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第13話 遭遇

 前田二尉との同居が始まった翌日、ジュンは井上技術一佐に呼び出され、RX-175を載せた輸送車キャリアの停めてある格納庫に向かった。


「ご苦労さん、よく眠れたか?」


 井上技術一佐の問にジュンは苦笑しか出来なかった。



 朝、目が覚めトイレへ行こうとリビングへ出たところでジュンは固まった。


―― そうだ、コイツがいたんだっけ……。


 そこにはヘルメットに防弾チョッキを身につけ自動小銃を持った女性兵士がいた。


「オハヨウ」


 ジュンがその兵士に声を掛けた。だが兵士はジュンを一瞥しただけで何も言わなかった。



 ジュンと前田二尉の有益なんだか不毛なんだかよくわからない会話を終え、そろそろ床に就こうというところでドアをノックする音があった。


「あら、来たようね。

 開いてるわ、入って!」


 前田二尉が大きな声で部屋の外に声をかけると女性兵士が入ってきたのである。

 女性兵士は前田二尉の前で背筋を伸ばすと敬礼した。

 敬礼を返しながら前田二尉が女性兵士に声を掛けた。


「ご苦労様、吉田一等陸士」


「いえ」


 吉田と呼ばれた兵士は短くそう答えただけだった。

 前田二尉はジュンに振り返るとその兵士を紹介した。


「こちらは吉田一等陸士。今夜からここで夜警をしてくれるの」


「夜警?」


「ええ、夜間警戒任務」


「それって、まさか……」


「ええ、あなたに対する警戒」


「なんだよ、それ!?」


「何って、いくら部屋が違ってもあなたと二人きりで寝るほどの勇気は私にはないわ。だから彼女がこのリビングで寝ず番をしてくれるという訳。他に質問は?」


「……ない」


 ジュンがうなだれた。この女どこまでこちらを信用しないんだと。


「あ、そうそう、あなた達初対面ではなかったわね?」


「えっ!?」


 ジュンが驚いて目を瞠った。


「吉田一等陸士、あなたが彼女を拘束したのだったのよね?」


「そうです」


 そう言うと吉田一等陸士はつり目気味の目をいっそう吊り上げた。


「自分がこの女を拘束しました」


 そこでジュンは思い出した。


「そうか、オマエがアタシを殴って気絶させてくれたヤツか? あん時は世話になったな?」


 吉田一等陸士はジュンの言葉を気にする風もなく冷たく言った。


「どういたしまして」


「無抵抗の非戦闘員を銃で殴るなんて、この国は随分と野蛮でも通用するんだな?」


 ジュンが嫌味たっぷりに言った。


「えっ!?」


 前田二尉が驚きに目を見開き、吉田一等陸士が唇を歪めた。


「何だと!?」


「身体検査までして武器を携帯してないことを確認した上で殴ったんだ。アタシの世界じゃ、そんなことすりゃ、どこの軍隊でも国際人道法違反で軍法会議ものだって話だったけど、この世界にはそういう決まりはないのかよ?

 だとしたら随分と野蛮じゃないか? 違うのか?」


「貴様!」


 吉田一等陸士がジュンに詰め寄ろうとした。

 それを前田二尉が制した。


「やめなさい、吉田一等陸士! この人の言ったことは本当なの?」


「それが何か? こんな訳のわからん女を殴っても何も問題ないでしょう?」


「いいえ! その時点でこの女性が何者かはわからなかった。だとしたら無抵抗の非戦闘員であるとして対処するべきでしょう? それを殴ったのなら大問題だわ。

 待ちなさい、今確認するわ」


 そう言うと前田二尉はリビングに備え付けの電話を使い、何ヶ所かに連絡し始めた。


 それからバタバタとして人が出たり入ったり。

 結局、吉田一等陸士は部屋に入ってきたMP(憲兵:Military Police)に武装解除された上、拘束されてしまったのであった。

 そうして代わりに現れた女性兵士は見るからにジュンに敵意むき出しだったのである。



 そういう一幕のあった翌朝である。「よく眠れたか」と聞かれても苦笑しか出ないのは仕方ないだろう。


「まあ色々と済まないことだったな。最初俺達はお前さんが抵抗したんで殴ったって聞かされてたから……」


「抵抗なんかするかよ? 殺されたくないからね。こっちは武器も持ってなかったし護身術だってやってないんだ」


「本当に申し訳なかったわ」


 前田二尉までが言う。


「もういいよ」


 朝から基地司令の山下一佐からも頭を下げられ、今日はジュンの拘束に関わった兵士達の尋問が行われる事になったということまで聞かされたのである。もういい加減どうでも良かった。


「まあ、そういう意味じゃ基地内のウミを出すいい機会だったがね」


「人を変なことに利用するなよ!」


「そうだな。本当に済まなかった。

 ところで今日お前さんに来てもらったのは、コイツの充電についてなんだが」


 そう言って井上技術一佐はRX-175を振り返る。


「充電ソケットの位置と方法が知りたくてな。この前外装を外した時にはわからなくてな」


「ああ、それか……。あの辺の外装は簡単に外れないんだ。それにこの状態じゃ無理なんだ。立たせないと」


「そうなのか?」


「ああ、充電用のソケットは人間で言うと尾てい骨の当りにあるんだ。だから立たせないとならない」


「随分とまあ変な所に着けたんだな?」


「メインバッテリーがそこにあるからな」


「メインて、他にもあるのか?」


「ああ、肺の辺りにサブが2つね」


「なるほど、そうやって蓄電量を稼いでるのか」


「そういうことさ、ただ、サブはホントに小さいから……」


「わかった。それで充電のための電力は?」


「向こうじゃ一般的な動力電源だよ。3相5ピン500V 32A 50Hzさ。あまり特殊にしちまうと現場で充電できなくなるからね」


「現場って被災地でか?」


「ああ、大規模災害用メインに開発されてるけど、インフラが必ずしも全部ダウンするとは限らないし……。それに業務用移動発電機でも充電できたほうが汎用性が上がるからね」


「なるほど、そいつは理屈だ。

 じゃあちょくら起こしてくれねえか? ソケット形状を確認したい。」


「ああいいよ。普通のAS/NZS3123C66だけどね」


「ああ、頼む」


 ジュンは、それじゃあ、と言って機体に乗り込む。生体認証を済ませると、垂直になった輸送車キャリアの荷台から3歩前へ出て止まる。

 用意されたパンタグラフ式高所作業リフト車に乗り移って下に降りてくる。

 それから機体の背面に回り尾てい骨の当りにまでリフト車の作業台を上げてもらった。


「ここだよ」


 ジュンが指さしたところには小さな折りたたみ式のラッチがあった。それを起こして反時計回りに180度回すと防水カバーが開いた。中にソケットがある。中央に幾分細い丸棒、その上下左右に幾分太い丸棒と全部で5本の金属棒が見えた。


「こいつオスだよな?」


 井上技術一佐が確認した。


「どう見てもメスじゃないだろ?」


 ジュンが笑う。


「こりゃあ、ちょっと厄介だな……」


「え?」


「日本じゃこの形式は使われていない。同じもの用意するのは骨が折れそうだ」


「え? そうなのか……」


 ジュンがガッカリと肩を落とす。


「まあ心配しなさんな。いざとなれば作るから……」


「えっ? そんなことできるの?」


「店で売ってるものとまったく同じものは無理でも似たようなものはできるさ。ただ線の配列がな。調べるのにもちょいと時間をくれ」


「わかったよ」


「ところでバッテリー残量は?」


「25%だった。もう動かすのは無理だね。20%まで直ぐに減っちゃうし、20%切ると何かの拍子にシステムストールしやすくなる。そうなるとエラいことになる」


「どうなるんだ?」


「メインコンピュータとデータを維持することに全電力が優先される。他の電気系機器も動かないけど、メインモーターが回らないから油圧ポンプも動かない。ポンプが動かなければ配管の油圧は抜けないはずだけど、もしリークがあったりするとそこから油圧が抜けて、重さを支えきれずに各アクチュエータが一気にイッちまう……」


「そうなったら?」


「そうなったらただのスクラップさ。特に機体が立ったままの状態でそうなったら下半身はグチャグチャだよ、修理する気にならないくらいね」


「そいつは困りもんだな」


「そうなんだ。バッテリー電力駆動油圧ポンプ方式の最大の弱点だね」


 ジュンはそう言って肩をすくめた。


 目の前で繰り広げられる井上技術一佐とジュンの会話に前田二尉は「ずいぶん楽しそうだ」と感じた。


―― やっぱりただの異世界人?


 いやいや、異世界人が「ただの」ということはないだろう。本来、敵のスパイという存在の方が異世界人という存在よりも普通のことなのだから……。

 変なことを考えたと頭をブルブル振っていた前田二尉にジュンが言った。


「アンタ、大丈夫?」



 それからジュンは一週間、厚生棟の地下のジムとプールに通った。井上技術一佐が充電用ソケットとケーブルを用意するのにそれだけ掛かったからである。

 ジュンとしては一ヶ月の隔離生活でアチラコチラに着いた贅肉を落とす絶好の機会。喜んで通っていた。

 付き合わされる前田二尉としては複雑だった。日頃のデスクワークが多忙で中々ジムに通えない。それからすると何も問題がないのだが、任務中にこんなことをしていいのか? そう感じたからである。

 しかもジュンは思ったより規則正しい時間帯で生活する女性で、ジムへ行く時間、プールへ行く時間が毎日同じであった。本人によればテスト機体の振動がひどいため、乗機2時間半前には食事を終える。そういう癖が付いているため、体を動かす時間も食事と食事の間、定まった時間にする習慣なのだという。ところがこれが色々な問題の引き金となった。

 最も前田二尉を悩ませたのは、二人が毎日同じ時間にジムとプールに現れると知って若い男性兵士達が同じ時間にやって来ることだった。

 基地は完全な3交代体制。したがって日中が非番の者もいる。彼らも自己鍛錬のためにジムやプールへ通っているがジュンと前田二尉の時間に合わせて、普段はあまり顔を出さない者まで来るようになったのでかなり施設が混むようになったのである。



 あの基地一斉検査の結果、ジュンの存在は基地内で知らない者はいなくなっていた。ただし異世界人というのはさすがに極一部にしか知られておらず、どこか遠いところから新型試験機を何かのツテで持ち込んだ女性、というのが一般兵士の認識であった。

 しかもジュンはとりあえずはそれなりに見られる容姿の女性である。しかも本人は日本人に比べてオープンで合理的な性格。軍から支給されてるウェアが身体を隠す部分が多いと言って文句を言っている始末である。さすがに水着は競泳用をそのまま着用しているが、フィットネスウェアのタンクトップなどはさみで途中で切ってしまい完全にヘソが見えている。

 なので、否が応でも男達の視線を惹きつけた。


 そうして一方の前田二尉といえば基地司令官の美人副官。なにせ仕事が仕事だけにそう簡単にはお近づきになれない高嶺の花である。

 それが体にぴっちりと張り付いたフィットネスウェアを着て汗を流しているのである。これはもう見に来ないほうがおかしい。


「いやあ、眼福、眼福」


「たまんねーなー」


 若い兵士らは体を動かすのも忘れて二人を見ては影でこそこそと話していた。



 だがある日の午後。


「おい、いいかげんにしろ! 用がない奴はさっさと出て行け!」


 ジム内に響き渡る大声に兵士らが蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


「まったく、しょうがねえ奴らだ……」


 そう呟く男の前に前田二尉が立って敬礼した。


「ありがとうございます、葛城一尉。実は困ってまして……」


「だろうなって、非番の時くらい敬礼すんなよ」


 機甲歩兵第2小隊長の葛城一尉はそう言いながらも前田二尉に敬礼を返した。

 市ヶ谷駐屯地は仮にも機甲歩兵師団本部という位置づけにある。したがって機甲歩兵小隊は花形であり基地の中心的存在である。当然ながらその小隊長ともなれば幅を利かせていた。


「いいえ、自分は任務中ですから……」


 前田二尉がバツの悪そうに言った。


「ああ、あの女のお守りか。ご苦労なこった」


 そう言って葛城一尉はバイクを漕いでいるジュンを見た。


「ジュン!」


 前田二尉がジュンを呼んで手招きした。ジュンはヤレヤレという表情をしながら、バイクを降り顔をタオルで拭き拭き前田二尉のところへ歩いてくる。


「紹介するわ、機甲歩兵第2小隊長の葛城一尉。あなたのデモもご覧になってるわ」


「そりゃどうも」


 民間人であるジュンに敬礼するという考えはない。ぶっきらぼうにそう言って、それでも一応手を差し出した。


「?」


 今度は葛城一尉が疑問に思った。だがすぐに握手と気づいてジュンの手を握った。葛城一尉は身長がジュンよりも頭二つ近く大きく体格も良かった。なので手もかなり大きかった。ジュンの小さな手は握り潰せるかのようにすっぽりと葛城一尉の掌に収まってしまった。


「お前の機体、電池式なんだってな? どうだ、今度俺を乗せろよ」


 だがジュンは葛城一尉を見上げながらきっぱりと言った。


「無理だね。生体認証の変更はアタシじゃ出来ないし、第一、アンタみたいにガタイのでかいのはシートに座れないよ」


「そうか。そういや、オマエの機体は未完成の出来損ないなんだってな。それじゃあ無理だな。

 だったら今度俺の機体に乗せてやるよ。完成された機体がどういうものか体験させてやるよ」


 だがジュンは葛城一尉を見上げたまま、やはりきっぱりと言った。


「ゴメンだね。アタシは人殺しのための機体になんか乗るつもりはない」

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