一四九三日目
母よ、今日は人間の街に行く日です。
どうか何事もないよう見守っていてください。
我はもう一度ヒトを眺めた。
いつもどおりの黒い髪に黒い瞳、人間の中にもまれにいるから大丈夫だ。
以前街に行ったときに買ってきた薄い青色のワンピース、街で買ったのだから問題は無い。
一時的に軽量化の魔術がかけられているなめした毛皮の入った袋、魔力は漏れていない。
『よし、ではヒト、気をつけて行くんだぞ』
『そんな心配しなくてもいつものことだし大丈夫だよ』
そうは言われても心配なものは心配だ。
十二歳の子供が大量の毛皮を換金しに来る。人間は愚かで欲望が強い生き物なので金を強奪、さらには人買いに売り飛ばすことなども考えられる。
『人間はお兄ちゃんが考えるよりもいい人がいっぱいいるんだよ?』
『お前はこの街しか知らないからそんなことが言えるんだ。いいか、何かあったらすぐに呼ぶんだぞ?』
『はいはい、行ってきます』
『気をつけろよ』
ヒトを見送った我は、無事戻ってくるよう祈りながら待ち続ける。
いつものことながら一瞬であるはずのその時間がやけに長く感じられ、ヒトは無事なのであろうか、我を呼ぶことができない状態ではないだろうか、嫌なことばかりが思い浮かびそれはヒトが戻るまで続けられる。
街からの帰り道、ヒトと荷物を背に乗せて空を行く。
『ね、お兄ちゃん』
『どうした?』
『やっぱり共通語だけじゃなくて竜語も魔術で覚えたいんだけど……』
『だめだ、共通語で熱を出して寝込んだのを忘れたのか?』
今日街へ行かせた事から分かるとおり、ヒトは共通語を話すことができる。
これはつい先日、千日程前に食事に耐えかねた妹が泣き喚き、人間の街へ連れて行くことを約束させられたためである。
その手始めとして世界で使われている共通語を覚えさせたのだが、知識の転写に耐えられなかったヒトは熱を出して寝込んでしまった。
それ以来、教育は地道に行うことにしている。
『私も早く魔術の勉強したい!』
『何度も言わせるな。それは竜語を覚えてからだ』
『ちぇ、けち』
『ところで、今日は何を買ってきたのだ?』
『えっとね、足りなくなってきた塩と、お芋と……』
こうして、我達は無事家へと帰ったのだった。