ヒトちゃん家出録
1000ユニーク突破して 嬉しくて衝動書きです
気付けば真っ暗な中で身動きが取れなくなっていた。もがこうにも狭い中にみっしりと詰まっていてどうしようもない。どうにか動く指先でカリカリと壁を削っていると、外からもガリガリと音がした。
誰かが助けようとしてくれてる!!
勇気付けられてなおもがんばり続けていると、パキン、ついに壁に穴があき、光が差し込んだ。
一度穴があいた壁はもろく、少しずつ小さかった穴を広げていく。顔が通るだろう大きさになったので外を確かめようとしたら鼻の辺りで引っかかってしまった。ぐぐいっと力を入れるとパキパキと穴が広がっていく。うぅ、外が明るすぎて眼がしぱしぱする、ぬ、と何かが日を遮ってくれたので目を開くと、そこには巨大な青緑色のトカゲがいた。
驚いた私は視線をそらす、すると私の肩辺りが視界に入った。白い?肩をすくめるとそれが動く、白い鱗で覆われているそれが。
と、トカゲ、私もトカゲになってる?ウソうそっ!?
私は人間、私は人間、目を閉じて夢であれと呟いていると体の奥から暖かい何かが湧き出てきて……。
気付けば私は人間の赤ちゃんになっていた。これはこれでまずい。
隣にいるトカゲを見る。さっきまでは同族だったけど今の私はエサに見えるんじゃないかな?今は私のほうが大きくなったとはいえ所詮赤ちゃん、自分では動くこともままならない。
トカゲは私の入っていた卵の破片を手に取ると、鋭い切っ先をこちらに向けて、私の口の中に押し込んできた!?
固い感触。私はそれを吐き出して泣きわめいた。
困った顔をしたトカゲはどこかへ去っていき、今度は器に入った白いものを差し出した。牛乳かな?やっぱり赤ちゃんといえば乳だよね。ふちに口を当てさせてもらいずずっと一口。
……うえぁ、なんか臭い。
次に出されたものは透き通った液体だった。水のように見えるけどすごく甘くておいしい。それに飲むと体がぽかぽかしてくる。
もっと欲しいと思ってトカゲを見ると、床に寝そべってぐったりしてた。これ採って来るの大変だったのかな?今日はそっとしといてあげよう。
これが、この世界での最初の記憶。
私の名前はヒト、竜だ。
いや、そんな顔をしないで欲しい。確かに今は人間の姿をしてるけど、兄や弟達はちゃんと竜の姿をしているし、私も産まれたときはきちんと竜の形をとっていた。
そんな私には前世の記憶があったりする。明らかにここではない世界の、日本という国で、私は人間として生きていた、これは転生というヤツなのだろう。
私の好きだったライトノベルではこうやって転生した主人公は子供特有の脳を活用してすぐに言葉を覚えたり魔術を覚えたりしていたけど、私にチートはなかった。
いや、竜に転生したってのはある意味チートだと思う。それも世界最強の力を持った始祖竜の一匹だし。でもせっかく異世界に転生したんだから私は魔術を使いたいんだ!
なんて考えるのに使っているのも日本語だし、日々の会話もお兄ちゃんが日本語しゃべってくれるからあんまり竜語使わないし、責任転嫁だと思うけど私を甘やかしすぎだよ。そのくせ竜語マスターするまで魔術は教えないとか、妙なところで厳しいよ!
そんなわけで、弟達が日々新しい魔術を覚えていくのを見てストレスを溜めていた私だけど、とうとう家出することに決めました。
今まで街への買い物は人型である私担当だったから、少しずつおつりをちょろまかし軍資金は十分。買出しの街基準なら一月は宿暮らしができる。街への移動手段である弟達はお菓子で買収済み。うん、完璧だ!
兄よ、せいぜい心配するが良い!!
街に来てから二日目、危ないから夜は一階に降りてこないようにとおかみさんから言われてたのにもかかわらず、好奇心に負けた私は階段を静かに下りていた。だって、なんかざわざわして楽しそうだったんだもん。
一階の食堂をそっとのぞいたとたん。
「あんま調子のんじゃねーぞ、てめぇ!!」
怒鳴り声と同時に皿の割れる音、人の叫び声、笑い声。
倒れたテーブルと皿ごと散乱した料理の横で二人の男が睨み合っていた。
このまま殴りあいになるのかと思いきや、カウンターにいたおじいさんが立ち上がり、二人の仲裁に入った。
「まぁまぁ、そういきり立ちなさんな、ほら、見てみなさい、あの子が泣きそうになっとる」
いきなり指差されて驚いた私に店中の視線が集まる。びく、と体が勝手にすくんでしまう。
「ち、何でガキがいるんだよ」
「悪かったな、嬢ちゃん。怖がらせたな」
男達は決まり悪げに顔を見合わせた後床を片付け始めた。おかみさんも出てきてそれを手伝う。
睨み合ってたときは怖かったけど、案外いい人そうだ。
そのままおじいさんに手招きされてカウンターに腰掛ける。
「ありがとうな、けんかを治めるいい口実になった。親父さん、この子に果実水出したってくれるか?あぁ、気にするな、さっきのわびだよ」
別に果実水代くらい払えるけど、ここは素直にご馳走になっておこう。
「ありがとうございます」
渡された桃のような香りのする果実水に口をつけると、またおじいさんが話しかけてきた。
「おれはこう見えても大きな国の宮廷魔術師やったことがあってな」
「はぁ」
「今は弟子の一人にその座を譲って、見込みがありそうな子ぉらを引き取って魔術を教えとるんだが」
「なるほど」
「お嬢ちゃん、おれの弟子にならんか?」
「はい?」
突然の申し出に妙な声が出てしまった。
「自分では気付かんかも知れんがお嬢ちゃんの魔力はそりゃぁ大したもんだ。最盛期のおれすら軽く超えとる」
そりゃあ竜ですから。とも言えず、あいまいに返事を返す。
始祖竜であることをばらしてはいけないという兄の教育はしっかりと私の中に根を張っていた。
「最近この街に来た弟子がやけに魔力の強い子が居ると教えてくれてな、話半分で来てみたんだが、まさかこれ程たぁな。どうだ、魔術に興味はないか?」
「興味が無い訳ではないですが……」
「どうしよう……」
条件付とはいえ、弟子になることを了承させられてしまった。
年の功というものか、あのおじいちゃん口がまわりすぎるんだもの!
大きい魔力を持った子供は人買いに狙われるとか、制御できない魔力は自分も周りも傷つけるとか、これほどの魔力の制御を教わってないなんておかしいとか、家出じゃなくて捨てられたんじゃないか……とか。
最後のは大きな声で違うって言ったんだけど「それならなぜすぐに探しに来ない」なんて言われて、一月以内に誰かが探しに来なければ私は捨てられた子ということになって弟子になると約束させられた。
「私、家出しただけだよね、捨てられたんじゃないよね?お兄ちゃん、迎えに来てくれるもん」
夜空を見上げてのつぶやきは、青白く冷たい月に吸い込まれていった。
ヒトの魔術師弟子入りの話でした
おじいさんは本気でヒトのことを心配しての発言です
本編は後三話で完結です~




