けられる。絶対にそうなるんだ」


「じゅん、申シ訳アリマセン、却下サレマシタ」


「そうだよなあ。この機体にJHX-09の下半身を換装したってアタシたちの世界に帰れなければ意味が無いんだし……。そういう意味じゃ何をやっても無駄だろうな。初めからわかっていたジレンマだよ」


「じれんま?」


「そうさ。ユキオが言ったんだ。アタシたちは何故この世界に来たのか? それは2つの世界の橋渡しだろうって」


「橋渡シ?」


「ああ。だって異世界転移、時空スリップなんて絶対にあり得ることじゃない。それが起きたってことはそこに何らかの意味があるはずだって。そうしてそれは2つの世界の技術の橋渡しのためじゃないかって。

 こっちにはアルカーソン理論とそれを実用化させた反応炉がある。

 一方アタシたちの世界には機体に掛かる荷重を減らすために、何でもかんでも軽量小型化してる。バッテリー、高出力モーター、油圧ポンプ、各種計測機器。そうしてそれを基体上で制御しきれるコンピューティング・システムがある

 これを互いに共有し合えば恐ろしいほど発展するってユキオは言ってる」


「トコロデゆきおトハ誰デスカ? でーたべーす上ニハ該当スルモノガアリマセン」


「ああ、そうか。ユキオは……」


 そこでちょっとジュンは照れた。


「アタシの旦那だよ」


「じゅんハ独身ノハズデスガ?」


「ああ、正式には結婚してないし、だからアタシはまだ独身だよ。要するにde facto(事実婚)ってことだな」


「ソレデモ搭乗者情報ノ更新ハ必要デス。今行イマスカ?」


「今じゃなきゃダメか?」


「本来、状態変化後72時間以内ノ情報更新ガ義務付ケラレテイマス。ソレヲ怠ルト、最悪ノ場合、機体ヘノ搭乗ガ許可サレナクナリマス」


「そいつはマズイな。AI、無線回線を開いてくれ」


「了解」


「ユキオ」


「何だ? やっぱりダメだったのか?」


 ジュンの呼びかけに井上技術一佐が応じた。メインモニタにその不安げな顔が映っている。


「いや、そうじゃなくて、ちょっと……」


「何だよ?」


「搭乗者情報の更新をしなくちゃならなくなった」


「何でまた?」


「ユキオとその、事実上夫婦になったから、それを登録しなくちゃならないんだ」


「おいおい、どうしてそういう話になったんだよ?」


「細かいことは後で説明するから個人情報を教えてくれよ。機密保持の観点から家族構成とか登録しなくっちゃならないんだ」


「しょうがねえな……」


「とにかくAIに質問させるから答えてくれ。AI、頼む。ソフトキーボード立ち上げて一々入力するのは面倒だから音声認識で済ませたい」


「了解。デハ質問ヲ開始シマス。姓ハ?」


「井上」


「名ハ?」


「幸雄」


「他ノ名ハ?」


「他の名ってなんだよ?」


「旧姓、みどるねーむ、愛称ナドデス」


「ねえよ、そんなもん」


「了解。性別ハ?」


「男に決まってるだろ!」


「イイエ、同性婚ノ可能性モ否定デキマセン」


「同性婚ってそんなのありか? この国じゃあ絶対に許されねえぞ?」


「アタシらにはあるんだよ」


 ジュンが口を挟む。


「生年月日ハ?」


「2011年5月5日」


「こどもの日かよ?」


「悪いか? ってこどもの日あんのか?」


「あるよ、休日じゃないけど」


「そうか。で? どんなことすんだ?」


「マダ質問は継続中デス。私語ハ慎ンデ下サイ」


「わかったよ。お固いんだな」


「発言ノ意味ガワカリマセンガ、私語ハ慎ンデ下サイ」


「……」


「現住所ハ? 部屋番号、建物名、番地、通リ名、市区町村名、州名、国名ノ順デオ願イシマス」


「302号室、5-3、市ヶ谷本町、新宿区、東京都、日本帝国」


「却下。アリエナイ住所デス」


「なんだよ、ありえないって!」


「ソノ住所ハ水没シテ存在シマセン。有効ナ住所デオ願イシマス」


「あのなあ、この世界じゃ日本は何処も水没していないんだ。だからこれでれっきとした有効な住所なんだよ」


「アリエマセン。でーたべーすニ存在シマセン」


「じゃあ、データベースを更新しろよ!」


「ソノタメニハOICノめいんふれーむ・こんぴゅーたヘノ接続ガ必要デス」


「それじゃあ無理じゃねえか!」


「ソウ判断デキマス」


「じゃあアタシはどうなるのさ? 機体の生体認証クリアしても動かせなくなるのか?」


「ソノ可能性ハ否定デキマセン。

 搭乗者ノ配偶者情報ハ搭乗者本人ニ次イデ重要ナ情報デス。コレガ更新サレナイカギリじゅんノ搭乗ハ許可サレナクナリマス」


「何てこった!」


「そんな……。ゴメン、アタシが余計なこと言ったばかりに……」


 井上技術一佐は頭を抱えジュンは項垂れた。


 ジュンがいて、機体を動かせるからこそRX-175に意味がある。もしそれさえも不可となったら機体を存続させる意味がなくなってしまう。

 セキュリティ解除していない状態で分解すれば搭載コンピュータは完全自閉モードに入り、現状では二度と起動できなくなる。だからといってクラッキング行う事もできない。それを試みればやはり機体は自閉モードに入ってしまう。第一、セキュリティ解除コードそのものがどのように暗号化されているかわからないため、取っ掛かりそのものがわからない。

 となると分解後の再組み立て・再起動そのものを諦め、各パーツに分解しそれに対し様々な検査を実施することでよしとするか、機体そのものを放置もしくは廃棄するしかない。


 だが山下一佐が事前にジュンに告げたのはもっと残酷なことだった。


「もしあの機体が再起動出来ない状態になればJHX-011の実弾訓練用の標的として破壊、残骸は地下深くに埋めます」


「そんな!」


「残念ながら私も井上技術一佐もいつまでもこの基地にいる訳ではありません。配置転換による移動や定年退官がありますからね。そうなるとあの機体を残しておくことは出来ない。現在あの機体がこの世界に存在するのを知っているのはこの基地にいる人間だけです。ですから異動で新しい士官や兵士がここに着任した場合、大問題になる可能性があります。

 それを避けるためにも、可能であればJHX-09の脚部を搭載し可能な限りの試験を行い、それを帝国防衛陸軍技術研究所にフィードバックする。もちろん実機を渡すことは出来ませんが、少なくともあの機体がこの世界に現れた意義はそれで全うできる。そう思いませんか?」


 自分がRX-175を動かせなくなったら、RX-175は蜂の巣にされて捨てられる。ジュンは顔面蒼白になりながら叫んだ。


「たのむよAI、なんとかしてよ! このままじゃお前は破壊されちゃう!」


「発言ノ意味ガワカリマセン」


「お前が完全自閉モードに入るかアタシが操縦できなくなったらお前は破壊されちゃうんだ! そういう命令なんだ。だから!」


「ソノヨウナすけじゅーるは組マレテイマセン」


「AI!」


 ジュンは無線マイクを掴んで怒鳴った。


「ねえ、ユキオ! 何とかして! このままじゃ、このままじゃ!」


 だがスピーカから聞こえる井上技術一佐の言葉は冷たかった。


「すまん、ジュン。オレにはどうにも出来ない」


「そんな! じゃあアタシはどうなるのよ! こんな知らない世界で、何もかも失ったのに!

『こんな知らない世界で機体まで失ったらアタシはアタシでなくなっちまう』!」


 ジュンがそう叫んだ時、AIの無機質な声がコックピット内に響いた。


「せきゅりてぃ解除こーどノ入力ヲ確認。機体ハ完全待機もーどニ入リマシタ」


「えっ!? どういうこと?」


 唖然としたジュンがAIに尋ねた。


「じゅんニヨッテ全せきゅりてぃヲ解除スルこーどガ入力サレマシタ。シタガッテ機体ハ現在、完全待機もーどニ入ッテイマス」


「そんな、アタシコードを入力した覚えなんて……」


「ジュン! さっきのお前の言葉の何処かにキーワードがあったのかもしれん。だから不用意に喋るな!」


井上技術一佐の声がスピーカに響く。


「わか……」


 ジュンは口を紡ぎ押し黙った。そうして恐る恐る手にしていたUSBメモリを見つめる。

 機体が完全待機モードに入ったということは、機体すなわち搭載コンピュータは様々な命令を全て受け入れるということである。要するに機体のハードウェアの分解・整備からソフトウェアの部分、蓄積データの吸い出しはもちろんデータベースの更新に搭載コンピュータのOSの更新まで可能ということである。

 ということであればUSBメモリ内のデータの検証もさせられるかもしれない。


 ジュンは恐る恐るUSBメモリを差し込んだ。


―― 頼む、規格が合ってくれよ!


 井上技術一佐の推測では201Xにジュンの世界とこの世界は分岐した。つまりそれまでは工業製品などばまったく同じであった可能性が高い。とはいえさすがに50年も昔の機器を用意することなど出来ないし、機体がそんな古い機器を受け付けないだろう。

 となると現在のこちらのものを利用するしかない。話によるとこちらのUSB規格は8.0。ソケット形状も非常に似ているから表面上は問題なく思える。だが内部規格に関しては門外漢のジュンにはわからない。もしも分岐してから独自に発達しているとお手上げである。


 祈るようにジュンは待った。だめか? そう思ったところでAIの無機質な声が響く。


「外部記憶装置ノ接続ヲ確認。

 ういるす・すきゃん実行。

 ……。

 ういるす・すきゃん終了。

 汚染ふぁいるハアリマセン。

 何ヲ実行シマスカ?」


 安堵の溜息とともに涙ぐんだジュンはAIに命じた。


「アルカーソン理論の読解だ。それをデータベースで照合しこの世界がアタシたちの世界でない、異世界だということを認識しろ。

 それが済んだら機体下部を切り離して新しい脚部に換装する」


「了解。該当ふぁいるヲ開キマス」


 機体RX-175は完全自閉モードに入ることなく、ジュンの指示の通りに動き出したのである。

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