時雨と名無しさん
僕は、closeにした看板をopenに直して、依頼人から預かった『水晶のかんざし』を眺めていると、チリンチリンとドアと同時に鳴る鈴の音を聞いた時、僕は満面の笑みで……。
「いらっしゃいませ……って、名無しさんじゃないですか。3日ぶりでしょうか……お久しぶりですね、お好きなカウンター席へどうぞ?」
「おぉぅ……ちゃんと来た日にちまで把握してんのかい。すまないね、メニューはいつものを頼むよ」
水晶のかんざしが入った桐箱をカウンターのテーブルに起きっぱなしにしたまま、にこやかに「はーい」と返事をしてから、名無しさんがいつも頼むメニューを作り始める。
一応は、僕も調理師の免許は持っているんだ。そうじゃないと、お店は開けないからね……と考えながら名無しさんの好きな野菜たっぷりナポリタンとアイスカフェラテを作って、彼がいるカウンター席へと運んでいく。
「お待たせしました、野菜たっぷりナポリタンとアイスカフェラテです。で、それよりもですね……その桐箱の中身どう思います?」
「おう、ありがとう。と、言われてもナァ〜……俺にはちぃーとも、わかんねぇよ。うん、相変わらずいい味覚してんな、時雨」
滅多にお世辞を言わないと噂されている名無しさんに褒められれば、心配症な僕でも自信がつく。だから、僕は営業スマイルじゃなくて満面の笑みになりながら、『ありがとうございます』とお礼を言った。
「お前くらいの歳になれば、可愛いげがなくなるもんだが、お前はいつに経っても素直で可愛いヤツだな。長い時間、人間たちを見てきたが……こんなにも素直で可愛いヤツは見たことねぇーよ」
「ん〜……男の僕としては、可愛いと言う表現はちょっと気に食わないけど、きっと名無しさんたちの育て方が良かったんだよ」
と、思わず敬語をするのを忘れて、そう言ってしまった。そんな僕のことを、名無しさんは声を出して笑って、僕の頭を撫でた。
「相変わらず、可愛いことを言ってくれるわ。だから、ここに来たくなる。お前は、俺たち妖怪の可愛い可愛い子供だよ。狐火のあんちゃんもきっと……会いたがってるぜ」
「ん〜……3ヶ月くらい顔出してくれてないんですよね……。あの人、強いのに自分の身の回りのことに無頓着なんで、僕は凄く心配なんです」
プハッとまるでビールのようにアイスカフェラテを飲み干して後、ハハッとまた名無しさんは声を出して笑った。その後に、「ちがいねぇーや」と小さく呟いてから、野菜たっぷりナポリタンとアイスカフェラテの代金をおいて、喫茶店『狐火』から名無しさんは出ていった。
「ありがとうございました〜……名無しさんっ!」
名無しさんが出ていった後に、少し寂しい気持ちになったけど……それ以上に優しさに包み込まれるような気持ちになった。
ここは、喫茶店『狐火』……妖怪たちが集う喫茶店……。