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第16話 二人の男

「ごめんなさい、ジュン」


 ベッドの中で静かな寝息を立てているジュンの傍らで、前田二尉はいまだ制服のまま佇んでいた。



 RX-175のコックピットで寝たいと消え入るような声で言ったジュン。その願いを叶えようと前田二尉は井上技術一佐に掛け合った。だがそれは却下されてしまった。


「悪いな、嬢ちゃん。そいつはできないんだ」


「ダメですか?」


「ああ。ここは普段使用してない格納庫ハンガーだ。だからネエちゃんの機体が置いておける。その代わり夜は施錠し人を近づけない。それが基地司令の命令なんだ。

 申し訳ないが俺にはどうにもしてやれん……」



 その旨をジュンに伝えるとジュンは泣き叫んで訴えた。


「やだ! ここで寝る! どこへも行きたくない!」


「ジュン、お願い……」


「ヤダ!」


 最後には暴れだしたジュンをおとなしくするため、MPが現れ嫌がるジュンに鎮静剤を注射したのである。意識が朦朧とし始めたジュンはそれでも「イヤだ」と繰り返した……。



「気持ちはわかる……」


 葛城一尉がやるせない表情で言い、山室一尉も頷いた。


「ああ。だが規則だしな……」



 市ヶ谷駐屯地は機甲歩兵師団本部ということもあって、いつ他の帝国防衛軍から支援要請が来るかわからない。支援要請が来た場合、大抵は輸送機にJHX-011を載せて発進することになる。そのため当直している小隊機の格納されている格納庫ハンガーには多数の整備兵が詰めているし、実際に緊急発進スクランブルがかかると基地全体がそのために動く。

 もしもジュンを機体に残すことを許すとそのために警備兵を残さなければならない。RX-175はジュンにしか起動できず、たとえ試験機であっても一旦動き出せば人力では止められない。実際にはその外装は拳銃弾でも貫通できるほどヤワなものだが、だからといって司令官自らが規則をないがしろにすることはできないのである。

 もっともジュンと機体は規則の埒外も埒外。

 そういう意味ではどうとでもなりそうなものだが、そうとも言えないのである。


 機体を稼働させるには充電しなければならない。ではその電力料は誰が払うか? みみっちい話だが軍隊も国家の一組織である以上、予算というものは無視できない。まして通常と違う人員配置をすればその人件費も掛かる。

 ジュンも機体も市ヶ谷駐屯地にとってイレギュラーな存在である。しかしながらイレギュラーでも、否、イレギュラーだからこそ、基地内に存在する以上予算外の費用が発生するのである。

 井上技術一佐がRX-175に充電するためのソケットとケーブルを用意したのにも当然費用がかかった。

 だけでなくジュンが基地にいることで部屋の電気代や食費も発生している。僅かなものであっても支出増である。これをどうやって捻出するか?

 幸い基地司令の命令によるものだから実費を請求しても主計局も露骨に嫌な顔はしない。だがただでさえ諸情勢から低く抑えられている予算である。無用の支出を避けるのはもちろんだが、必要なものであっても可能な限り抑えたい。ましてイレギュラーなものに関してはない方が良いのは当たり前である。


 山下司令はジュンを基地内に留めることに決めた。すなわち総司令部には報告しないということである。それがいつまで可能であるかはわからない。火種を抱えることになるかもしれない。だがジュンを外に出せば井上技術一佐の言う通りより大きな問題になりかねない。そう腹を括ったのである。



「井上さん、わずかばかりですが私の給与から一部を回しますよ」


 山下司令は井上技術一佐にそう言った。


「イヤ、基地司令のアンタにそこまでしてもらわなくても大丈夫だ。オレの方で何とかなってる」


 井上技術一佐は首を振る。実際今回のソケットとケーブルはポケットマネーで賄った井上技術一佐である。


「ですがこの先、色々と物入りになるでしょう?」


「そうだな。コイツはちっとばっかりオレの懐だけではどうにもならんだろうな」


 井上技術一佐は、もちろんジュンの同意を得てからだが、RX-175にJHX-09の脚部アクチュエータを搭載したいと考えていた。JHX-09はJHX-011ほど大きな機体ではない。したがって上手くすれば不可能ではないと考えていたのである。

 実は井上技術一佐は一時期JHX-09の開発に携わったことがある。もっともその時は駆け出しの技術兵であったから大したことはできなかった。それに直ぐに配置換えになってしまい、その後は一貫して現場での整備部門である。

 しかし努力家で天才肌の井上技術一佐は、配備された機体の整備マニュアルやパーツリストなどを通してかなりの部分で機体の本質を把握したのである。それ故井上技術一佐が整備した機体はどれも目覚ましいほどの動きを見せた。それはJHX-010、011と機体は変わっても同様であった。


「JHX-09に関しては今、総司令部に演習の標的用として申請を出してます」


「え!? そいつは本当かい?」


「ええ。さすがに010を演習用に回せと言っても無理でしょう」


「そうだな。010は金になるからな」


 正面装備が011になって不要となった010は順時民間に払い下げられている。防衛軍の予算を少しでも潤すためにである。

 前主力機であった010や更にその一世代前の09は民間の工事現場などで再利用されている。なにせ元は軍用機。民間主導で開発された機体など及ぶべくもないほど高スペックである。


「だが09なんて残ってるかな?」


「士官学校や大学校の演習機としていくつか残ってるはずです。それを狙ってるんですが、どうなりますか……。

 なんとも言えませんね、こればかりは」


「苦労をかけて申し訳ないな……」


「いえいえ、井上さんのせいではないですよ。しいて言うなら彼女のですが、彼女だって好き好んでこちらに来た訳じゃない。

 となると運命のイタズラとか、歴史の偶然と必然とか、神とか言い出さなければなりません」


「そうだな」


「とにかく井上さんの言う通り、彼女がこの世界に来た意義は何か? それはあの技術を我々にもたらすため。そう考えることにしました。裏で糸を引いているのはどこの誰かは知りませんが」


「そいつは……」


「ですから可能な限りあの機体と彼女のことには善処するつもりです」


「感謝する、司令官殿」


「そんな、頭を上げて下さい。お互い独り身だし、いつまでも軍にいられる訳でもないですからね。最後のイタズラというか悪あがきみたいなものですよ」


「そういえば夫人は……」


「もう15年になりますよ。息子は二人共軍人を嫌がって出て行ってしまったし……」


 山下司令は夫人を病で失ってから独身を通していた。


「そうか、もう15年か……」


「ところで井上さんは結婚しようと思ったことはないんですか?」


「う~ん、ない訳じゃないがとにかく技術バカだからね、オレは。機械相手にする方が女相手するより楽だし」


 一方の井上技術一佐には結婚歴そのものがない。


「それでですか? 戦災孤児の里親になったのは?」


「まあね。軍人として戦争で飯を食ってる以上、戦争で傷ついた人になんかしなきゃと思ってね。まあ、単なるセンチメンタリズムさ……」


「お幾つでしたっけ? その里子の女性は」


「嬢ちゃんと一緒だから26になるな。恋人ができたって知らせてくれたよ」


「それはおめでとうございます。でも、まだ会ってあげてないんですか?」


「なんだか気恥ずかしくってね。手紙と写真のやりとりだけで勘弁してもらってる」


「でもこのご時世に自筆の手紙でしょう? 中々普通じゃできないでしょう」


「いや、まあ、面倒と思わないでもないが、直接会わないんだ。せめて手紙くらいは自筆じゃなきゃ申し訳なくってね」


「やはりあなたは真面目な人ですね」


「よしてくれよ。背中がむず痒くなる」


 井上技術一佐が大真面目でそう言った。


「……それにしても彼女ジュンは大丈夫でしょうか。今回は鎮静剤でおとなしくなりましたけど、いつもいつも鎮静剤を打つ訳にはいきません。依存症になっては大変ですからね」


「そうなんだ、オレもそいつが心配でね。なんとか気を紛らわせることができりゃあいいんだろうが……」


「難しいでしょうね……。心理カウンセラーでもどうにもできないでしょう。何せ彼女のストレスの原因はこの世界にいること、来てしまったことでしょうから。何をしても根本的な解決にはならないと思いますね」


「ああ、まったくその通りだと思う。だから撃墜王エースたちに言ったのさ『恋人に立候補しないか』ってね」


「山室、葛城の両君にですか?」


「ああ。恋人ができりゃあ『この世界にいてもいい』と思うようになるかもしれん。そう思ってさ……」


「でも難しくないですか? 彼女は軍人を嫌っているようだし」


「イヤ、そういう訳でもないみたいだ」


「と、言いますと?」


「あのネエちゃんの世界にも軍隊はあるってことだし、特別軍人に悪感情を抱いている訳でもないようだ」


「ほう?」


「第一、あのネエちゃんの勤めてたのだって言い方を変えりゃあ軍需産業だろう」


「そう言われてみればそうですね。軍事転用可能な機体、というより軍用機のプロトタイプと言ってもいいものを作ってるんですから」


「ただ向こうの軍隊は99%災害出動が主体で戦闘行為なんかしないらしいからね。戦闘行為に不快感があるらしい」


「なるほど。だったら軍ではなく別の組織にしてしまえばいいと思いますがねえ」


「ああ、オレもそう思って聞いたらあのネエちゃんバッサリ切り捨てたよ」


「なんと?」


「一旦軍隊でなくしてしまったら、次に戦争が起きて軍隊が必要になった時に困る。それが向こうの政治家の言い分らしいんだが『そんなのこの先、何百年の間にあるかどうかもわからないのに、そんなこと言う政治家はバカだ』ってね」


「確かにそれはそうかもしれないでしょうね。ですが災害がより深刻になり、住む所、食べる物が極端に減れば戦争が起きないとは言えないでしょうね」


「その通りさ。だからどこの軍隊だってそれを見越して多足歩行ロボット用の火器は開発してると思うな。それがオープンになってなくてあのネエちゃんが知らないってだけなんだろうと思う。

 現行機はそれほどの強度がないってだけで、それがクリアできれば強力な兵器なんだから」


「そうでしょうね。そうでなければ軍隊として留める意味がない。

 しかし話は変わりますが、彼らはどうして反応炉を用いないのでしょうね?」


「それがどうやら向こうの世界には『アルカーソン理論』がないらしい」


「アルカーソンと言うと、反応炉の父と言われた?」


「ああ。推進剤を反応させて強力な超電磁誘導を起こさせ、そこから誘導電流を取り出せるアルカーソン反応炉。詳しく説明すると大学院博士課程レベルの講義を3ヶ月はしなきゃならんが、コイツのお陰でこっちのHAHEWWは実用化に成功した。何せ超小型発電所を背負ってるようなもんなんだから」


「理論が発表された時は見向きもされなかった、という話を聞いたことはありますが」


「ああ。だが物好きな学者が時間をかけて理論を証明し、技術屋がそれを実用化に導いた。膨大な時間と金をかけてね。

 だが考えようによっちゃ、それと同じことをバッテリー電力とモーターで再現してるんだから、向こうの技術力だってバカにならんと思うよ」


「なるほど。それが井上さんの興味を引いたという訳ですか」


「まあね。それと材料工学的にも向こうとこっちじゃ大分違うようだ。それがアクチュエータの構造と強度にも現れてる」


「なので向こうとこちらを合体させてみたい、と」


「ああ。まあ要するにオレも物好きってことだな」

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