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第15話 ホームシック

 機体搭載コンピュータを納得させたジュンは機体の稼働に移った。


「AI、歩行開始10歩/分、ハンガーを出る」


「了解」


 RX-175がゆっくりと歩き始める。

 周囲を取り囲む兵士が武器を構えたままその姿を追う。


「気分いいものじゃないな、武器で狙われるってのは……」


 ジュンが呟く。


 機体稼働条件を無理やりクリヤさせるためとはいえ、実弾の入った武器に照準を合わされるというのはどう考えても心躍ることではない。だがAIと余計なやりとりをしないで済んだ分、今回はまだマシであった。



 前回、RX-175を輸送車キャリアに載せる時にAIはゴネた。それを納得させるのに随分と苦労したジュンであった。


「指定サレタ以外ノきゃりあニ機体ヲ載セルノハ……」


「わかってるってば! 仕方ないだろ? ここはアタシらの住む地球じゃないんだから!」


「発言ノ意味ガワカリマセン」


「だからアタシらは異世界にスリップしちまったんだ。どうにもならないんだよ!」


「発言ノ意味ガワカリマセン。ソレハ科学的ニアリエナイコトデス」


「ありえなくても起きちゃったんだよ!」


「アリエマセン。機体保護規定13ニヨリ完全自閉もーどニ入リマス」


「ダメだ! そんなことしたらアタシが殺されちまう! 周りを見てみろ! 20ミリ自動小銃を持ったロボットがいるんだ。おとなしく言うことを聞くしかないだろ!」


「了解、搭乗者保護規定8ノ適用ノ要ヲ認メマス。

 トコロデじゅん、コレハ一体何ノタメニ行ッタノデショウカ?」


「何って、連続歩行試験だよ」


「デスガ所期ノ目的ト場所、条件ガ異ナッテイマス」


「わかってるよ。だけどしょうがないだろ?」


「本社ヘ連絡シ許可ヲ得タノデショウカ?」


「いや」


「何故デショウカ? 専守服務規程ノ……」


「できなかったんだよ!!」


「何故デショウカ?」


「何故って、本社がないんだ。できる訳ないだろ?」


「本社ガナイ? ドウイウコトデショウカ? 発言ノ意味ガ理解デキマセン」


「だから! この世界にはOIC(オセアニア・インダストリー社)がないんだよ!」


 ジュンも山下一佐を始めとする帝国防衛軍市ヶ谷駐屯地の主要スタッフも、ジュンが異世界から移動したということを共通認識とした後、一応、ジュンの言うオセアニア・インダストリー社との連絡を山下一佐が試みてくれた。しかし、この世界は大洋州連合という国家共同体がなく、そこは豪州連邦のままでしかもオセアニア・インダストリー社という企業も存在していなかったのである。



「発言ノ意味ガ理解デキマセン」


「だから言ったろ! アタシ達は違う世界、平行した異世界にいるんだ」


「アリエナイコトト判断シマス」


 ジュンは小さくため息を吐いた。

 そうしてゆっくりとAIに話しかけた。


「UORGPSS(大洋州連合内専用GPS衛星)の電波は受信できているか?」


「イイエ、デキマセン」


 できるはずがない。だってそういう人工衛星をこの世界では打ち上げていないのだから……。

 そう思いつつもジュンは機体搭載コンピュータに話し続ける。


「ここの現在座標は? NAVSTARⅢの電波を使え」


「現在位置、北緯35度41分34秒。東経139度43分43秒デス」


「アタシたちがGPSロストした時の座標は?」


「南緯33度○分○秒、東経148度○分○秒デス」


「GPSロストから復帰までは何分だった?」


「8分デス」


「この機体は8分で7000キロも移動できるのか?」


「イイエ、デキマセン」


「じゃあ、どういうことだ?」


「……。

 でーたばんくに該当スル事項ガアリマセン。理解デキナイ状況ニ陥ッテイルト判断デキマス」


「そういうことだ。わかったか?」


「了解シマシタ。

 今マデノ会話トでーたヲぷらいまり・しすてむ・らいぶらりニ記憶シ、以後コノコトニ対スル質問ハ控エマス」


「そうしてくれると助かる」


 そうやって納得させてようやく機体を輸送車キャリアに載せられたジュンであった。

 それからすると今回は、気分的にはともかくだいぶラクではある。



「速度上昇、12歩/分」


「了解」


 ハンガーを出たところでジュンが指示を出す。と同時にハンガーの外にいた第3小隊のJHX-0114機がRX-175を追走する。


「先日と同ジ未確認2足歩行型ろぼっとガ4機、本機ト距離ヲ保チ平行移動シテイマス」


「わかってる。あれはこの世界のHAHEWW、JHX-011と言うんだ」


「HAHEWW? でーたべーすニ登録ガアリマセン」


「ああないだろうよ。Heavily Armored Human Embarking Walking Weapon(重装甲ヒト搭乗型歩行兵器)と言うんだそうだ」


「登録シマスカ?」


「ああ、そうしてくれ」


「チナミニすぺるガ間違ッテイマス。正式ニハ『Armoured』デス」


「ああそうかい。どっちでもいいさ、好きな方で記録しろ」


「了解。デハ『Armoured』デ記録シマス」



「何が『綴りが間違ってる』だよ。英国人ってのはこれだから……」


「彼女は豪州……、いえ、大洋州連合人ですよ」


 指令車の中、葛城一尉の非難に前田二尉が訂正した。


「似たようなもんだろ!」


「そんなこと聞いたら怒りますよ? 彼女」


 前田二尉の言葉に葛城一尉が黙った。


 指令車の中は極めてのんびりしていた。

 RX-175は上半身はかなり完成度が高くそのまま現場配備できるほどである。だが下半身はそれにまるで追い付いていない機体である。したがって基本的に歩くことくらいしかさせられず、ただそれを見ているしかないのだから当然だろう。

 それをわざわざ深夜に行うのだからご苦労な話でもある。


 だが、そんな呑気な雰囲気も無線機のスピーカから聞こえるAIの声に一変した。


「JHX-011ノ内部すきゃんヲ実行シマスカ?」


「おい、あいつら何をする気だ?」


 葛城一尉の顔色が変わる。


 だがジュンはそうとは知らずAIに答えた。


「どの程度までできそうだ?」


「ワカリマセン。ドノ程度行イマスカ?」


「とりあえずX線と超音波だけでいい。無駄にバッテリーを消費することもないさ」


「了解。準備シマス」


 RX-175の両上肩のハッチが開き始めた。

 データベースにない未確認の物体。そのデータを取るのは通常のテスト起動ではごく普通のことである。その場に行ってみて初めて直接目で見て触れることができる、ということはいくらでもあることだからである。そうしてRX-175の搭載コンピュータはそのようにデータ収集することがプログラムされているのである。



「ジュン! 直ぐにスキャンをやめろ!!」


 井上技術一佐がマイクに怒鳴る。

 指令車の暗視熱線映像を見ていた葛城一尉もマイクを掴んだ。


「おい、橘! 聞いただろ! 回避しろ!」


 葛城一尉が第3小隊長の橘一尉に無線連絡した。


「バカ言え! X線照射と超音波照射が回避できるか! マズイ、早くやめさせろ!」


 スピーカから橘一尉の焦った声が聞こえた。



「AI、スキャン中止!」


 ジュンも訳がわからないまま叫ぶ。


「了解」


 AIの無機質な音声の後、沈黙が流れた。



 しばしの静寂の後、ジュンがマイクに向かって喋った。


「何なんだよ一体? どうしたって……」


「バカヤロウ!」


 スピーカから葛城一尉の怒声が響いた。


「JHX-011にX線と超音波なんか照射してみろ! 機体が強制的に自衛モードに入って、お前の機体にありったけの20ミリ弾()ち込むぞ!」


「えっ!!」


「そうなりゃお前の機体なんか一山いくらのスクラップだぞ!

 いいか、忘れるな、お前の回りにいるのは兵器なんだ! お前の言う人殺しのための道具なんだ!」


「そんなの先に言え!!」


「スマン、俺がきちんと説明しなかったからだ」


 いまだ緊張した井上技術一佐の声が響く。


「ジュン、そういう訳だから他のことは一切するな。

 JHX-011は様々な状況・状態の膨大なシミュレーション・データを持ってる。そいつに抵触しちまうと機体が自動的に作動するようになっている。特に敵対行動と見做すと直ぐに火器使用モードに機体が切り替わる」


「わかったよ。気をつける。

 AI、聞いたか?」


「ハイ」


「そういう訳だから、アイツのことは諦めろ」


「了解。歩行ヲ続ケマスカ?」


「一旦停まろう」


「了解。停止シマス」


 RX-175が停止し、周囲のJHX-011も機体を停めた。



「ふぅ、焦ったぜ……」


 葛城一尉が大きな溜息を吐いた。


「真夜中にJHX-011のACEF(自動連続殲滅射撃:Automated Continuously Extermination Firing)を拝むとこだったぜ」


 前田二尉が不安げな表情を崩せないまま、モニターに映るRX-175の姿を見つめている。


「それにしても、あんなひょろっとした機体でX線と超音波の解析機能を備えてるのか? 大したもんだな」


 山室一尉が感心したように言う。


「他にも何か装備してるのか?」


「あとは光学解析だね。サーモグラフィーとか……。こいつらの情報を総合して3次元解析を行って瓦礫の下の逃げ遅れた人を探し出すのさ」


 ジュンが簡単に説明する。機体内部で詳しいことを外部に向かって話すと、AIが情報漏洩と判断し機能を強制停止することがあるからあまり迂闊なことは言えない。


「それはかなりの演算処理が必要だろう? 機体搭載のコンピュータで可能なのか?」


 今度は葛城一尉である。


「まあね。細かいことは後で説明するよ。

 ところでどうする? 続ける? バッテリーはまだ十分余裕あるけど」


「ああ、続けてくれ」


 井上技術一佐が言う。


「了解。AI、歩行再開」


「了解」


 格納庫ハンガーを出て滑走路に向かう途中から、舗装されていない芝生の上を歩いて戻ってくる、というのが今回の機体稼働のスケジュールである。予定ルートを歩けば30分は掛かるだろう。

 路面状態が変化するところで機体がどのような挙動を見せるか。負荷の変化に対応できるのか。これを確認するのはジュンの本来の職務で大いに興味のある試験である。

 しかしジュンは段々虚しさを感じ始めていた。なにせデータをどれほど収集しても、如何せんここではそれを活かせない。現状では解析はできたとしても機体にフィードバックできないからである。とすればこの歩行そのものは防衛軍側にとっては興味あることでも、ジュンにとっては無意味ということになってしまう。

 だがそれでもジュンが機体を動かし続けているのは、もし万が一、自分が元の世界に戻れた時、少しでもデータの蓄積があれば次の開発に活かせるかもしれない、その思いからであった。


 ジュンはとにかく元の、自分の世界に帰りたかった。巨大地震や豪雨による被害に見舞われている世界。それは苦しいつらい毎日である。だがそこには家族がいる。友人がいる。仲間がいる。恋人はいないけれど大切な人々がいるのである。もう一度みんなに会いたかった。みんなと笑い、愚痴をこぼしながらも支えあって生きていきたい。この世界に来てしまってからずっとそう思っていたのである。

 とりあえずこの基地内での生活はそれほど悪くない。だがそれは本来の自分のものではないし、孤独以外の何物も感じることのないものであった。



「AI、進路変更、10時の方向、芝生の上を歩く」


「了解」


「AI、ありがとな」


 ジュンは突然感謝の言葉を口にした。


「何に対スル感謝デショウカ?」


 だがさすがに機械だけあって、AIは全く変化のない無機質な声で聞き返した。


「いつだってお前だけはアタシの世界のものだって実感させてくれるからな」


「じゅん、ソノ件ニハ回答デキマセン。前回ソノヨウニ決定合意シマシタ」


「そうだったな……」


 ジュンは押し黙った。コックピットには微かなモーター音とポンプの駆動音だけが響く。大きな揺れがなければ歩行中とは気づかないだろうほど静かである。


「AI……」


「ナンデショウカ?」


「帰りたいな、アタシたちの世界へ」


 ジュンはメインモニターの暗視熱線映像による基地の風景を眺めながら言った。

 目の前に広がる世界はジュンの世界によく似ている。だがジュンの世界ではない。


「……。回答デキナイ発言デス」


「そうか……。どこかその辺の地面の下に大きな空間はないかな」


「何故デショウカ?」


「そこに落っこちたら、今度は逆に元の世界に帰れないかな」


 それを聞いた前田二尉の頬に我知らず涙が伝わってきた。


「ソレハ確率的ニアリエナイコトダト判断デキマス。ソレデモ周辺ノ超音波3次元解析ヲ行イマスカ?」


「……イヤ、やめとこう。蜂の巣にされるだけだ……」


 ジュンはそこでマイクに向かって言った。


「もう終わりにしていいかな? とても続けられる気分じゃなくなっちゃった……」


「ああ、そうしてくれ。ありがとう、済まなかった」


 井上技術一佐がそう返事した。

 誰もが無言で仕方ないという顔をしていた。



「AI、反転だ。ハンガーに戻る」


「了解。反転シマス」



 格納庫ハンガーに戻ったRX-175の前に高所作業リフト車が到着し作業台が上昇した。だが開いたメインハッチからジュンは降りて来なかった。


 ジュンはシートの上で膝を抱え俯いていた。


「ジュン……」


 前田二尉の呼びかけにジュンはか細い声で言った。


「……今日、ここで寝ちゃダメかな……」


「……。わかった、確認してくるわ」


「……ありがとう……」


 ジュンは顔をあげないまま小さく言った。

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