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第10話 今さら?

 山下一佐らに挙動を見せた後のRX-175は輸送車キャリアに載せられて輸送機の整備用格納庫内に搬入された。

 コックピットを出て荷台から降りたジュンに井上技術一佐が近づき労った。背後には指令車から降りた他の面々も見えた。


「ご苦労だった。シャワー浴びて、飯食ってゆっくり休んでくれ」


「あんなもんでいいの? ただ歩いただけだよ? もっとも他のことしろって言われても出来なかったけどさ」


 そう答えるジュンは心なしか嬉しそうに見えた。


「では案内します、こちらへ」


 前田二尉がジュンを促した。


「ちょっと待って! RX-175はどうなる……」


「ああそいつは心配ない。しばらくキャリアに載せたままにしておく。お前さんの生体認証がない限り動かないんだ。それでもいいだろう?」


 井上技術一佐が説明した。


「だけど……」


「心配しなさんな……。悪いようにはしねえって言ったろ?」


「わかったよ」


 そう返事をしてジュンは前田二尉に従った。

 兵員輸送トラックに載せられ格納庫から事務棟に向かう。当然ジュンの脇には自動小銃を携えた兵士がいる。


「随分静かな機体ね?」


 前田二尉が話しかけたがジュンは顔をしかめた。


「あら、気に触ることでも?」


 そう言われてジュンは首を振る。


「そうじゃない。アンタの発音は巻き舌が強くて……」


 実際「r」の発音がやたら耳障りなのであった。


「そう」


 そう言うと前田二尉は口を閉じた。せっかく話しかけてやったのに……、内心はかなりカチンと来ていた。

 一方のジュンはどうして井上技術一佐と話をし続けるのが気にならなかったのにようやく気づいた。


―― そうか、あのおっさん、発音が悪いからだ……。


 外国語の中には日本人には発音しにくい音というのがある。それは母国語にない音の出し方を要求されるためで、訓練しても中々身につかないということがある。

 そうして井上技術一佐の英語は自分の父親の発音に似ていた。つまりあまり流暢ではないということである。

 普通ならこういう場合会話はうまくいかないものだが、ジュンは父親で慣れているため、逆に井上技術一佐との会話がスムーズだったという皮肉な結果になっていたのである。


 その後押し黙ったままジュンはシャワー室に連れて行かれ、ツナギを脱いでシャワーを浴び、差し出された軍服に着替え独房に戻された。

 もう午前三時近かったが出された食事を平らげてベッドに入った。その食事は今までで一番豪華だった。


―― 軍人っていいもんが食えるんだな……。


 そんなことを考えながら眠りについたジュンである。



 その日の午前8時。ジュンはまだ寝ていたが、その夜のRX-175の起動を見た防衛軍の面々はブリーフィングルームに集合していた。

 基地司令山下一佐、井上技術一佐、機甲歩兵第1小隊長山室一尉、同第2小隊長葛城一尉、前田二尉、井上技術一佐の副官・新藤技術三尉、それ以外にも警戒に当たったJHX-011のパイロット4名、指令車に乗っていた数名の下士官達である。

 深夜わずか5分程度のRX-175の稼働に対し、随分と物々しいことであったが、状況を考えれば致し方のないことではあった。


「さて、皆の意見を聞きたいのだが」


 山下一佐がまずは口を開いた。


「意見も何もないと思いますがね」


 小さく挙手した後、葛城一尉が発言した。


「たった5分歩いただけです。これではコメントのしようがないのでは?」


「いや、そうでもないと思うぞ、葛城」


 山室一尉が言う。


「この騒音測定値とサーモグラフィーを見てみろ」


「見たよ、その上でのことだ。とにかく稼働時間5分では話にならんと思わんか?」


 士官学校で同期、ライバルでもある二人である。葛城一尉が反駁するのを山室一尉が半ば無視して続けた。


「例えばこの騒音値。あの機体の起動前と起動後で5db(デシベル)しか変わってない。」


「それが? JHX-011が周囲で4機アイドリング状態で待機してたんだ。あんなの1機増えたところで大して変わらんだろう?」


「それとサーモグラフィーもだ」


「だから! 稼働時間が……」


「いや、でも見てみろ。我軍のJHX-011は稼働5分後で既に130℃が現れてる。しかしこの機体は55℃にもなってない」


「仕方がないだろう? JHX-011は反応炉の排熱ノズルがあるんだ。それに引き換えこれは電池式だろう? 比べるほうが間違っている」


「遮ってスマンが、そうとも言えんのではないかな、葛城一尉?」


「どういうことでしょうか、井上技術一佐?」


「確かにこの程度の稼働時間で判断するのは間違っているとする一尉の考え方は正しいと思う。だが山室一尉の言う通り、驚くほど静かで熱くならない機体ということも間違ってはいないと思う。

 そこでどうだろうか? こいつをフル充電させてもっと長い時間連続稼働しているところを見るというのは?」


 井上技術一佐の発言に二人が顔を見合わせた。


「それは確かに興味ありますが……」


「それだって精々15分かそこらでしょう?」


「いや、フル充電なら最大1時間近くは行けるらしい」


「そんな、バカな!?」


「信じられんだろう? だが可能らしい。

 とにかくこいつに電波ステルスと赤外線ステルスを施すとJHX-011とは比べ物にならんほど捕捉し難い、厄介な機体になるのは間違いない」


「それはそうでしょうが……。ですがまだ試験途上の不完全機とか。それほど意味があるとは……」


「たしかに今のままじゃ意味が無い。だがたとえばあいつに、JHX-09のアクチュエータを搭載すると話はまるで違ってくる」


「JHX-09? 二世代前のあんなポンコツ……」


 葛城一尉が肩をすくめる。このおっさん、何言ってんだと言わんばかりに……。

 だが井上技術一佐は気にせずに続けた。こんなことに一々目くじらを立てていたら、鼻っ柱の強いエリート連中共とまともに話なんか出来ない。


「確かにJHX-09は反応炉も低出力で所期の性能を出しきれなかった機体だ。だが各部の強度は十分確保できていた。

 ところが開発が進み反応炉の出力が上がったら、今度は機体が強度不足になっちまったっていう、なんとも不運な機体だ。それでもJHX-09は民間に払い下げられて、建設業などでも現役で動いている。したがって部品調達も不可能ではない」


 日本帝国防衛軍のHAHEWW(重装甲ヒト搭乗型歩行兵器)、JHXシリーズは07までは試験機、08から実戦投入された。だが現実は使い物にならず09、010と開発が進み011で大きく変化し、ようやく一線級の機体に仕上がった。搭載する反応炉の出力が大きくなったと同時に細部が十分煮詰められたからである。

 現行のJHX-011はタイプCまでバージョンアップしており、この市ヶ谷駐屯地配備の機体もJHX-011Cに順次切り替えられつつある。

 現在、兵器開発局では後継機JHX-012の開発計画が進行中だが、少ない予算と防衛軍の地位の関係上ほぼ無理だと目されており、011Dの方が現実的だと言われている。


「このJHX-09シリーズのアクチュエータを搭載すれば、おそらくあの機体の信頼性能は格段に上がる。そこにステルスシステムをしっかり備えさせれば、それだけでかなりの実用性が見込めるんだ。まあ、外装とか色々あるがね……。

 それでもJHX-011相手にゃ苦労するだろうが……」


「当然でしょう」


「でも、勝てないことはないと考えてる」


「なんですって!? あり得ないでしょう、そんなの!」


 葛城一尉が異を唱えた。得体の知れない機体が、自分の乗ってる機体に勝てると言われたら黙ってはいられない。


「だからその根拠が静粛性と低発熱性なんだよ。

 皆も知ってる通り、JHX-011はその高い排熱温と音のせいで敵の索敵システムに引っかかりやすい。そうしてその背面の排熱ノズルが自機の後方センサーの妨げにもなってるという致命的な欠陥がある。それをカバーし合うため小隊は2機編隊2組の4機構成になってるが、そのために余計に敵のセンサーに見つかりやすい……」


「わかってますよ。

 だから機体制御運用プログラムは膨大なシミュレーション試験のフィードバックが盛り込まれてるし、指令車もバックアップしている」


 葛城一尉が面白くなさそうに呟く。


「ああそうだ。それと操縦者の高いスキル。こいつがなきゃ奇襲を食らったらイチコロだからな。

 ところがあのネエちゃんの機体なら、敵に気取られずに直ぐそばまで近づくということが十分可能だ、捕捉されにくいからな。つまり、より近接奇襲がしやすい機体なんだ。

 これなら関東政府軍のTA-13や九州政府軍のKF-5Aとも互角にやれるだろうと考えられる」


 井上技術一佐は各政府軍が運用しているの2大機体名を挙げた。そのどちらもJHX-011と同等以上の実力を持っていた。


「まさかそこまでは……」


「いや、俺はそう考えてる。なんてったって世界中どこ探したってあんな機体はねえんだから……」


「そうは言いますが……」


 葛城一尉が食い下がる。井上技術一佐の言うことは実際に機体を預かる身としては、決して承服しかねることであったからである。


「だけどお前さんだって、最近のアメちゃんの動向は知ってるだろう?」


「ええ、もちろん」


 自軍の機体だけでなく、各国の最新情報にも注意を払うのは当然である。


「アメちゃんもとにかくゴツイ火力集中型から、より機動性と隠密性を重視する方向に変わってきている。さすがに時代遅れということに気づいたんだろう」


 ステルス技術に先鞭をつけた米合州国は、その性能向上に頼った形で機体の大型化と火力の増強を進めていた。それは当然機動性の低下を招くが「力こそ正義」と言わんばかりの機体で他を圧倒していたのである。

 だが最新の情報では、より軽量コンパクトな機体の開発に移行しつつあるということで、一部には電動モーター式の研究を復活させるという噂まであった。


「まあ、仮定の話ばかりしていても仕方がねえが、まずはあいつの連続フル稼働を見てデータ測定をしたいんだ」


「ええ、わかります。私も興味ありますからね。

 でも得体の知れない機体と搭乗者ですよね? よろしいのでしょうか?」


 山室一尉が山下一佐の顔を窺う。


 山下一佐は厳しい顔つきで言った。


「これから話すことは一切口外無用に願いたい」


「それは命令でしょうか?」


 葛城一尉が確認する。


「そう取ってもらって構わない」


「了解しました」


「実は、あの機体と女性は、この世界のものではないと思われる。それはつまり異世界からやって来たということだ」


 山下一佐の言葉に井上技術一佐、前田二尉を除く全員が瞠目し絶句した。あまりに予想外の言葉であったからである。



 しばしの沈黙の後、山下一佐は重苦しい口調で言った。


「この件は総司令部に報告するのは時期尚早と判断した。したがってあの機体の性能確認にもうしばらく時間をかける予定である。

 だがその前に……」


 山下一佐はこれまでで一番険しい顔をして言った。


「今さらだが、あの女性、サカキバラ・ジュンの健康診断を最優先とする。彼女は我々の未知の病原体の保菌者である可能性が否定出来ない。彼女が異世界の人間だと認めた時、最初に調べるべきことだったのだが……」


 それはその場に居合わせる全ての人間を驚愕させた山下一佐の言葉であった。


「諸君らもだ。彼女と接触した者は全員健康診断を受けるように。

 今諸君らの話を聞いているうちに思いついたのだから、これはとんでもない私のミスだ。あの機体に生物兵器が積まれている可能性まで考えていたのだからな。

 とにかくその後基地内全員の健康診断を進める。この件についてはとにかくパニックが起きないよう十分留意し、完全に進めて欲しい。以上だ」

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