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短編集

Love which begins from a mistake

作者: 折原奈津子

挿絵(By みてみん)


「入学してから、ずっと好きでした。良かったら 付き合ってください!」

「……俺と?」

「え? だめか……なぁ……ぁれ?」

 恥ずかしくて、実は顔を伏せたままだったの、あたし。

 屋上の出入り口前。

 呼び出したはずの裕太 《ゆうた》は、既に 屋上へ出て他の女子と騒いでた。

 そしてあたしの目の前にいたのは……。

「ゆ、行正 《ゆきまさ》センパイ……?」

 余裕で180cmを超える身長と、がっしりした体つきに似合う強面。

 喧嘩したら負け知らず っていう強さらしい……本来なら近寄るのも無理!! ってくらいに怖

い先輩 。

「……俺は別にいいけど。じゃあ……今からな。怖くなったからやっぱやめるってのは聞かない

からな」

「え……と……」

「なんだ ? 言いたかったのか?」

「い、いえ、滅相もない!」

「ふん……。まあいい、放課後待ってろよ……麻悠子」

 ……あれ? あたしの名前、知ってる?

 猪瀬 麻悠子 《いのせ まゆこ》、17歳。

 思いっきり別の人に告 っちゃったせいで、大ピンチに陥った模様です!

 だって、身長だって、30cm以上違うんだよ?

 先輩は……確か189cmって噂で、あたしは150cmしかない チビッコだもん。

 なんと30cmどころじゃない、ほぼ40cm違うんじゃん!

 行正先輩は、強面だけどすごく大人っぽい人。

 なのにチビッコのあたしは、大人っぽい……はずないじゃんか。

 思いっきり、先輩と比べたらチャイルドだよぅ。

 仲良しの友達みたいに少しでも大人っぽく見せたくて、肩よりも伸ばした長い髪は毎朝クルク

ルに巻いている。

 メイクだって今時の女子高生だってくらいには頑張ってんのに……どう足掻いてもただのチビ

ッコでしかない。※

「麻悠子はさ、大人っぽくなくてもいいの! あたし達の癒しなんだから」

「そうそう、ちっちゃくてかわいいまんまでいなさい」

 仲良しの郁ちゃんとすーちゃんは、そう言うとむぎゅって抱きしめてくる。

 スレンダーでスタイルも良くて、あたしより背の高いこの二人に抱きしめられると、間違いな

く胸に あたしの顔が埋まる。

「郁ちゃ……すーちゃ……ん……苦し……」

「あら、ごめんごめん。埋もれてたのね」

 くそう……めちゃめちゃ高くなくてもいいから、あと10cmは欲しかったよぅ。

 そしたらチビッコって事で悩む必要もなかった。

「でもさ、どうすんの? 行正センパイの事」

「断わった 時を考えるとさ 、なんか怖くない?」

「えー、やめてよぅ。帰り、待ってろって言われてるんだからぁ」

「生きて帰っておいでね」

「えー、すーちゃん酷いっ」

「ちゃんと顔見てなかった麻悠子が悪い」

「つうかさ、裕太みたいなチャラいのはやめろって言ってたでしょ?」

「そうだけどー」

「裕太なら、行正センパイの方が安心」

「何が安心なのー?」

「麻悠子を放り出すとか、弄ぶ心配がない」

「何それー。しかもハモって言う!?」

 間違えて行正先輩に告っちゃったのは昼休み。

 冬のどんよりした曇り空だったから、屋上の出入り口にしてたんだけど。

 先輩は昼休み、屋上に行くのが日課みたいで。

 だからあんな事になっちゃったとも言えるんだけど。

「……麻悠子、帰るぞ」

 どうしようって思いつつも、逃げ帰るわけにもいかず、教室にいたあたし。

 そしたら、あの大きな体で覗き込んできた。

「え……と、あの……今行きます……」

 断わる のも怖いし、ここは素直について行く方がいいかも。

「すーちゃん、郁ちゃん、また明日ね」

「うん、明日ね」

「センパイ、麻悠子をよろしくお願いしますね」

 郁ちゃんが言った言葉に、先輩は小さく頷いた。

 身長差のせいもあるんだけど、先輩とあたしの歩幅はかなり違う。

 だから、普通に歩いてるんだろう先輩について行くのは、あたしにとって走ってるのと同じ。

 段々息が上がってくるのを感じる。

「セ、センパイ……歩くの早いですぅ……」

「あ……悪い……」

 立ち止まってくれた先輩を見上げると、ほんのり耳が赤く染まっているのが見えた。

「あたしチビッコだから……歩くの遅くて。歩きにくくてすいません……」

「いや……こうやって俺がゆっくり歩けば済む話だ……」

 先輩はあたしの手を掴むように握ると、ゆっくり歩き出した。

「……行正センパイ?」

「……」

 無言で歩く先輩 をまた見上げると、さっきよりも赤く染まった耳と頬。

 それを見ていたら、あたしまで照れくさくなってきちゃって、顔が熱くなってくるのが分か

った。

 学校から徒歩だと15分、最寄 りのモノレールを使うとたった1駅のあたしの家。

 先輩はそこから2つ先の駅を利用している。

 あたしは基本的に、近いから徒歩通学。

 先輩は確か、モノレールを使っていたと思う。

 一度だけ、駅から出てくるところを見かけた事があった。

 それでも今は、あたしに合わせてゆっくり歩いてくれている。

 見た目だけで、怖いってちょっと思ってた事を反省……。

 その日 はただ 黙って、手を引かれる様にして自宅に送り届けられた。

 夜に思ったのは、先輩はなんで あたしの名前と家を知ってるんだろうって事だけ。

   

「麻悠子? 無事に帰ってきたのね? 何もされなかった?」

 寝ようとした所に突然かかってきた電話で、郁ちゃんが心配そうに言った。

「別に何もされてないよ? それにしても、行正センパイって謎だよね」

「何が?」

「なんで あたしの名前と、家を知ってるんだろうね ?」

「……あんた、それ本気で不思議に思ってる?」

「うん」

「……鈍すぎるでしょ、それ……。なんかセンパイが気の毒になってきた……」

「えー、なんでよぅ」

「自分で考えたら? じゃ、また明日っ!」

 あっさり切られてしまった。

「なによぅ……自分からかけてきたのに切っちゃうなんて。いいもん、すーちゃんに聞いてもら

うもんっ」

 いつも怒っても迫力がないって言われるけど、自分では怒っているつもり。

 そのままのテンションで、すーちゃんに電話する。

 ちょっとだけ落ち着こうと思って、キッチンから大好きなミルクティーを入れてきて飲んでみ

たんだけど、結局テンションは変わらなかったから。

「すーちゃん? 麻悠子。ねえ、ちょっと聞いてくれる? 郁ちゃんがね……」

「あー、知ってる。つい1分前 に聞いたばっかだから」

「えー、そうなの?」

「うん。麻悠子ってさ、常々鈍いって思ってたけど、やっぱり鈍かったね」

「なんでぇ?」

「まさか、ほんとに分からないわけ?」

「うん、分かんない」

「……センパイ、麻悠子の名前知ってたよね?」

「うん」

「家も知ってたんでしょ?」

「うん、そう」

「今日、一緒に帰って、ほんとに何もなかった?」

「……あたしが歩くの遅いから、手を引いてゆっくり歩いてくれた」

「その時、センパイはどんな様子だった?」

「んー? 耳が赤かった……かなぁ」

「……耳が赤くなるって、何でだと思う?」

「……照れくさい時……とか……えぇっ?」

「なんとなく分かった?」

「や、でも、でもね……あたしは間違って……」

「そうだね。でもセンパイにとっては、物凄く 嬉しい事だったんじゃない?」

「えぇー、どうしよう……」

「麻悠子、あたしはさ、裕太のアホウよりも行正センパイの方がいいと思うわ」

「……」

 電話を切った後も、なんか頭の中が混乱したままで。

 明日からどうしたらいいのか、ちょっぴり分からなくなっていた。

 翌朝は一段と寒さが増していて、制服の中に薄手 のセーターを着込み、お気に入りのピンクの

ラビットファーを編み込んで あるマフラーを巻いた。

 制服のポケットには、使い捨てのカイロを入れた。

 玄関を一歩出ると、吐き出す息が白く広がる。

「……センパイ?」

 家から少しだけ歩いた、信号機の傍にあるガードレール。

 そこに先輩が、制服のポケットに手を突っ込んで腰掛けていた。

「……待っててくれたんですか?」

「……昨日、ケータイ聞くの忘れたから……」

「ああ……そういえば」

「行こう……」

 昨日と同じように手を引いて、ゆっくり歩き出す 。

 ポケットから出したその手が、凄く 冷たい事に気が付いた。

「……センパイ、いったいいつから……?」

「……30分位前。たいした事はない……」

「でも寒かったでしょう?」

「平気だ」

「……じゃあ、コレあげます……」

 ポケットからカイロを取り出すと、先輩のポケットに滑り込ませる。

「……」

「これで少しはましですよね?」

「……サンキュ……」

 ほんのりとまた赤く染まった耳と頬を見上げながら、必死に先輩についていく。

 先輩とは下足箱は同じ場所でも、校舎は一緒ではない。

 1・2階の連絡通路で分かれている。

 あたしは東校舎の2階、先輩 は西校舎の3階に教室がある。

 連絡通路を通って行くのは、センパイの方で。

 だからってわけじゃないけれど、センパイは教室の前まで送ってくれた。

「ありがとうございました」

「……放課後、迎えに来るから待ってろ」

 そう言うと、そそくさと立ち去っていった。

「あららら、行正センパイったら耳真っ赤。意外 にシャイだった?」

 郁ちゃんが意外そうに言う。

「……なんかね……手を引いてくれる時もね、耳がちょっと赤いかなって思ったんだけど。寒い

せいだよね?」

 そう言ったら、おでこをパチッと叩かれた。

「おバカ……そんなわけないでしょうが」

「郁ちゃん……痛いよ?」

「あんたがおバカな事を言ってるからよっ! 寒さのせいなんて、そんなわけないでしょうがっ

!」

「だってぇ……あたし、こうゆうの初めてで分かんないんだもん」

 もじもじとそう告げると、郁ちゃんはちょっぴり溜息をついた。

「すー……あたしは行正センパイがかわいそうになってきたよ……」

「ほんとだよねぇ」

「教えてやんないと、麻悠子は一生気が付かないかもしんない」

「そうかもね」

 溜息交じりのすーちゃんが、あたしに向き直って話し出した。

 あたし、放課後までに気持ちの整理つくかなぁ。

 すーちゃんと郁ちゃんが教えてくれた事は、あたしにとって衝撃の内容だったから。

 嘘だと思うなら、先輩に聞いてみればいい って言われたけど、そんな事聞けないよっ!

 でも……ほんとなのかなぁ……。

「これ聞いて、麻悠子はどう思った?」

 郁ちゃんがあたしに問いかけてきたけど、その答えをまだ考えてるところなんだ。

 先輩を思い浮かべて、どう感じるかだよって言われたんだけど。

 ……ドキドキしてるよ。

 正直言って、裕太に告白しようとした時よりも、あたし……ドキドキしてる。

 だって先輩って……強面だけど、身体もすっごい大きいけど、結構イケメンなんだよね。

 無口だけど、冷たい人じゃないし。

 なのにあたしに とって……あんまり信じられないっていうか。

 そうやってずーーっと考えてたら、あっという間に放課後。

 結局、気持ちの整理もつかないままに、昨日と同じく先輩に送られて帰ってる。

「麻悠子……明日は何か用事あるか?」

「え? いえ、家でDVD観て るか本読んでるかです」

「じゃあ……一緒に出かけないか?」

「あ……えと……はい……」

「それじゃ、ケータイ聞いてもいいか?」

「はい、なら赤外線にします? その方が早いし」

「……赤外線……悪い、やり方が分からねぇ……」

「あ、はい。じゃあ、あたしがやりますから貸してください」

「ああ……」

 先輩のケータイを受け取ると、まじまじと見てしまった。

 あたしのと色違いだったから。

「センパイのケータイ、あたしのとおんなじなんですね」

 あたしのはコーラルピンク、センパイのはシルバー。

 これならすぐに操作出来る。

 パパッと赤外線を済ませると、シルバーのケータイをセンパイに渡した。

「はい、どうぞ」

「ああ、サンキュ …」

 あたしは新しく登録された先輩のデータを見てみた。

「都築 行正 《つづき ゆきまさ》……って、センパイってフルネームで入れてるんですね」

「ああ。お前は……麻悠子だけなんだな」

「はい、そうですよ。郁ちゃんもすーちゃんのも、郁ちゃんとすーちゃんって入れてます」

「そうか……」

 ふっと笑いながら、ポケットにケータイを仕舞い込んだ 。

 家の傍に着くと「明日の朝、連絡する」そう言って優しい目であたしを見ながら、ほっぺたを

ぷにぷにと弄り帰って行った。

 残されたあたしはというと、先輩が触れたほっぺたから熱を感じて、ドキドキが止まらなくな

っていた。

「うーん、眠れないー」

 郁ちゃんとすーちゃんがあたしに告げた内容が、あたしを眠らせてくれない。

──「センパイはねー、麻悠子が好きなんだと思うよ」

「そうだね。しかも、あたし達 が思うに……前からそうだったと見た」 ──

 そんなバカなって思う。

 でも、そうだったら……あたしはどうしたらいいんだろう。

 だって……あたしは裕太が好きなんだし……。

 でも、急激に、先輩の事が頭を占め始めてるのも確かで。

 どうしたらいいのかな……あたしはどうしたいのかな……。

 ただ一つ言えるのは、先輩の気持ちが嫌じゃないって事。

 なんでか 嬉しいって……思ってるって事。

 この気持ちって、何だろう。

「あたしって、浮気モノって事?」

 これを聞かされる前までは、裕太が好きだったはずなのに。

 なのに……そうだったはずなのに……。

 あたしはどうしたいんだろう。

 裕太なのか……行正先輩なのか……。

 明日会えば、どっちか分かるのかな。

 迷ったままじゃ、先輩にも申し訳ないもん。

 ……きっと明日、どうしたいのか分かるはず……。

 先輩からメールが来たのは、10時頃。

 いつでも出かけられるようにと思って、メイクも髪も自分では完璧に決めてみた。

 服だって精一杯研究して、大人かわいい 感じにしてみたんだけど。

 どうかなぁ、これでいいかなぁ。

 そう思ってたんだけど、メールには寒くないように防寒対策と、ジーンズ指定……。

「ジーンズなんて、短パンしか持ってなーい……」

 で、仕方ないから、ロングブーツとカルソン使って防寒を試みた。

「……」

「……これじゃだめでしたか?」

「いや……」

 うーん、またちょっと先輩の顔が赤い。

 郁ちゃんとすーちゃんが言ってた事 って、ほんとだったのかなぁ。

 なんかこっちまで照れてきちゃうじゃん。

 顔が火照ってきちゃった……。

「行こうか……」

 先輩がそう声をかけてきて、手を差し出す。

「あ、はい……」

 差し出された手に、そっと手を重ねた。

 手を取られるたびに、いつも思う。

 身長もだけど、手もすっごく大きくて……あったかい……。

 無言で歩き出した先輩を見上げると、今日もやっぱり耳が赤くなっている。

 今日の先輩は、いつもの制服じゃなくって、薄手 のモノトーンのVネックニットの上に黒のダウ

ンベスト。

 裾を絞ったカーゴパンツに、ワークブーツ。

 カジュアルだけど、すっごくかっこ良かった し似合ってる。

 寒くないのかなって思ったけど、ニットの下にも着てるから大丈夫だって言われた。

 あたしは精一杯自分なりにコーディネイトしてみたんだけど……釣り合って見えないよなぁ 。

 首に巻いてあったスヌードに、鼻の辺りまで顔を埋める。

「どうした? やっぱり寒かったか?」

「いえ、そうじゃなくって……」

「じゃあ、どうした?」

「えーと……なんとなく?」

「……ここじゃいや だったか?」

「いえ、そうじゃないんですぅ。そうじゃなくってぇ……」

「そうじゃなくて?」

「……センパイと釣り合わないなぁって思って……あたしみたいなの……」

「誰かに何か言われたのか?」

「いえ、自分でそう思っただけで……」

「じゃあ、気にしなくてもいい。お前が嫌なんじゃなければ……」

 そのまま連れてこられたのは、緑の中にある有名な美術館。

 室内は結構人がいるからあったかいけど、美術館 までが木立の中を歩いていくから冷える。

 だから先輩は防寒をって言ってくれたんだ。

「わぁ……」

 多分そこに展示されている作品達 を、嫌いだと言う人は少ないと思う。

 今じゃ小さな子供から も馴染みの深い作品ばかりだから。

「麻悠子……はぐれる……」

 駆け出して行こうとしたあたしの手を再度捕まえると、しっかり繋ぎなおす。

「中は混んでる……」

「あ、はぃ……つい嬉しくて」

「大丈夫、時間はあるからゆっくり回ればいい」

「はいっ! ありがとう、センパイ」

 時間の許す限り作品を堪能して、ミニシアターもしっかり鑑賞し外に出る。

 そして近所にある動物公園も散策してみる。

 その間、先輩 の手にはあたしの手が繋がれたままで、反対の手には美術館や動物公園であたし

が買ったグッズの袋……。

 買い物すると、自然に持ってくれていた。

 あたしが持つと言っても、渡してくれなかった。

 言葉は少ないけど、そんな 風に優しい人に嘘をついたままなのが、ちょっと心苦しかった。

「で? デートはどうだったの?」

「うん、楽しかったよ?」

「どこに行ったのよ」

「あのねー、美術館と動物公園だよ」

「……上野?」

「ううん、違う。もっと近くのー」

「……もしかして、韓国とか中国からの観光客のいっぱいいる美術館?」

「うん、そうなのー」

 そう、楽しかった。

 先輩は常に優しい目であたしを見てくれてて、気持ちもほっこりしてた。

 先輩があたしを想ってくれてるんだって、感じる事も出来たと思う。

 だから余計に、嘘をついたままだって事 が心苦しいんだ。

「あのね、あたし……このまま黙ってていいのかなぁ……」

「言ったら、物凄く 傷つけると思うけど?」

「そうなんだけどー……」

「やっぱり、あいつの方がいい? センパイじゃだめなの?」

「センパイはね、一緒にいるとすっごく優しいし、無口だけど怖いわけじゃないし。気持ちもほ

っこりするのー」

「じゃ、何か不満なの?」

「そうじゃないの。なんか、騙してるみたいな感じで……」

「麻悠子、センパイの事さぁ……好き? 嫌い? どっちでもない?」

「……三択?」

「それ以上、何があんの」

「……無関心?」

「……それ、あんたの気持ち?」

「違うよぉ。四択って思っただけ」

「あっそ」

「で? どうなの?」

「正直、今は裕太の事がね好きだったはずなのに……って感じ?」

 うん、そんな感じ。

 どんどん心の中に、裕太よりも先輩の方が居場所を作り始めてる。

 昨日もデートの後は家まで送ってくれて、夜もおやすみってメールをくれた。

 というよりも、昨日からは悠太の事を思い出しもしなかった。

「あたしってぇ……浮気モノ?」

「……裕太とは付き合ってたわけじゃないんだから、浮気とは言わないでしょ?」

「そうなの?」

「そうだよ。元々あたし達 は、裕太はよせって言ってたでしょう?」

「うん、その通り」

「じゃぁ……あたしはセンパイを好きになっちゃってもいいの?」

「その方がセンパイも喜ぶし、いいんじゃないの?」

「そうなの?」

「うん。今回の事は、いつか言えばいい事で、今言う事じゃないと思う」

「そう?」

「そう思うよ」

「そっか……」

 そっかー……じゃあもっと真剣にセンパイの事を考えて……って思った時。

「なぁなぁ、あのさぁ。お前って都築センパイと付き合ってんのか?」

 ニヤニヤ笑いながら、こちらに寄ってきたのは裕太だった。

「猪瀬ってさー、俺の事好きだったんじゃねぇの? 浮気モンだなぁ」

「何言ってるの? ばっかじゃない?」

「だってさー、俺面倒で すっぽかしたけどさー。猪瀬、俺の事呼び出したじゃん?」

 面倒……そんな理由ですっぽかされたんだ……。

 センパイの事を真剣に考えようって思ってた矢先に、その裕太の言葉はショックだった。

「裕太!」

「……いい加減にしなさいよ、このチャラ男が!」

「しかたねぇじゃん。俺の好みは、お子ちゃまよりももっと胸の大きい女だしさー 」

 胸の大きい……確かにあたし そんなに大きくもない。

 でも言われるほど小さくもないと思ってたのに。

「麻悠子!!」

「あんたってほんと、クズよ! 最低!」

 そんな郁ちゃんとすーちゃんの声を聞きながら、あたしは教室を飛び出した 。

 教室だけでなく、そのまま学校も飛び出してしまったあたし。

 持っているのは、ポケットに入ったままだった携帯と財布、ハンカチだけ。

 必須アイテムだけは持っていて、メイク道具はかばんの中だから泣いたら化粧崩れしても直せ

ない。

「……もう既に 泣いてるけど」

 あんな風に好きだった人に言われて、ショックだったから。

 面倒ですっぽかしたとか、お子ちゃまとか……浮気モンとか……。

 学校にいたからサイレントにしてた携帯を開いてみると、郁ちゃんとすーちゃんからの着信が

並んでいた。

 メールも留守電もいっぱい…。

 最後 に入っていた留守電……。

「行正センパイ……」

 着信の中には、先輩の番号もあった。

 多分、あたしが飛び出した後、二人が先輩に伝えたんだろう。

 あの事も話しちゃったのかなぁ。

 多分、話しちゃったよね。

 じゃなきゃ、あたしが飛び出した理由を話しちゃうはずがないもん。

 正直言って、先輩に知られたくなかったな。

 いつかは伝えなきゃいけない事でも、やっぱり知られたくなかった。

『麻悠子……どこにいる? お前の友達二人も、学校飛び出して探してる。俺はお前の口から、

何があったのかを聞きたい……。待ってるから……早く戻って来い』

 あたしの口から……うん、やっぱり聞いたんだね。

 仕方ないけど、話すのちょっと辛いなぁ。

 先輩の声は、いつもと違ってて、悲しそうだった。

 心臓がぎゅうって掴まれるような感じがした。

 傷つけてしまったのかもしれない……でも真実を告げるなら早ければ早い方がいいに決まっ

てる。

 それで先輩があたしから離れてしまっても、自業自得なんだから。

「……センパイ……?」

 思い切って電話をかけた。

 もしも先輩があたしから離れてしまったら、あたしから追いかけようって思ったから。

 こんな事になって、今は先輩が大好きになってるって、はっきり分かったから。

「……麻悠子……今どこだ?」

「えっと……動物公園の近くです……」

 闇雲に歩いてたら、いつの間にかここまで来ていた。

「正門のところにいて欲しい……迎えに行くから……」

「え、でも……」

「いいから、そこにいろ。いいな?」

 通話をあっという間に切られ、携帯をポケットに戻すとのろのろと歩き出す。

 正門まではのんびり歩いて……5分ほど。

 その間、頭にあったのは先輩の照れくさそうな顔と、先輩に話さなければいけない内容だけ。

 ゆっくり歩いて正門に辿り着くと、門柱に寄りかかるようにして立つ。

 電話を切ってからどれ位時間が過ぎたのか。

 真っ黒なボディに、シルバーの模様の入ったバイクが目の前で止まった。

(誰……?)

 無言でそちらを見ると、黒のフルフェイスを外し、そこから見覚えのある人の顔が現れた。

「センパイ……」

 ゆっくりとバイクを降りて、こちらに歩いてくる。

 そして「無事で良かった……」と、一言だけ呟いた。

 その顔は寂しそうで、そして辛そうな表情を浮かべていた。

 心配をしてくれてたその人を、あたしは酷く傷つけてしまっていた事を知った。

「麻悠子がいなくなったと、あの二人がこっちの教室まで血相を変えて駆け込んできたぞ。俺が

探すと止めたんだが、学校を飛び出していった……」

「……ごめんなさぃ……」

「……飛び出した原因は聞いた。でも俺は、麻悠子からちゃんと聞きたい……」

「えっと……同じクラスの……裕太に色々バカにされて……」

「うん……」

「本当は……あたし、裕太に告白するつもりだった……。でも、面倒ですっぽかされてて…… 」

「……それで?」

「えっと……恥ずかしくって、顔を上げてなかったから……そうだって思い込んでて……」

「……」

「最初は怖かったけど……一緒にいる時のセンパイは優しかったし……」

「……」

「どんどんあたしの中に、裕太じゃなくってセンパイが一杯になってきて……知られたら嫌わ

れちゃうって思ったら言えなくなって……」

「それで……?」

「えっとえっと……裕太に今朝、他にも……もっと胸の大きい子がいいとか……浮気モンだなと

か言われて……。好きだって思ってた人に、気にしてる事言われたから……」

「それで飛び出したのか?」

「あぅ……はい……」

 黙ってずっと聞いてくれてたけど、悲しげな表情は変わらない。

 それを見てたら、また胸がぎゅってなってきて……。

「麻悠子は……俺と一緒にいるのは……嫌だった ……?」

 あたしにそう問いかけるセンパイの目が揺らいで、あたしから視線がそらされる。

「あたし……や じゃなくって……」

「……本当に?」

「センパイといると……気持ちがほっこりしてくるの……。センパイが悲しそうなのを見ると、

ぎゅってなるの……」

「麻悠子……俺……」

 再びあたしに戻ってきた視線が、あたしのそれと絡んだり逸れたりしながら彷徨っている。

「あたし……センパイと一緒にいたい……」

「……いいのか? それで……後悔しないか?」

「後悔なんてしません……」

「俺……お前を捕まえたら、もう離してやれないけど……いいのか?」

「はい、いいです……」

「俺……お前がまだ中学の頃から、お前の事知ってた。だから……同じ高校に入ってきたのを知

った時は嬉しかったんだ……」

 中学の頃って、家は近い方だけど……学区は違うはず。

 どこで遭遇してたんだろうと、首を傾げた。

「ああ……お前、塾に行ってただろう? だから、よくモノレールの駅の傍で見かけてた……」

 そういえば、高校に入る前に1年間通った塾は、先輩の家の近所だったっけ……。

 そんな事をぼんやり思い出す。

 そっか……そんなとこ見られてたんだぁ。

「入学してきてしばらく経ったら、随分様相が変わってきて驚いた……」

 様相が変わって……?

 ああ、すーちゃんと郁ちゃんと仲良くなって、おしゃれにも気を使うようになった頃かな。

 髪を巻いたり、メイクをしたりし始めたのは、二人と仲良くなってからだったから。

 二人が同い年なのに大人っぽくて、追いつきたいって思ったあたし。

 だから結構頑張ってたかもしれない。

「でも、見た目が変わったって、中身まで変わったわけじゃない。それを知って気持ちを抑える

のに必死だった。そんな時にお前に……ああ言われて……」

 嬉しかったんだ……そう言って、目元を染めて 俯いた。

「センパイ……」

「俺、麻悠子が好きだ……だから間違いだって聞いてショックだった。だけどどうしても諦めら

れない……」

「諦めなくっていいですぅ……。あたしもセンパイと一緒にいたいです」

「……いいのか?」

 コクコクと頷くと、それを見ていた先輩の目に喜色が浮かぶ。

「麻悠子……おいで……。寒かっただろ?」

 差し出した腕を広げ、あたしを呼んだ。

 あたしは迷わずにその腕の中に飛び込むと、ぎゅっとしがみついた。

「センパイが好き……」

 温かい腕の中で小さく呟くと、あたしを守るように抱きしめてくれていた腕に、微かに力が

こもった 。

「もう、俺だけの麻悠子だからな……。絶対に離れるなよ?」

 そして、あたしの頭のてっぺんに温かい 息がかかる。

「センパイも……あたしだけのセンパイですよぉ?」

 背の高いセンパイを見上げると、そう言って笑ってみせる 。

「心配しなくても、俺は浮気しない……」

 いたずらな目で笑うと、そう言った。

「あたしだって浮気モノじゃないですよぉ!!」

 膨れっ面で、目の前の胸を軽く叩く。

「……本当に?」

「ほんとに!!」

「そうか。ならいい……」

「よくなーい!」

「ほら、いいから。二人に連絡してやれよ。まだ探してるぞ?」

「連絡したら、納得いくまでこの件に関して話し合います からね!」

「分かったから、ほら早く連絡しろ……」

 そして携帯を耳にあて、 話し始めたあたしを見下ろして、優しい笑みを浮かべた。


久々に高校生ネタ書きました。

ふと思いついて、一気に書き上げたんでした。

でも、校正時にちょっと【どうなの?】的なやり取りがあって、うーんと思ってしまったこともあった作品でした。

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