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第14話 ジュンとAI

「葛城、お前あの女に邪険にされたそうだな?」


「何が邪険だ。誤解を招くような言い方をするな!」


 機甲歩兵第2小隊長葛城一尉は、たった今引き継ぎを終えたばかりの第1小隊長山室一尉から言われ、目を吊り上げて食って掛かった。


「だがもっぱらの評判だぜ? 第2小隊長があの『異世界』女に粉をかけたら、見事に肘鉄食らったって……」


「誰だよ、そんなデタラメほざく奴は!」


「あれ、違うんですか?」


 背後から若い技術三曹が葛城一尉に声を掛けた。


「何だと!?」


「整備部でももっぱらの噂なんですよ? 山室一尉と葛城一尉、どちらの撃墜王エースが先にあの異世界女ひと陥落とすのかって。確か賭率オッズは……」


「何!」


「何だって!」


「おい、いつまでもバカ言ってんじゃねえ! さっさと片付けろ!」


 山室一尉と葛城一尉が共に若い技術三曹に詰め寄ろうとしたところで、背後から近づいていた井上技術一佐が怒鳴った。


「はいーっ」


 技術三曹は一目散で駆け出した。グズグズしてたら雷が留まることなく落ちてくるからである。


「まったくもう、どうしようもねえ奴らだ。スマンな……」


 井上技術一佐に言われ二人の一尉は背筋を伸ばし敬礼した。敬礼から直ったところで井上技術一佐が言う。


「まあ、あのネエちゃんも恋人でもできりゃあちっとは気も晴れるんだろうが……。どうだいお前さん方、いっそのこと本気で立候補してみたら?」


「バカを言わないでください」


「そうです。冗談にもほどがあります」


「別に冗談でもねえんだけどな……。

 あのネエちゃん、隔離後からはずいぶん明るく振る舞ってるが、その前はどん底みたいな顔してたからな」


「……」


「まあ、機会があったら独房の監視カメラの映像を見せてもらえよ。俺の名を出せば見られるようにしておくから。

 って、おい、こら、なにやってんでんだ!」


 二人に話しながら、別の整備兵に向かって突然大声で怒鳴った井上技術一佐は再び二人に向き直った。


「じゃあな、お二人さん。あのネエちゃんの機体は明後日には動かせるはずだ」


 そう言い残して整備兵の方へ向かって歩き出した。



 市ヶ谷駐屯地は24時間3交代体制である。機甲歩兵師団本部ということもあって緊急出動スクランブルに対応するため機甲歩兵二個小隊が当直勤務に就く。それが週単位でグルグルと回ってくるから当然、日中が非番ということもある。葛城一尉がジュンと遭遇したのもそれ故のことである。

 当直明けにシャワーを浴び、何気なく井上技術一佐の言葉を思い出した葛城一尉は、自室に戻らず独房のモニター室へ向かった。

 ドアを開けようとしたところで中から山室一尉が出てきた。


「よう、お前も来てたのか?」


 葛城一尉がそう聞くと山室一尉は暗い顔をして言った。


「嫌なものを見たよ。見るんじゃなかった……」


「えっ!? そんなに……」


「見るならお前も覚悟した方がいいぞ」


 そう言い残して山室一尉は去っていった。

 しばし逡巡した葛城一尉は意を決して中に入り、係員に言って映像を見せてもらった。


 椅子に腰掛けてモニターに再生される映像を悔いるように見つめた葛城一尉。みるみる顔が険しくなった。


 早送りされたモノクロ映像、モニターの画面右上のカウンターがめまぐるしく変わっている。そこに写ったジュンは狂ったように枕を振り回しそこら中に当たり散らしていた。


『何で!』


『どうして!』


 それだけを繰り返しながら1時間近くも暴れていた。本来なら独房内で暴れていたらMPが現れて無理やり鎮静剤を打つのにそれもなかった。

 やがてジュンは肩で息をしながらベッドの上に膝を抱えて丸くなった。しばらくその格好でいたがごろりと横倒しになり膝を抱えたまま涙を流していた。


『何で!』


『どうして!』


 うわ言のように繰り返すジュン。やがてもぞもぞとベッドから這い出し便器に腰掛ける。


「こんなトコまで残してんのか! さっさと消しちまえよ!」


 怒りも顕に葛城一尉が呟く。

 用達しを終えたジュンがベッドの脇の床に膝を抱えて座り込む映像が映りそれがしばらく続く。ドアの下部の窓から食事が差し出され手を付けられないまま引っ込められる。

 それが室内で井上技術一佐と会話し始めるまで続き、カウンターからおよそ30時間近く続いたのがわかった。


「これは確かに見るんじゃなかったな……」


 後味の悪い思いをして葛城一尉はモニター室を出た。



 ジュンは見た目は普通の日本人女性である。

 基地内の兵士には髪を染めている者もいるがジュンはストレートの黒髪。それをいつも結んでポニーテールにしている。

 身長も女性として高からず低からず、体型も太からず細からず。極め付きの美人という訳でもなければグラビアアイドル並みの体型でもないが、まずまず魅力的な容姿をしている。

 話す言葉は訛りの強い ― 本人に言わせれば普通のオージー ― 英語。機械工学を学んだ研究員兼テスト・パイロットということで、井上技術一佐とはかなり難しい専門的な会話をしていることもある。

 いずれにせよ、ジュンの今の日常を見ていれば、彼女が異世界から来たということはまったく想像できない。


 山下一佐からジュンが異世界から来たと思わざるをえないと聞かされた時、葛城一尉は直ぐには信じられなかった。

 葛城一尉はエリート帝国軍人によくある、帝国大学卒業後士官学校を経て三尉で任官。直ぐに軍大学校に入り、HAHEWW(重装甲ヒト搭乗型歩行兵器)操縦士育成過程終了後二尉で原隊復帰。第3機甲歩兵師団に転属、現在に至っている。

 葛城一尉は極めて現実的に物事を見て判断し行動する人物であり、平行世界から来た異世界人という馬鹿げた話を素直に信じる男ではなかったのである。


 帝国内では七摂関家による各政府間で戦闘が起きており実質内戦状態。帝国防衛軍はこれへの介入が禁じられ外敵からの国土防衛に専念している。事実、日本列島から離れた島しょ部には領土侵犯を目論む半島や大陸の軍が多数領空・領海を侵犯してくる。これを撃退するために各方面の帝国防衛軍は出撃を繰り返している。

 この市ヶ谷駐屯地は関東統括司令部第3機甲歩兵師団基地であり、各方面からの要請によって出撃している。

 輸送機にJHX-011を搭載して空輸、作戦区域で降下、敵軍のHAHEWWと対峙する。単なる威嚇で敵が引き下がればいいが、島しょ部周辺の海底には貴重な天然資源が埋蔵されており、これを諦めきれない各国は兵を引かず交戦状態に陥ることもしばしば起きている。

 それでも全面戦争にならないのは、そうなった場合、七摂関家政府軍が一致協力するという予測からで、そうなると日本帝国軍の勢力が一気に膨れ上がることは想像に難くない。各国はこれを避けたいのであった。


 したがって山室一尉や葛城一尉が撃墜王エースと呼ばれるのは洒落でも何でもなく、幾多の敵機を実際に沈めているからである。そうして葛城一尉はそのことを悔やんだことはない。


―― 勝手に人の家に入り込んで物を持って行こうってのは「泥棒」って言うんだ。そいつらを追い払うのに何の遠慮がいる? 居直ってこちらを攻撃してきたら容赦する必要はない、返り討ちにしてやりゃいいんだ!


「あの野郎、俺の機体を『人殺しのため』と言いやがった」


 エリート軍人の割には言葉が乱暴な葛城一尉、悪態を吐いている。


「人殺しの好きな軍人なんていやしねえ! 好きで戦ってる軍人なんていやしねえんだ!」


 戦争なんてしないで済めばそれに越したことはない。軍人がそう考えることは決して自己否定でも何でもない。軍隊・軍事力という戦争抑止力。これは決して否定できないからで、戦争をしないことと軍隊が存在することは矛盾でも何でもないのである。


「あの野郎の世界じゃ、戦争も出来ないほど災害が酷いらしいな。想像もつかねえことだ……」


 この世界が自分の世界ではないと知って暴れ悲しんだジュン。それほど酷い世界でもやはり生まれ育った世界がいいということなのだろうか。


「俺には理解できない話だ」


 葛城一尉は自室のベッドに寝転がり、いつまでも天井を睨みつけていた。



 RX-175のフル充電が済み連続稼働のデモが行われる日、井上技術一佐、山室一尉、葛城一尉が格納庫ハンガーに集合した。ジュンは帝国防衛軍の軍服ではなくをいつもの革ツナギを着ている。体の線が強調されるそれは山室一尉や葛城一尉の目には少々毒だった。


「準備はいいかい、ネエちゃん?」


「ああ、いいよ」


 ジュンは相変わらずぶっきらぼうに言う。


 ジュンは葛城一尉が姿を表した時露骨に顔をしかめた。ジムでのことが気に入らないようだった。逆に山室一尉や葛城一尉は独房の録画映像を見ていたため、こちらも顔を合わせにくかった。だがこれは基地司令命令として立ち会っているのでそういうことは言っていられなかった。


「それにしても充電中の姿は間抜けというか、可愛らしいもんだったな」


 井上技術一佐が思い出し笑いする。

 RX-175の充電ソケットは人の体で言えば尾てい骨の辺り。そこに長い充電ケーブルを差し込む。したがってロボットがしっぽを生やしているように見えなくもない。

 しかもRX-175の外装は強い日差しによる熱吸収を避けるため白い強化プラスチックである。見る者全てが思わず笑い出すような姿であった。


「言ってろ!」


 そう言ってジュンは機体に乗り込んだ。



 搭乗するとすぐに生体認証。それが済むと各部の状態チェックを行う。


「異常アリマセン」


 ジュンがAIと呼ぶ機体搭載コンピュータが報告する。


「よし、それじゃあ」


 ジュンがAIに命令しようというところでAIがジュンに警告した。


「本当ニヨロシイノデスカ?」


「ああ。この前言ったろ? そうするしかないんだから。周りを見てみろ!」


 ジュンが言う。その音声はオープン回線で指令車に伝えられており、井上技術一佐、山室一尉や葛城一尉、前田二尉にも聞こえている。


「了解、周囲ヲ確認シマス。物体解析しすてむ作動、反応物ヲでーた照合シマス。

 周囲ニハ一一式自動小銃ニヨク似タ自動小銃ヲ構エル軍服ニヨク似タ服装ノ人物ガ10。

 形式不明ノSMAW(肩撃ち式多目的強襲兵器)ろけっとらんちゃート思シキモノヲ構エテイル人物ガ5。イズレモれーざー照準器ヲ本機ニ向ケテイマス」


「わかったろ? 言うことを聞かないとアタシ達は蜂の巣にされちまうんだ!」


「ワカリマシタ。搭乗者保護規定8ノ適用ノ要ヲ認メマス」


「よし……」


「タダシ、コノ事態ニ関シテモ全テぷらいまり・しすてむ・らいぶらりニ記録シマス。ヨロシイデスカ?」


「ああ、もう、わかったから! プライマリでもセカンダリでも、どこでも好きに……」


「本件ハ最重要発生事態A-5ニ相当シマス。シタガッテせかんだりヘノ保存ハ許可サレテイマセン。ぷらいまりデナケレバナリマセン」


「はいはい、好きにしてくれ」


「じゅん」


「なんだよ?」


「ハイは一回デ十分デス」


「……」



 一連の会話を聞いていた指令車の中は大爆笑の渦に包まれていた。


「クククッ、まさか搭載コンピュータと漫才が出来る機体だとは思わなかったぜ」


 葛城一尉が腹を抱えて笑っている。


「全くだ。笑いが止まらない……」


 山室一尉も同意する。

 普段なら大声で笑うことなどない前田二尉でさえ、涙目になりながら腹を捩っている。


「それにしても、ネエちゃんの言う通りガードの固い機体だぜ」


 井上技術一佐も笑いをこらえながら呟いた。



 RX-175の周囲に配された兵士はジュンが提案したものであった。


「とにかく操縦者が買収されて機体をライバル会社に引き渡したりしないように、機体を稼働させられる条件が細かく決まってるのさ。それがクリアされずに無理に動かそうとすると、機体は完全自閉モードに入っちまって専用の解除コードがないと復帰させられないんだ。

 もちろんそのコードは操縦者には与えられてないし、知ってるのは極一部の研究員だけだ。だから奥の手が必要になる」


「奥の手?」


「そうさ。操縦者の生命保護機能だよ」


「生命保護……」


「そう。周囲に武器を持った人間がいて生命が脅かされている。そういう状況下でだけ緊急避難措置として機体の稼動ができるんだ。

 だから実弾の入った武器を持った人間が必要だ」


「実弾入り? 銃だけじゃダメなのか?」


「RX-175に搭載されてる解析システムを甘く見ないでほしいね。外側の形状だけじゃなく内部の様子まで細かく分析できるんだ。たとえ銃でも空じゃあすぐにわかっちまう」


「そこまでなのか?」


「ああ。崩れた瓦礫が何で出来てるのか、中に鉄筋とかがあるのか、強度はどうなってるか。そういったことを多角的に解析して予測質量まで弾き出してくれるよ。

 そうでなきゃ現場で役立たずだからね」


 ジュンは少し自慢気にそう言ったのである。

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