こんな夢を観た「なんとなく違う、いつもの風景」
朝、ベッドで目が醒める。表ではスズメがさえずっているし、通りをクルマが行き交う音も聞こえる。
ぼんやりとした頭が、だんだんと現実に馴染んできた。いつもと変わらない朝。そうだ、ありふれた日常の始まりである。
それなのに、心の隅でかすかな違和感を感じている。サカナの小骨が喉の奥に引っかかっているような、けれど、気にしなければどうってことのない、微妙な感じ。
タンスから着替えの下着を出して、シャワーを浴びてくる。
蛇口を捻ると、ぬるめのお湯が勢いよく降り注いだ。設定温度は、いつも通り。けれど、何かが違う。確かに温度はちょうどよかったが、髪や肩を叩くシャワーの感触が昨日とはわずかに違う気がする。
コーヒーをすすり、トーストをかじっている最中にも、それを感じた。味も食感もまったく変わらないのに、頭の中で「変だぞ」とささやく声がする。
見慣れた通学路さえ、なんだか様子が変わって見えた。コンクリート塀の染みが違うのか、それともアスファルトの色が褪せたのか、一部を見るとわからないが、全体として目に収めた時、強い不一致感を覚えるのだ。
それに加え、視線を感じ始めていた。家の中では意識にすら上らなかったが、今はあからさまなほど見られている感覚がある。
まるで、空から誰かが自分を観察しているかのようだ。
思わず見上げてみるが、よく晴れた青い空と、いくらかの雲が浮かんでいるばかり。せめて、飛んでいる鳥でもあれば、無理やりにでも理由をこじつけられるのだが、カラス1羽、見当たらない。
かえって、薄気味わるく思えるのだった。
「おはよう、むぅにぃ」席に着くと、クラスメイトが声をかけてくる。
「おはよう、中山ちゃん」わたしは返した。
「どうかした? なんだか、冴えない顔してるよ」心配そうな顔で聞いてくる中山。
「なんだか、今日は周りの世界がいつもと違って感じられるんだ」わたしは言った。
「いつもと違う? どこらへんが?」
「それが、よくわからなくって」わたしは、どう答えていいか戸惑ってしまう。「一見、何もかも同じなんだけど、本当は違うんだ、って気がしてしかたないんだよね」
「そういうの、あるある。疲れてるとなるんだよ。それか、悩みごとがあったりするとさ。気にすることないよ。いつの間にか治っちゃってるから」中山は屈託なく言う。
そうかもしれない。ここのところ、新作ゲームにはまっていて、寝不足が続いたからなあ。
「みんな、経験してるんだね、こういう感覚」
「そうだよ、よくあることだって。それより、数学の宿題やってきた? 連立方程式って面倒だよね。ねね、答え合わせしない?」
「うん、やろう、やろう」
わたしは束の間、件の違和感を忘れることができた。
1時間目は科学だった。
実習室の棚には、黒い布をかぶせた水槽が、班ごとに並べられている。
「先週捕まえてきたアリンコ、ちゃんと巣を作ってるかな」わたしは言った。
「きっと、できてるよ。何十匹も捕まえたじゃない。女王アリっぽい、羽の生えたのもいたから、もしかしたら卵も産んでるかもしれない」中山が期待を込めて答える。
わたしたちの班の水槽から、布を取り除く。果たして、ガラスの内側には迷路のようなアリの巣が広がっていた。
「ほら、言ったでしょ? きれーに作ってる」と中山。
「働き者だよね、アリって。見習わなくちゃ」わたしはガラスを指でコンコンと突いてみる。
アリ達が慌てたように四方へと散った。
ふと、視線を感じた。わたしは反射的にそちらを振り返る。
開け放たれた窓からは校庭が見下ろせた。人っ子一人おらず、校門の前を時折、クルマが通っていくだけである。
(いや、誰かが見ているとしたら町中なんかじゃなく、空の上だ)わたしは心の中でつぶやいた。
さっきよりも雲が出てきたが、相変わらずいい天気だ。もし、あの彼方から覗う目があるとすれば、その正体はいったいなんなのだろう?
「人工衛星とか……。ああ、でも、そういう機械的な感じがしないんだよなぁ。意思を持って見つめてるような……」
神様かもしれない。地上に住む人間を、半ば面白半分に観察しているとか。
広いと信じていたこの世界が、窮屈で、息苦しい、箱庭のような場所に思えてきた。
「箱庭かぁ。なるほど、朝から感じていた違和感というのはまさにそれかも。自由があるように見えて、何者かに捕らえられているんだ。しかも、自分じゃ、そのことがわからない」自分の言葉に、自分でうなずく。「それにしても、いつから箱庭に住み始めたんだろう。寝ている間に? それとも、この宇宙そのものが箱庭で、自分たちは初めっからそこに閉じ込められていたのかなぁ」
アリの巣を、じっとのぞき込む。
また、あの「見られている」感じが強くなってきた。




