時雨と陰陽師
春と紀一が帰った後の夕方。鼻歌を歌いながら、白色と紫色のフリージアの花を花瓶に飾っていると、チリンチリンとドアが開く時に鳴る鈴の音が聞こえてきた。
「時雨ちゃん、久しぶり〜。あげたい物があるんだけど〜……いいかな?」
「えっ、あ……はい。陰陽師さん……いらっしゃいませ。どうぞ、カウンター席へ」
珍しい来客者に、戸惑いを隠せなかったけど……用事があるようなので、ちゃんと接客はする、店主としては当たり前だろうけどね。
彼は懐から、箱のようなものを出して、僕の目の前に置いた。そんな様子を僕は毎回、「陰陽師さんの服の構造はどうなっているんだろう」って思ってしまうが、いけずな性格をしている陰陽師さんのことだ、教えてくれないだろう。
と、考えながら僕は、陰陽師さんが差し出した桐箱を開いた。そこには……シトリンと言う宝石と、ターコイズと言う宝石が入っていた。
「シトリンとターコイズ……ですね。この宝石、どーしたのですか?」
「えへへ〜……秘密! それより、霊力を持ってそうな子の情報が欲しいんだけどな、その宝石は情報報酬ね?」
と、幼さが見える笑顔で笑う陰陽師に、僕は情報が早いなぁ〜……と考えながら、星のような輝きを持つシトリンを眺めていた。
「シトリン……前から欲しかったんですよ。それに……陰陽師さんに、あの子とつくも神さんを鍛えて貰えれば安心ですからね」
とにっこりと笑いながら、キッチンにある金庫にシトリンとターコイズを丁寧にしまってから、陰陽師さんに彼女の話をし始めた。
「五月さまはですね、稀にいる『つくも神に好かれやすい体質』の持ち主の方だと思います。彼女の周りには、彼女が“見えていない”だけで、たくさんのつくも神がいました。彼女の霊力が覚醒するのも時間の問題でしょうね」
「そうなの……流石だね、時雨ちゃん。まあ? 時雨ちゃんのことだから、手は打ってあるんでしょ?」
と、自信ありげに言う陰陽師さんに、僕は満面の笑みでコクンと力強く頷いて見せた。
「勿論、です。そんなヘマはしませんよ。覚醒したら、絶対にここへと来ます。それが彼女の“運命”とも言えますし、“定め”でもありますからね。
それから毎回、釘を指すようで悪いのですが……僕は、貴方以外の『陰陽師』は大嫌いですからね。貴方だからこそ、教える情報です。まあ、ね……五月さまがアイツらのようにならない教育を心がけて下さいよ、絶対に……」
「勿論、だ。君にここまで信頼されているとは……光栄です。この話はもう終わりにして、いつもの……頼むよ。時雨ちゃん」
と、僕の軽く脅迫のような言葉を、陰陽師さんは手慣れたようにかわしてしまった。そんな陰陽師さんの様子を見て、ニコニコと笑いながらキッチンへと行き、彼の頼むいつものメニューを作り始める。
陰陽師さんがいつも頼むのは、カモミールティーと野菜たっぷりのペペロンチーノ、デザートにホットケーキである。僕は黙々と料理を作り、20分ほどで作りあげて陰陽師さんの座るカウンターのテーブルへと運んだ。
陰陽師さんは嬉々とした表情をしながら、黙々と食べ進めていく。そんな陰陽師さんの様子に、子どもっぽいなと考えながら、食べる様子を眺めていると……早食いな陰陽師さんは、いつの間にか食べ終えていた。
そんな陰陽師さんの胃を、親しい妖怪さん達は……“ブラックホール”と呼んでいる。その話を聞いた時は、確かにと納得したし、その後は爆笑……とまではいかなかったが、笑った。陰陽師さんの食事の仕方は、『食べる』と言うよりは、まるでブラックホールのように『吸い込む』と言う表現が正しいと、僕はそう感じている。
「ふぅ〜……ご馳走様でした。相変わらずの美味しさに、頬っぺたが落ちそうだった」
と、早食いのくせに、あまり食べない陰陽師さんはそう僕に言った。
そんな僕は、陰陽師さんにこう言った。
「ありがとうございます、陰陽師さん。……貴方は、フリージアの花言葉を知っていますか?」
と、お礼を言った後に、話の繋がりもなしに僕は、陰陽師にそう聞いた。彼はそのことを気にもせずに、首を傾げていた。
「確か、フリージアの花言葉は“あどけなさ”です。」
「へぇ〜……そうなんだ。時雨ちゃんってば、ロマンチストだねぇ。」
と、ほのぼのとにこやかに笑う陰陽師さんに僕は苦笑いをした。
陰陽師さん、僕より貴方の方が大人なのに……子どもっぽいな〜……なんて考えながら僕は再び、苦笑いをしたのであった。
陰陽師さん
子どもっぽい性格のおかげで、世話好きな妖怪さん達と仲良しである。
この陰陽師は、高位の方の陰陽師なのだが……狐火と同じく、仕事以外では何処か抜けている面がある。
年齢不明で、時雨曰く、「僕が妖怪さん達に育てられた時から、全く歳をとってないよ」……らしい。
子どもっぽいが、狐火のようにミステリアスさも持つ人。
陰陽師曰く、「妖怪は友人だ。出来るなら、退治をしたくない……」と言っている天然さんである。