クリスマス
短い一年の中で最も天球の力が弱まる日、この日人間たちは一日中家の中にあるどこかの火を落とさぬようにして天球に力添えをするらしい。
『うちのお城では門をくぐったとこにある広場で大きな焚き火をして、城下町の人達にちょっとした食べ物配ってたんだ!』
とはすぐ下の妹の言葉である。
そんな妹は異界の知識を持ち、正体を秘し人として暮らしていた時に多くの料理や風習を広めた。この日にシラムの実を茹でた汁で髪を洗ったり、子供等に贈り物をするのもその一つ。
「クルシマス、だったか?」
人の姿に身をやつし、くれぐれも他の竜に見つからぬようにと気配を隠しながら歩き、我は呟いた。
人間の風習にはあまり興味が無かったが、前回ドラグニールにあるニジェール孤児院へと訪れた際にジュジュが話してくれたので、妹であるリリーアンシェルから話を聞いたのだ。この日専用の挨拶もあるらしい。間違えぬように練習しておこう。
「エリ、ん?違うな。リー?おぉ、そうだ。『ベリークルシマス』だったな」
忘れぬように口の中で呟きながら落ちかけた袋を担ぎ直す。たくさん採ってきたこれを気に入ってくれると良いのだが。
母の転生体であるジュジュが産まれて三四六〇日、人間は日では無く年単位で祝うそうなので、十年目の今日を祝いにニジェール孤児院へと足を運んだ。
ジュジュのことは他の兄弟達には隠している。竜の里で子供達の面倒を見ている下の妹、シェニルエニルシェイラが子供時代の大切さを語ってくれたので、五〇〇〇日間くらいは平穏に暮らしてもらいたいと思ったからだ。
「あ、シアンだ!いらっしゃ〜い!!」
我が孤児院の門をくぐると同時に建物の扉が開き、ジュジュが顔を出した。ただの人だと言うのにどういうわけかいつも決まって一番に出迎えてくれる。
今世の両親から疎まれる原因となった前世名残の双眸が真珠色に輝いていた。
ちなみに、道中人間どもが交わす挨拶を聞いて『メリークリスマス』と言うのが正式らしいと理解している。
庭の中程まで駆け寄ってきたジュジュの前でしゃがみこみ、視線を合わせた。
「メリークリスマス、ジュジュ。良い子にしておったか?」
「えー、うん、私はいっつも良い子だよ」
その言葉に頷いて、担いでいた袋を渡す。
「ではこれを贈ろう。産まれて丸十年の祝いも兼ねてな」
「え、私の誕生日は明日だけど?丸十年?……あ、そういうことね。ありがとう、シアン!」
少し不思議そうな顔をされたが嬉しそうに受け取ってくれたので良いとしよう。
「これなあに?……果物?見たことないけど良い匂いね」
「ラシアルの実だ。口に合わなかったら売るといい」
我らを建物の中から伺っている子供等に全員分あるから喧嘩をせぬよう言いつけ、
長居をするのも他の兄弟に気がひけるので、用事も済んだからと早々に孤児院を後にした。
「にーちゃんおっそいよ!ねーちゃんずっと待ってたんだからな」
ヒト料理店の前では人の姿をした弟のテーオルハディンが待ち構えていたので言い訳をしながら降り立った。
「中々大きい物が見つからなかったものでな。ああ、毒抜きは済んでおる」
店の扉より一回り大きな鳥を置いて人の姿をとる。
「うわぁ!大毒吐鳥だ!!俺これ大好きなんだよな〜、さっすがにーちゃん、ねーちゃん呼んでくるから!」
「ああ、別に良い。この大きさでは中に入らぬからな、裏に持っていく」
中に戻ろうとした弟の背中にそう声をかけると「わかった〜」と返事があった。
言った通りに鳥の翼を握って裏へと引きずって行く最中店の中から声がする。妹達のものだ。
「あぁっ、ケーキの最上段が無くなってる!?ニジ、あなた食べたでしょっ!?」
「いぇ、あの、ほんの一口だけ……のつもりで……何故か、ええっと、止まらなく、て……」
「もうっ!念のために作っといた予備使うけど、次やったら怒るからね!!」
「うぅ、これを目の前に手を出すなとは、姉様はひどい人です……」
「……本気で怒るよ?」
「っ!?ごめんなさい!!」
うむ、いつも通りのようだ。
これだけ元気ならば明日の天球調整もしっかり働いてくれそうだな。
一五四〇日後、立派に成長した妹弟達をジュジュへと紹介する時のことを夢想しつつ、我は店の中へと声をかけた。




