二三〇八〇日目
日が昇ってきたか……。
あれから、我が放つ魔術の数々をヒトは残らず防ぎきって見せた。
竜に戻って焼き払うこともできたが妹の成長が嬉しくついつい長引かせてしまった。とはいえ、すでにヒトの魔力は尽きかけようとしている。
周りの人間どもは疲労と緊張で倒れる寸前だ。
かくり、と膝をついたヒトの体が淡く輝き始め、光が収まると同時に着ていた服が床に落ちた。
もぞもぞと布をつつき、ようやく紫の鼻先を覗かせた。這い出てきたのは薄紫の小さな妹だ。
「人化する魔力も使い果たしたか、ヒト、おいで」
「ぐわっ!」
小さな牙をむき威嚇するが、我は気にせずに小さな竜を抱き上げた。
母よ、今は亡き母よ。あなたの考えた名前がようやく一つ役立ちそうです。
『女の子で、紫の鱗だったらリリーアンシェル』
それは、母の古い友人の名前。
美しい紫の瞳を持った、優しい人間の娘の名前。
「貴様ら、運が良かったな。今回は、今回だけは人間を見逃してやろう」
王が何か言いかけるが聞く気はない。
「ギン、ニジ、お前達もいくぞ」
こっそり様子をうかがっていた二匹に声をかける
きょとん、と首をかしげるヒトに笑いかけた。
「さ、帰ろうか」
五二年分の遅れを取り戻さねばな。




