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夜遅くにひとりぼっちの少女を見つけたので声を掛けてみることにした

作者: メガネ


 曰く、人は幼い頃の記憶が成長と共に薄れていくらしい。

 曰く、若者は昔からの行事を忘れているらしい。



 (ぬる)い夜風が頬を撫でる。ぬるりと肌にまとわりつく空気は、夏の残滓を嫌と言うほど感じさせる。


「もう10月も半分過ぎたってのに……」


 俺は誰もいない道を歩きながら独り愚痴をこぼす。秋もまっただ中であるにも関わらずこの気温は度が過ぎている。

 おもむろに顔を上げると、頭上には半分だけ顔を出す月が輝いていた。


「そう言えば、あの日は月が出てなかったんだよな」


 それは二か月と少し前のことだった。





 真っ暗な夏の夜、寂れた公園。

 静かな闇の中、ポツリポツリと淡い光を放つ街灯。

 心許ない照明を浴びて、薄闇にポツンと佇む一人の少女。

 それが俺、桜人(さくらと)の見た光景だった。

 公園の真ん中に立つその子は顔を頭上まで上げ、真っ黒な空を見上げているようだ。

 ほぼ後ろからの角度しか見えないせいで顔は見えないけれど、わずかに覗く顎が上を向いていることからそれが分かる。


「こんな所に一人でいるのはさすがに危ないよなぁ」


 腕時計を確認すると時刻は午後10時を回っている。公園の外から見た程度で確かではないけれど、少女の背丈は大きく見積もっても中学生程度。

 俺は義務感に駆られ、公園の入口から中へと足を運ぶ。

 ジャリ、と砂の音を立てながら公園の中央に立つ少女に近づいていく。


 「あれ?」


 ふと、疑問の声が浮かぶ。

 遠目で見た時に、少女が白っぽい服を着ていることは分かっていた。

 でも弱々しい街灯の灯りでは、どんな服を着ていたのかまでは判別出来なかった。

 しかし近づいた今となって、その服装にようやく気づく。


 真っ白なワンピースだ。


 それは良い。ワンピースは子供によく似合う服装だ。

 ただ、場所と時間が問題だ。 

 夏真っ盛りの8月。日の沈んだ暗い夜。近所に大きな公園が出来たこともあり、ここ数年で寂れた公園。その上定番と言ってもいい白のワンピース。夜遅くに一人で背中を見せる少女。


 人はそれを、フラグと呼ぶ。


 俺は思わず生唾を飲む。ゴクリ、と喉から大きく音が響いた。

 い、いやいや、まさか~。いくら何でも幽霊なんて非科学的なもの信じてないから。イヤほんと、信じてないから。ほんとだよ?

 仮に、仮にだ。幽霊かも知れないと仮定しよう。

 しかし幽霊でない可能性もある訳だ。いやむしろこちらの方が高い。

 そうなると俺は、こんな人通りが皆無と言える公園に少女を一人置き去りにすることになる。

 さすがにそれは良心が咎める。

 そうだよ。結局霊かどうかなんて分からないんだ。このまま放置して帰ると寝覚めが悪くなるから、ここは声を掛けるしかない。まあ、ついでに可愛いい子だったらいいな、なんて思うけどね。

 俺は意を決して止まっていた足を動かす。当初の不安を無理やり有耶無耶にして。


 ザッ、ザッ、ザッ


 少女に近づくとともに砂地を踏み歩く自身の足音が鳴る。その音は近くまで迫った少女の耳にも届いているはずだ。なのに少女は一向に振り返ろうとしない。

 これ、声を掛けたら目がポッカリ空いた顔でしたとかじゃないよね。いやいや、ここまで来たんだ。やるしかない。


「こ、こんな所にいたら変なおじさんに連れていかれちゃうよ?」


 思わず声が震える。俺の呼びかけに反応した少女は体を強張らせた。

 待って、これじゃ俺が変なおじさんじゃん。いや、まだ16歳なんだから大丈夫だ。変なお兄さんだ。

 そう慌てているうちに少女が振り向いた。

 彼女が瞳に映った瞬間、視界が一回り大きく開かれるのを感じた。


 そこにいたのは、完璧な幼女。


 大きな瞳に桜のような唇・つり気味の眉にほんのり赤いほっぺ。近くで見ることでより一層引き立つ、夜空のような長い黒髪と純白のワンピースのコントラスト。

 うん、ぶっちゃけ僕の好みです。


「お……お、お兄ちゃんは、誰?」


 動揺したように尋ねる幼女。かわいい……じゃなくて。


「え、えーっと、怪しい者じゃないよ。こんな公園に一人でいると危ないと思ったから声を掛けたんだ」


 まずい、声が上擦っている。これじゃあ傍から見ると完全に不審者じゃないか。


「そう、なんだ。でも大丈夫だよ。よくここに一人で星を見てるけど、変な人に話しかけられたことなんて無いもん」


 そう言った幼女はニパッと笑った。

 夜だからだろうか。彼女の笑顔がとても眩しい。

 しかしこんな所に一人で放っておく訳にはいかない。


「うーん、でもお父さんとお母さんも心配すると思うんだけどなあ」


「お父さんとお母さんには、もう会えないんだ……」


「ええ! それって……家出したってこと?」


「ううん、お父さんもお母さんもすごく優しかった。けど、もう会えないんだ」


 そう言って悲しそうに微笑む。

 あああああ、地雷踏んじゃったよ。幼女泣かせてどうすんだよ。どう見ても家出なんてしそうにない穢れなき幼女じゃないかバカ!


「ご、ごめん! そんな事だとは知らずに」


「ううん、いいの。それより、お……兄ちゃんの名前は?」


「俺?」


「そう」


 コクコクと頷く様子は見ていて微笑ましい。


「俺の名前は桜に人と書いて桜人(さくらと)。16歳の善良な高校生だよ」


「そうなんだ、16歳の善良なロリコンさんなんだね」


 ……聞き間違いかな?


「えーっと、今何て言ったの?」 


「え? 16歳の善良?」


「うん、その後だね」


「幼女が大好きな変態さん?」


 そう言い切った彼女の笑顔は純粋そのもの。


「もっとひどくなってる?! いやいや、何言ってるんだい、ええっと……」


 俺は彼女の名前をまだ知らないことに気づく。


桜子(さくらこ)だよ」


「へえ、俺と同じ桜が入ってるんだ。お揃いだね」


 名前一つでも共通点があると身近に感じるものだ。


「うん、そうだね。ロリコンさんとお揃いだよ」


「違うよ! ロリコンじゃないよ! 優しいお兄さんだよ!」


 思わず声を荒げてしまう。

 この子はそこまで俺をロリコンにしたいのか?


「ええ? でもさっき桜子の顔を見た時、目がまん丸になってたよ? あれって桜子を見て興奮してたんでしょ?」


「……」


 腕組みしながら思い返す様子もこれまた可愛いが、それとは反比例して過激な追及がされる。


「それに桜子と話してる時も桜子の胸をチラチラ見てたでしょ? そういうのをロリコンさんって言うんだよ?」 


「いや、胸じゃなくて純白のワンピースが可愛いなって見てただけなんだよ。可愛いなあって」


「性的に可愛いって思ってたの!? ヤダ、ロリコン」


 彼女は両腕で肩を抱いて一歩後退る。


「いやいやいや、イヤラシイ意味じゃなくて、ただ小動物的に可愛いなって思っただけだよ」


 これは警戒されてるのか遊ばれてるのか、どっちだ?


「ふーん、お……兄ちゃんが動物にも興奮する変態さんだってことは置いといて」


 そう言った彼女は両手の平を等間隔に立てて横に動かすジェスチャーをする。


「変な誤解ごと置いてかれた!?」


 どうやら遊ぶどころか弄ばれていたみたいだ。


「ねえ、お兄ちゃんはどんな人なの? 最近あんまり人と話していなかったから色々聞きたいな」


 ニコッとあどけない笑みを浮かべる幼女。

 俺はその可愛さに思わず見とれてしまう。


「あ、ああ、俺の事か……」


 慌てて顔を逸らして自分の周辺事情に思いを馳せる。


「うーん、そうだな。まず俺の好きなものと嫌いのものから話そうか。人の好き嫌いは性格がよく出るからね」


「うん、教えて。あ、こっちのブランコに座りながら話そうよ」


「分かった、いいよ」


 俺から見て右手にあったブランコに足を運ぶ。楽しそうに座る彼女に続いて、ブランコの台に座る。

 確かに立ちっぱなしで少し疲れていたからありがたい。この歳で人を手玉にとることだけじゃなく気遣いも出来るとは、これは何人もの男を泣かせる悪女になるな。末恐ろしい子やでえ。


「お……兄ちゃん、今変な事考えてなかった?」


 眉根が寄せられて非難の目で見られる。


「ナンデモナイデスヨー。それより桜子ちゃん、お兄ちゃんって言いにくそうにしてるから、桜人でいいよ」


「うん分かった、ありがとう桜人くん」


 お兄ちゃん呼びも良かったけど、くん付けも悪くない。おっと、またこちらを見る目が厳しくなってきた。本題に入ろう。


「ええっと、好き嫌いについてだけど、好きなものは天体観測かな。桜子ちゃんも星を見てたって言ってたから、星が好きなんだよね?」


 ちなみにこれは幼女を喜ばせる嘘とかでは無い。俺は小学生の頃から星を見ることが好きだった。

 自分と同じものが好きだと聞いて、彼女はキラキラと目を輝かせる。


「本当? 星を見るのが好きなんだ!」


「そうだよ、今日も天体観測部の部活動の帰りだったんだ。三日前に集まって各自で観察する星を決めておいたんだけど、お盆で田舎に行かない人は今夜学校に集まって天体観測をしてたのさ」


「へえ~そうなんだ、すっごく面白そう!」


 そう言って一段と強く目を輝かせる。まるで瞳の中にもう一つ星空が出来たようだ。

 しかしすぐにその星の笑顔に雲がかかる。


「でもここからだとあんまり星が見えないよね」


 俺は彼女と二人して空を見上げる。

 そこにはいくつかの星だけが瞬く寂しげな夜空が広がっていた。


「そうだね、都市部では街の光が強いせいいで星が見えづらくなるから、田舎に行かないと見えないね」


「私、あんまり遠くには行けないよ」


 彼女はさらに表情を曇らせる。

 まずい、幼女に悲しい顔なんて似合わない。

 俺は何とかその憂いを取り払うため、星に関する話を広げる。


「そうだ、桜子ちゃんの好きな星を見ることは天体観望と言って、天体観測とは違うんだ。違いが分かるかな?」


「うーん、観測はもっと難しい感じがする」


「正解かな。天体観測は見ることで観察して研究することなんだ。だから望遠鏡とかの観測器が必要なんだ。逆に天体観望は見て楽しむことも含まれているから、今みたいに夜空を見て楽しむだけで天体観望になるってわけさ」


 俺はポツリポツリと星の点在する夏空を見上げながら、出来るだけ噛み砕いて説明する。


「ええ、じゃあ桜人くんは観測が好きなだけで観望は好きじゃないの?」


 眉尻を下げて俺を見つめる。同じだと思っていた親近感が別物だったという不安によるものだろう。


「違うよ、逆なんだ。俺は元々星を見ることが好きだったんだ。その後中学校で天文部に誘われて天体観測も好きになった。そして高校も天文部がある所を選んだんだ」


「すごい! 桜人くんは星が大好きなんだね!」


 彼女はブランコから立ち上がって、パアアと光り輝く笑顔が向けられる。

 うん、やっぱり子供は純粋な笑顔が一番だな。


「でもロリコンさんなんだね」


 一転、哀れみの目で見つめてくる。


「……桜子ちゃん、次は嫌いなものについて話すよ」


「はい、どうぞ」


 何の感慨も無く促される。スルーされても動じないとは、なんて肝っ玉してやがるんだ。


「俺の嫌いなものは迷信かな。根拠の無い噂とそれに伴う他人の行動が嫌いなんだ」


「迷信って、例えばどんなやつ?」


「まず6が悪魔の数字だって言われてることが嫌だ」


 俺は苦々しそうに顔を歪める。


「桜人くん、怖い顔してるよ」


 彼女は顔を強張らせて気遣うような視線を向ける。


「ごめんごめん。子供っぽい理由なんだけど、聞いてくれるかな?」


「うん」


「ありがとう。俺の誕生日は、6月6日なんだ。6のつく日は悪魔の日だってよく馬鹿にされたよ」


「……何ていうか、どうしようもない生まれを馬鹿にする人もいるんだね」


「まあそんなことをするのはごく一部だし、高校に上がると無くなったけどね」


「そうなんだ、良かった」


「まあ当時さらにムカついたのは母親に文句を言った時だったよ。何で6月6日に生んだんだって聞いたら、『あの時は7月の終わりで暑くてムラムラしてきちゃったんだからしょうがないでしょ』ってね。なぜ親の情事を聞かされなければならないのか……あっ」


 マズい、愚痴に熱が入ってしまって失念していた。どう考えても幼い子供に聞かせる話ではない。

 俺が気まずそうに彼女に目を向けると、大人びた顔でニコリと笑った。


「大丈夫、そのくらいは知ってるよ。まあ、その内容を小学生に話すのはどうかと思うけどね」


 グサッッ


「も、申し訳ありませんでした」


「ふふん、特別に許してあげる。それで、他にもあるの?」


 俺は肩を落とす。

 幼女に気遣われる俺って一体……。いや、せっかくの気遣いなんだから、話を進めよう。


「ああ、うん、後は名前でもよくからかわれたかな。桜人(おうと)、つまり嘔吐だって言われてよく馬鹿にされたよ。これもさすがに高校生にもなって言ってくるやつはいないけどね」


「桜だなんて綺麗な名前が入っていたから嫉妬しちゃったんだろうね」


「ありがとう、桜子ちゃん」


 そう言われると、とても嬉しい。


 しかし、つまりそれは……


「人はそれを自画自賛と呼ぶ」


「何か言ったかな、桜人くん?」


 笑顔でこちらを見つめる目は一欠片も笑っていなかった。

 小声で言ったつもりなのに聞こえていのか。俺は瞬時に顔を逸らして否定する。


「ナンデモナイデスヨー」


「……ふうん」


「まあそんな感じで、迷信や根拠のない行事は好きじゃない、どちらかと言うと苦手に近いかな」


「ふーん、じゃあ今日からお盆に入ったけど、それも嫌いなの?」


「うーん、どうだろう。まあお盆自体を否定するつもりは無いけど、参加しようとはこれっぽっちも思わないかな」


「めんどくさい性格だね」


「ぐうっ」


 バッサリ切り捨てられた。ここは子供らしいと言うべきだろうか、容赦がない。


「ま、まあ現代の若者らしいとも言うよね、行事離れが進んでるって今朝の新聞で見たし」


「ふうん、でも根拠があるから行事とか迷信になったと思うから、出来るだけ守ったほうがいいよ?」


 言われてみればその通りかも知れないな。俺はそう思いながら。右腕につけている腕時計を見て時間を確認する。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」


「私のお説教が聞きたくなくて逃げるんだ」


 ジロリと睨まれた。


「違う違う、一応門限を決められてるんだ。高校生にもなってやめて欲しいよ、全く」


 そう思ってスマホを見ると着信が十四件入っていた。電話をかけたのはすべて母さんからだ。


「おかしいな、今までこんなに電話をかけてくることなんて無かったのに……何かあったのか?」


「だったら早く帰らないと。先に帰っちゃって大丈夫だよ、私はまだ星を見てるから」


 こんな所に幼女を一人で置いて大丈夫だろうか。不安と罪悪感が湧いてくるけれど、こんなにひっきりなしに電話をかけてくることは一度も無かった。


「本当に大丈夫? ああ、やっぱり心配だ。ごめん、帰るね!」


 俺は後ろ髪を引かれながらも走り出す。


 すぐに電話をかけ直す。コール音が聞こえるやいなや不機嫌そうな母の声が聞こえる。


「コラ桜人、何で電話を取らないのよ!」


「ごめん、ちょっと話し込んでた」


「~~~~~!」


 後ろで何か叫んでいるようだけれど、よく聞き取れない。申し訳ないけれど、ここは無視させてもらおう。


 そうして俺は帰路を急いだ。



      ☆



 次の日から夜になると公園まで散歩と称した幼女との密会に出向いたけど、彼女は三日経っても現れなかった。

 あきらめかけた四日目の夜、再び現れた彼女は「四日後にまた来ると言っていたのに聞いていなかったのか」と頬を膨らませた。通りで三日の間会えないわけだ。


 その日もまた、俺と彼女は色々な話をした。

 まず母からの執拗な電話は、まさかの弟か妹が出来たという驚愕の事実によるものだった。

 高校生の息子がいるにも関わらず子供が出来るとは何たることか。三か月目らしいらあれか、俺がゴールデンウィークに天文部の合宿に行っていた時か。

 などの愚痴をこぼした。


 それから彼女は大体五、六日に一度くらいのペースで、公園で俺を待っていた。

 公園に来られる日は決まっており、同じ日に来ることは出来ないそうだ。

 それからも他愛ない話をした。

 家族や友人、腐れ縁の幼馴染である(はる)()について話した。傾向としては俺の周りと天文部での天体観測の話が多い。もちろん目の前に夜空があるのだから、オリオン座のベルトなど、公園からでも見ることのできる星や星座の解説なんかもした。

 でも彼女はその度に本当の星空が見たいと言っていた。

 そして決まって光の少ない田舎に行くことは出来ないとも言っていた。

 何とか公園から満点の星空を見せてあげたいけれど、天文部にある望遠鏡などの機材は学校から持ち出すことは出来ない。それに望遠鏡で一部分の星を見ても彼女の願いを叶えた事にはならないだろう。


 やっぱり本物を見せてあげたい。


 それが夏休みの終わりから続く俺の悩みだった。

 そして俺は10月に入ったある日、登校前に回覧板からそれ(・・)を知った。



     ☆



「さてと、行くか」


 別れが近づいているからだろうか。俺はこれまでの彼女との記憶を思い返していた。

 足を早めること少し。思い返しながらもゆっくりとした歩調で進んでいたようだ。ほどなくいつもの公園が目に入る。


「この公園、昔はよく遊んでたっけ」


 ふと思い出す。小学生の頃だろうか。自宅から小学校に向かう通学路から少し外れた所にあった公園だったけれど、よく遊んでいた。確か幼馴染の陽菜と後何人かの友達と一緒に遊んでいたはずだ。小さい頃だからか、記憶が曖昧だ。


「まあいいか、今はこっちのほうが大事だ」


 俺は薄れる記憶を思い出すことを放棄して公園に足を踏み入れる。


 ザリッザリッザリッ


 今となっては聞き慣れた砂音を耳にしながら、公園の中心に進む。


「今日は来るのが早かったね、桜人くん」


 相も変わらず、彼女は真っ白なワンピースを揺らす。

 時刻は8時54分。いつもより一時間近く早い時間帯だ。しかし早く来たのには理由がある。


「まあね。今日こそは桜子ちゃんに満点の星空を見せられるんだから」


「でもほんとに街中の明かりが消えるの?」


「本当だよ。この前はチラシを持ってくるのを忘れてたからね。ほら、これだよ」


 俺はポケットから回覧板と一緒に回されたチラシを見せる。


『ハロウィンによる消費電力の増加が懸念されるため、事前に計画停電を行います。ご協力の程よろしくお願いいたします』


 チラシにはそう書かれていた。そして一番最初に実施される地区がこの公園の周辺一帯だ。開始時間は21時~23時頃とされていた。


「ほんとだ。本当に町の電気が消えるんだね」


 彼女はニヨニヨと嬉しそうにはにかむ。


「もしかして俺の言ったこと信じてなかったの?」


「ソンナコトナイデスヨー」


「……」


 俺は激しい既視感デジャヴに襲われる。これはツッコんだら負けだ。


「まあいいや、もう57分か。後4分だね」


「そういえば、お母さんは大丈夫?」


 その一言だけで、すぐに新しい家族のことだと察する。


「うん。前までつわりで辛そうだったけど、最近は治まってきたみたいだからね」


「そっか、良かった」


 そう言って胸を撫で下ろす。


 気配りも出来るとは、彼女の器が計り知れない。


「まあ他の人に比べると、まだマシな方らしいよ」


「そう言ってお母さんの手伝いとかあんまりしてないんじゃないの?」


 何故疑いの目を向けられないといけないのか。


「いやいやいや、めちゃくちゃこき使われてたから。手伝わないと逆に後が怖いから」


「ふうん、だったらいいけど」


 時計を確認する。時刻は59分。


「後1分ぐらいだな」


 そう言った瞬間、光が消えた。

 あたり一帯が暗闇に包まれた。


「秒針を見てなかった……」


 一分も無かったようだ。思わず言い訳してしまう。


「もうっ、何やってるの。カウントダウンやりたかったのに!」


 声のする方を見やると薄らと幼女らしき輪郭が見える。


「まあまあ、でもこれで星がよく見え……」


 そう言いながら見上げた俺は、言葉を失った。

 そこには掛け値なしの満点の星空が広がっていた。

 赤、青、白、黄色にオレンジ色など、数えきれないほど色とりどりの星々。

 大きさや輝きも一つ一つ違いがあって飽きることの無い、空のイルミネーションを魅せてくれる。いや、イルミネーションが星空を模したのかも知れない。


「きれい……まるで星の宝石箱みたい」


「箱から溢れそうだけどね」


 ロマンチックな雰囲気に浸っていたであろう彼女は、徐々に闇に慣れてきた目を通して頬を膨らませているのが分かる。


「もう、なんでそういうデリカシーのないこと言うかな」


「箱から溢れるほどの星があるってことさ」


 俺と彼女はそれから数十分もの間、星を見上げて堪能した。

 静寂の下で星の煌めきを見つめる中で、俺は沈黙を破った。


「桜子ちゃん、これで君の願いは叶ったのかな?」


「そうだね、私が一番見たかった光景だよ」


「君は、満足できたんだね?」


「うん、もちろん!」


 星を見上げていたから顔を見ることはなかったけれど、彼女が笑っていることは声だけで分かった。


「じゃあ、お別れだね」


「……ふうん、私が誰だか気づいてたんだ」


 そう言って笑う声は、どこか大人びた雰囲気を感じさせた。


「じゃあ問題です。私は誰でしょうか」


 俺は星空から目を下ろし、微笑みながら見上げてくる彼女を見つめた。


「未練を持った幽霊、でしょ?」


 やはり彼女は霊だったのだ。変わらない服装、決まった日の夜にしか会えないことなどから想像がつく。

 しかし、俺の答えを聞いた彼女は大きく目を見開き驚きの声を上げる。


「へ? それが答えなの? それだけ?」


「え? そ、そうだけど?」


「あ、あー……うん、なるほど」


 戸惑う様子を見せながらも、一人納得する彼女は呆れたようにため息を吐く。


「はあ、まさか桜人くんがここまでおバカだったとは思わなかったよ」


「えっと、桜子ちゃん?」


「ねえ、オウくん、ほんとに気づかないの?」


 ……オウくん?


 どこかで聞いたことがある。どこだろう。


「それは誰の事を」


「やっぱり思い出さないようにしてたんだね。というか記憶を封印してた、のほうが正しいのかな」


 彼女は、何を言っているんだ?


「ねえ、オウくん。なんで君は星を好きになったのかな。そのキッカケが何だったか覚えてないの?」


 星が好きになった、切っ掛け?


「オウくんは言ってたよね? 小学校時代にはよくこの公園で遊んでたって。それは誰と遊んでたの?」


 誰と?


 誰ってそれは……


「それは、幼馴染の陽菜とそれと……」


「陽菜だけ?」


「それ、と。誰か、いた。誰か」


 誰だ。誰がいた。


「はあ、ここまでオウ君の記憶力が悪いなんてね。まあ、それだけ思い出すのが怖いってことなのかな。ねえ、オウくん。サク姉ちゃんは悲しいよ」


 サク、姉ちゃん?


 ああ、そうか……思い出した。思い出してしまった。

 いや、思い出さないようにしていた。


「そうか、そっか。サク姉ちゃん……思い出したよ。そうだ、サク姉ちゃんだ」


 途端に視界がぼやける。頬に熱いものが伝う。


「やっと思い出したんだ。あの時はごめんね。ボーっと星を見ながら歩いてたら車に轢かれて死んじゃったんだ」


 そう、彼女……サク姉ちゃんはおどけた様に肩を竦める。

 サク姉ちゃん。彼女は陽菜の姉にあたる二つ年上の幼馴染だ。しかし俺が小学四年生の夏、車に轢かれて打ち所が悪かった所為で亡くなった。


「そっか、ただの霊じゃなくてサク姉ちゃんだったのか」


「うん」


 嬉しいけど悲しいような笑みを浮かべていた。


「でも死んだ理由が星を見ていて車に轢かれたからなんて……前半だけだとロマンチックなのに後半も聞くと馬鹿っぽいよね」


「ううっ、それは言わないで」


 サク姉ちゃんは頭を抱えて蹲った。


「さすがに自覚はあったのか」


「はい。その通りです」


「それで? おじさんとおばさんに陽菜、それに俺も悲しませておいて何で霊なんかやってるの? 星を見るのが未練じゃないなら何が気にかかってるの?」


「うーん、お父さんもお母さんも能天気だし切り替えが早い人だから、大丈夫だと思ってたんだよね。陽菜も同じかな。でもオウくんは、心配だったからさ。それが未練になっちゃった」


 それは、何というか


「えーっと、ご心配をおかけしました?」


「ふふっ、そうだね。でもこの公園から出ることは出来なかったんだよね。なのにオウくんだけじゃなくて誰も遊びに来なくなっちゃうじゃない?」


「そりゃあ、サク姉ちゃんが公園のすぐ横の道路で轢かれたわけだしね。そんな所で遊ぼうとは思わないよ」


「あー、やっぱりそうだよね」


「はあ、それじゃあ何で現れる日が不定期だったの? 幽霊だったら毎日出てこれると思うけど?」


「ええー、オウくんったら分かって言ってるでしょ? 途中から次はいつ会えるのか聞かなくなったじゃない」


 サク姉ちゃんはニヤッと実年齢相応の笑みをもらす。


「まあね。仏滅、でしょ?」


 そう、サク姉ちゃんは仏滅の日になると公園に現れていたのだ。会った日にカレンダーに印をつけている時に気づいてからは、仏滅の日だけに公園に行くようになった。


「正解。仏滅の日は霊の力が強くなる日なんだよ。元々は霊が活発に動いて悪さをしていて不吉な日、ってことで『仏も滅亡するような凶日』って意味になったんだよ」


「つまり仏滅という名前が後から付けられたと?」


「そういうこと」


 霊界隈では常識なのだろうか。


 サク姉ちゃんは大きく胸を張る。平らな胸が地平線のようだ。


「ほら、私の言った通り行事や迷信は意味のあるものだったでしょ?」


「まあ確かに、ね」


 認めざるを得ない。これからは行事や迷信嫌いを直す方向で検討するしかない。


「しかもお盆の日は更に霊力が上がるからね。あの日に会ってオウくんが私を認識することで、その後もずっと会うことが出来たんだ。もしそうじゃなかったら灯りが無かったりしないと私を認識出来なかったと思うよ」


 つまりお盆と仏滅のダブルパンチで奇跡の再会を果たすことで出来たということか。行事様々と言うことになる。


「はあ、もう認めるしかないね」


 自分の嫌いなもののおかげで初恋の人に会えたのだ。認めるしかない。


「ふふん、でしょ?」


 またしても胸を張る。

 こうして見るとサク姉ちゃんの口調や表情の一つ一つが年上のものにしか見えない。長々とした説明もこなしている。当初の幼女然とした動作はどこに行ったんだ、これじゃ詐欺だ。


「サク姉ちゃん。ふと思ったんだけど、俺だって分かってたのなら何で最初はあんな幼女っぽい感じで話しかけてきたの?」


「……オウくんが好きそうだったから?」


 本当に詐欺だった。いや、思いやりのある詐欺か? まあ詐欺ってことか。 


「でもこうやってオウくんが心配ないくらい元気で過ごしていることが分かって、お姉ちゃんは満足です。霊になった甲斐があったかな」


 そう言ってサク姉ちゃんは笑う。

 未練の無くなった霊。それが意味することは一つだ。


「サク姉ちゃん……」


 瞼が熱くなる。


 突然の別れ。仲良くなった一人の霊との別れではなく、昔亡くなった幼馴染との別れに変わったのだ。心の整理がまだ追いついていない。


 よく見るとサク姉ちゃんの姿が薄くなっていた。消えかけているのだ。


「もう、男の子がそんなに何度も泣いちゃダメでしょ。そう言えば、あの時の答えがまだだったね。もう一回言ってくれないかな?」


 悲しみと嬉しさが綯い交ぜになった微笑み。その微笑みも向こう側が透けて見える。

 もう会えないはずの幼馴染に偶然会えた、ただそれだけだ。それだけのはずだ。

 サク姉ちゃんが事故に遭った前日、その時に言った決意の言葉を口にする。


「サク、姉ちゃん。っう……」


「はい」


 涙が止めどなく溢れる。もう人に向けられるような顔では無いだろう。

 でもこれは、幼いあの日の頃の決意。

 そして今は別れの言葉。


「俺は、俺はサク姉ちゃんが好きです! 結婚してください!」


 その言葉を聞いたサク姉ちゃんは二コリと笑った。


「ありがとう。でもごめんね、私はもう死んじゃったから、他の子を幸せにしてあげてください」


 サク姉ちゃんは寂しげに笑った。


 それは、あの日望んだ承諾とも拒絶とも異なる返答。


「うん、分かった」


 そう言って俺は精一杯の笑みを作った。


 きっとそれは、今までで一番ひどい笑顔だっただろう。


 その日、俺の止まっていた初恋が終わった。





 結局の所、俺は幼い少女が好きなわけではなく、サク姉ちゃんが好きだったのだ。

 俺の中でサク姉ちゃんは唐突にいなくなった姿のまま時が止まっていた。その口調が、行動が、容姿が思い出せないサク姉ちゃんの代わりとして幼女という括りに変質したのだろう。


「ちょっと桜人、早く行かないと遅刻するわよ」


 上の空で考えている中、声をかけられる。

 声の主は幼馴染の陽菜。サク姉ちゃんの妹だ。


「そうか、今って学校に向かってるのか」


「はあ? 何言ってんの? ここまで無意識に歩いてたってわけ?」


 非難がましい目を向けられる。


 サク姉ちゃんと別れの言葉を交わしてからまだ半日も経ってない。昨日はあの後一睡も出来ていないのだ、感傷にも浸りたくなる。


「まあ、色々悩みごとがあってさ」


「ふうん、脳天気なロリコンのくせして悩み事ね。小っちゃい子でも見てたら治るんじゃないの?」


 そう言って陽菜は早足で歩き出す。

 なぜ姉妹そろって俺への扱いがこんなに雑なのだろうか。いや、妹の場合は日ごろの俺の行いが原因か。

 俺は陽菜に置いて行かれないよう先を急ぐ。

 黙々と歩くこと数分、校門を通り過ぎた時に陽菜の腰まで伸びた黒髪が目に入る。サク姉ちゃんとの出会い出い会いによって昔に思いを馳せるようになったからだろうか、俺はふと思い出す。


「なあ、陽菜」


 陽菜は俺の呼びかけに振り返ることなくぞんざいに返す。


「何よ?」


「陽菜ってサク姉ちゃんが亡くなる前は髪をまとめてポニーテールにしてなかったっけ? でもあれからサク姉ちゃんみたいに髪を下ろすようになったよな。何でだ?」


「っっ!!」


 ビクッと強張る体。


「……陽菜?」


「な、何でもないわよ! あんたには関係ないでしょ!?」


 そう言うなり、陽菜は物凄いスピードで校舎に消えていった。


 あの姉妹は颯爽と姿を消すのが得意なのか?


 俺の中の幼馴染(・・・)たち(・・)は、今日も元気だ。



いかがでしたか?

実はこの作品、「夜中に公園で一人の少女を見つける」という友人の冒頭を聞いたに、パッと頭に思いついたオチに沿って書き上げた作品でした。

それがいつのまにやら幼女、霊、幼馴染、年上と属性のオンパレードに。

どうしてこうなった……。

それでも楽しく書けたので結果オーライです。

そしてまた、読者様がその作品を楽しんで頂けたのなら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 出だしの状況描写が秀逸。 夜の世界に女の子が取り残されている的な感じがして、何だか引き込まれました。 それから、主人公と女の子の掛け合いが程よいテンポ(地の文と会話の割合的に)で、スラスラ…
[良い点] 面白い。
感想一覧
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