↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

婚礼はもうお開きです

作者: yurihina
掲載日:2026/10/27

「ニネッタとは、これから毎日会える。彼女とは、何年も会えなくなるんだぞ」


 控室へ入ってくるなり、ラズロが言った。


 幼馴染の彼女の事を言っているのだろう。

 今日の定期船で国外の親戚宅へ発つ。その見送りに来てほしいと、先ほど手紙が届いたらしい。


 ああ、またか。よくもまあ、結婚式の日まで。


 約束を変えられるのには慣れていた。

 二人で歌劇を観るはずだった日も、幼馴染との買い物が長引いたとかで、彼は来なかった。

 劇場の入口で待っていると、係の人が何度も声をかけてくれた。そのたびに、もうすぐ来ますからと答えた。最後は、入口に立っているのも恥ずかしくなって帰った。


 翌日花が届いた。


 結婚式までこの調子とは思わなかった。

 どこかで、変わってくれる事を期待していた自分がいたのかもしれない。

 馬鹿だった。

 なにを言っても無駄だろう。


「そうですか」


 そう返事をすると、ラズロはほっとしたように頷いた。


「何年も帰ってこられないから、最後に会いたいそうだ。心細いんだろうね」


 お母様と侍女が一緒だと聞いているけれど。

 それでも心細いなら仕方がない。ラズロ様が行かなくては。

 はいはい。いつもの話ですね。


「少し顔を見せるだけだから。遅れそうなら使いを出すよ」


 遅れそうならもなにも、もう式まであと三十分だ。


 その使いを迎えて、客に説明するのは誰だ。

 私か。私が、もうすぐ来ますからと言って回るのか。


 自分で言っていけばいいのに。

 会場へ顔を出して、別の女を見送りに行くので待っていてくださいと。その礼服のまま言ってみればいい。


「馬車は待たせてあるんだ。すぐに出れば、そんなにかからない」


 もう手配まで済んでいる。

 私を説得する時間も惜しいのだろう。何度も扉を気にしている。


「ご自由になさったらよろしいのでは」

「ありがとう。ニネッタなら分かってくれると思っていた」


 ラズロは、にっこり笑って出ていった。


     *


 定刻の鐘が鳴ると、ラズロの父である伯爵が控室へ入ってきた。


「ラズロはどこだ。閣下がお待ちだぞ」


 今日の上客は、公爵だった。


 この婚礼の会場になっている屋敷も、公爵の名代を務める伯爵が、職務のために借り受けているものだ。伯爵は、その広間に大勢の貴族を集めるのを楽しみにしていた。


 息子のラズロも来月から公爵の使節団に加わる。伯爵が推薦し、監督を引き受けたのだ。

 ラズロは招待客の名簿を見ながら、この人にもあの人にも仕事の話をしなければと、何日も前から張り切っていた。


 その御本人は港である。


「女性を見送りに出かけました」

「何だと?」


 伯爵の声が裏返った。


「式はもう始まるんだぞ! どうするつもりだ!」

「ラズロ様にお尋ねください」

「君が行かせたんだろうが!」


 はい?


「好き勝手させてきたから、こういうことになるんだ! 夫になる男も引き留められんのか君は。どうにかしたまえ!」


 なぜ私が叱られているのだろう。

 ここにいる。支度も終わっている。私は一歩も出ていない。

 その私に、何をどうにかしろと。


 ラズロの母親も来て、使用人に港へ迎えを出すよう頼んだ。それから、客への伝言まで言いつけた。


「お客様には、花嫁の支度が長引いているとお伝えしてちょうだい。それなら少しお待ちいただけるわ」


 ちょっと待って。

 私のせいにするの?

 この格好を見て、まだ支度ができていないことにするの?


「ラズロが戻ったら、君からお客様にお詫びしなさい。支度に手間取ってお待たせしました、と」


 伯爵まで、当然のように言った。


 帰ってくるまで待って、そのうえ私が謝るのか。

 花婿が別の女に会いに行ったので、花嫁が支度に手間取ったことにして、頭を下げる。

 ラズロが何をしても、この人たちから叱られるのは私。

 これからもずっと。


 無理。

 無理だ。ラズロだけでもうんざりなのに、伯爵夫妻までついてくるのか。

 そんな家で毎日暮らすのか。


「……この結婚、やめます」

「馬鹿なことを言うな。お前の機嫌を取っている暇など――」


 私は立ち上がった。

 もう聞きたくなかった。

 花束を椅子に置いて、会場へ向かった。


     *


「公爵閣下!」


 扉を開けた途端、自分でも驚くほど大きな声が出た。

 前列にいた父と母が立ち上がる。公爵がこちらを向いた。


「花婿は、別の女性を見送りに行きました! 私はラズロ様とは結婚しません。本日の婚礼は中止します!」


 客席がざわめいた。

 何人かが入口へ顔を向け、そこに花婿がいないのを確かめた。


「何を言い出すんだ!」


 追ってきた伯爵に、肩を掴まれそうになった。身を引いた私をかばうように、私の父が間に入った。

 伯爵は父の肩越しに、なおも私を怒鳴りつけた。


「皆様の前で当家に恥をかかせる気か! 結婚が嫌なら、招待状を出す前に言えたはずだろう!」


 客席に、ヘルミ伯母様の顔が見えた。

 遠くから来てくださった人だ。その隣にも、祝いを持って来てくださった方が座っている。

 申し訳なかった。皆様には本当に。


 でも、この人たちの前で謝って結婚すれば、私は明日からどうなるの。


「今日まで、結婚するつもりだったんです! 結婚したら落ち着いてくれると、思っていたから!」


 声がひっくり返った。

 私は父の腕を掴み、言い続けた。


「でも今、あなたに叱られたんです。あの人が勝手に出ていったのに、私がどうにかしろと。あなたの息子なのに、なぜ私が怒鳴られるんですか!」


 伯爵が口を開きかけたが、私は止まれなかった。


「私の支度が遅れたことにして、私が謝りに行く。それが、結婚してからも続くんですか?」

「妻になるのだから当然だろう! 女は多少のことには目をつぶって、夫の顔を立てるものだ。私の妻だって、そうしてきたんだぞ!」

「それは、無理です。そんな結婚はしたくありません」


 言い終えた途端、涙が出た。

 拭いても拭いても止まらなかった。息を吸うと喉がひくついて、言葉の代わりに変な声が出た。


 ひどい顔になっている。分かっている。

 でも、もう、笑って頷いたりできなかった。

 母がハンカチを渡して、私を抱き寄せた。その肩越しに、ラズロの母親がこちらを見ていた。


「ニネッタさん。我慢しなくていいの」


 伯爵が妻を振り返った。


「お前まで何を言う」

「私も、家のためになると思って我慢してきました。そうするのが妻の役目だと、思っていました。でも、後悔しています。もっと自分の好きなように生きればよかった。こんな顔をする子にまで、同じことをさせたくありません」


 夫人が、私に頭を下げた。


「あなたの支度が遅れたことにしようとして、ごめんなさい。この結婚は、やめましょう」


 私は、何度も頷いた。

 よかった。それだけは分かってもらえた。


 公爵が立ち上がった。


「花婿が不在なのは事実なのだな」

「は、はい。しかし間もなく戻ります。どうか、それまでお待ちを」

「君が主催し、私を招いた婚礼だ。私への説明より先に、花嫁を怒鳴りつけるとはどういうことだ」


 伯爵の目が、また私へ向いた。


「私を見なさい。君に聞いている。ご子息は自分が監督すると、君は約束した。その責任を婚約者へ押しつけるようでは、君自身に私の代理を任せておけん」

「閣下、そんな。息子が少し遅れただけで――」

「君の振る舞いについて話している。名代の任を解く。その記章を外しなさい」


 伯爵が襟元を押さえた。


「待ってください。おい、お前からも……」


 妻へ伸ばしかけた手が止まった。

 夫人は、私が取り落としたハンカチを拾っていた。

 夫に呼ばれたのは聞こえているはずだ。


 伯爵は自分で襟へ手を戻した。小さな留め具が、なかなか外れなかった。

 ようやく差し出された銀の記章を、公爵の従者が受け取る。


「俸給は今日で停止する。貸与した屋敷と馬車も、一月以内に返還するように」

「この屋敷を……? 閣下、私はこれから、どこで」

「君が考えることだ」


 伯爵は、客の並ぶ広間を見回した。

 前列の客と目が合い、すぐに顔を横へ向けた。そちらの席からも、じっと見られていた。


「今日招いた方々への説明と帰りの手配は、主催者として果たしなさい。支払いもだ。花嫁に代わりをさせることは許さん」


 伯爵は頭を下げた。

 肩が小刻みに震え、先ほどの剣幕は消え失せていた。


     *


 港への迎えが、一人で戻ってきた。

 出航が遅れているので、ラズロは見送りが済むまで帰らないと言ったそうだ。

 報告を受けた伯爵が、歯を食いしばった。


 料理は、そのまま出してくださいと父に頼んだ。

 帰る方には馬車を手配し、残れる方には食事をしていただく。夕方まで迎えが来ないという客には、伯爵の負担で別の馬車を呼ぶことになった。


 私も両親と客席を回った。

 ヘルミ伯母様のところへ来ると、また喉が詰まりそうになった。


「四日もかけて来てくださったのに……ごめんなさい」


 伯母様は、私の手を両手で包んだ。


「お前に会いに来たんだよ。会えてよかった」


 何と答えればいいのか分からなくて、私はその手を握り返した。


「それに、このお菓子はとてもおいしい」

「……それ、私が選んだのです」

「そう。じゃあ、もう一ついただこうかしら」


 伯母様が皿へ手を伸ばすのを見て、ようやく笑えた。


「なんだ。先に食事にしてくれたんだね」


 その声で、笑いが止まった。


 ラズロが、入口からこちらへ歩いてきた。付き添う使用人が何か言っていたが、片手を上げて制している。


「助かったよ。ほら、そんなに心配しなくても大丈夫だっただろう」


 最後は使用人に向けた言葉だった。

 ラズロは私の隣へ来て、椅子の背に手をかけた。私は伯母様の側へ身を寄せた。


「ニネッタ?」

「婚礼は取りやめました。皆様にもお伝えしました」


 ラズロが眉を寄せた。

 私の顔を覗き込み、それから周りを見て、声を落とした。


「……こっちで話そう」


 返事を待たず、廊下へ歩いていく。

 三歩ほど進んで、私がついてきていないのに気づいた。


「ニネッタ。来てくれないか」


 私は動かなかった。


「みんなが見ているだろう。こんなところで揉めることじゃない」


 客の話し声が、少しずつ小さくなった。

 ラズロは私を見ていたが、やがて客席へ向き直った。


「皆様にも、今日のために予定を空けていただいたのです。それを彼女一人の判断で取りやめるなど、あまりに勝手でしょう」


 私一人の判断では、結婚をやめられないらしい。

 結婚式を放って出かけるのは、自分一人で決めたくせに。


「このまま婚礼を取りやめてよいという方は、いらっしゃいますか?」


 私は手を上げた。


「君の話は、あとで聞くから」


 なぜ私が後なの。

 誰が結婚すると思っているの、この人。


 ラズロが、手を下ろすよう目配せした。


 下ろしませんよ。

 下ろしたら、反対している人はいないことにされそうだもの。


「ラズロ君。彼女が手を挙げているが」


 隣の卓から、老紳士が声をかけた。


「ですから、彼女とは後で、二人で話しますので」

「では、先に聞きなさい」

「結婚しません」


 ようやく答えを聞いてもらえたので、私は手を下ろした。


 彼は客席を見回した。誰も口を挟まなかった。


「……行っていいと言ったのは君じゃないか。戻ってきたら中止だなんて」

「花嫁に許してもらえば、我々まで放っておいていいのかね」


 老紳士の声に、ラズロが言葉を止めた。


「私は君の父親からぜひにと頼まれて、領地から出てきた。君自身からも、任される仕事の話を聞いてほしいと言われていたはずだが」

「それは、申し訳ありません。ただ、船の出発が遅れてしまって」

「そもそも、そこに行かなければよかっただろう!」


 ラズロが口をつぐんだ。

 入口の方を見ていた伯爵が、息子へ大股で近づいてくる。


「父上。ニネッタが――」

「この馬鹿者! 私は職を失ったんだぞ!」


 ラズロの口が開いたままになった。


「職……? どうして」

「屋敷も返せと言われた! お前が見送りなどに出かけたせいで!」


 ラズロが公爵を見た。次に私を見た。


「何を話したんだ。どうしてそんな話にまでなっているんだよ」


 こちらへ戻ってきた彼の前に、私の父が立った。


「娘を責めるのはやめなさい」

「ですが、私はただ少し――」

「この期に及んでまだ言い訳か!」


 ラズロが身を引いた。その耳まで赤くなっていた。

 私の顔を見たけれど、私は父を止めなかった。


「ラズロ」


 公爵が、従者に外套を持ってくるよう命じてから言った。


「使節団への君の登用も取りやめる」

「お待ちください! その話は、もう決まっていたはずです!」

「約束の場を勝手に離れ、戻ってからは相手のせいにする。君に任務を預けることはできん」


 ラズロは公爵の方へ一歩出た。けれど、その先には怒った老紳士がいて、足を止めた。


「もう、皆に知らせてしまいました。閣下のお名前も出して……」

「それなら、私から撤回を伝えよう」


 ラズロが老紳士を見た。

 さっきまで、自分の出世の話を聞いてもらうつもりだった相手だ。何か言おうとして、結局、頭を下げた。


 公爵が外套を受け取る。

 ラズロが急に振り返った。


「ニネッタ。悪かった」


 急に優しい声を出されて、気持ちが悪かった。

 さっきまで私を責めていたくせに。


「ちゃんと謝る。遅れたのは悪かった。だから、話そう。君の話も聞くから」


 そこまで言って、また公爵を見る。


「先に閣下を引き留めてくれないか。私たちは大丈夫だと、君から。後でちゃんと――」


 また後で。

 今、私の話を聞くと言ったばかりなのにどうしてもう、あなたの頼み事を聞かされているの。


「嫌です」


 私へ伸ばしかけたラズロの手が、宙で止まった。


「大丈夫じゃないので、そんな嘘はつきません」

「ニネッタ、頼む。今ここで帰られたら、私は――」


 私は伯母様に向き直った。


「馬車まで、ご一緒してもいいですか」


 伯母様が、私の腕を取った。

 ラズロが道を塞いだままでいると、彼の母親が来て、息子の腕を引いた。


「通してあげなさい」


 ラズロが母親を見る。

 その間に、私は伯母様と歩きだした。


     *


 後日、両家で費用の精算をした。

 婚礼は両家で費用を分けていたが、伯爵が全額を負担し、私の家が支払った分も返すことになった。

 遠方から来た客には旅費の補償を申し出る。帰りの馬車を新たに手配した分も、もちろん伯爵持ちだ。


「こんなに払ったら、私の手元には何も残りませんよ!」


 負担額を聞いて、ラズロが紙を突き返した。


「父上が招いたお客様の旅費まで、なぜ私が」

「お前の行動の結果だろうが! 私の蓄えだけで出せると思うな!」

「その蓄えで、私たちの新しい家も用意すると仰ったでしょう!」

「私自身がここを出ていくんだぞ!」


 伯爵が卓を叩いた。

 ラズロも椅子を蹴るようにして立ったが、伯爵は顔も上げなかった。

 立ったままでいても誰も取りなさず、やがてラズロは自分で座り直した。


 結局、父子はそれぞれの蓄えを取り崩した。

 料理人や楽師、設営に携わった人には契約どおりに支払い、急な客の送り出しで仕事の増えた使用人には、別に手当も払った。

 働いた人にまで損をさせるようなら、その件も公爵へ報告すると、父が念を押した。


 誓約も婚姻の登録も済んでいなかったので、婚約解消の書類を交わした。

 持参金と、先に運び込んだ私の荷物はすべて返してもらう。結婚祝いには礼状を添えて返却し、欠席の招待客へも中止の理由を知らせた。

 花嫁の支度が遅れたという説明は、どこにも入れなかった。


 公爵から登用撤回の知らせが回ったあと、ラズロを招くはずだった宴の主催者からも、断りが届いたそうだ。

 伯爵には、まだ自分で謝罪に行かなければならない家がいくつもある。

 伯爵はその一覧を見て、長いこと額を押さえていた。


 私たちの話は終わったので、両親と席を立った。


「ニネッタ」


 ラズロが呼び止めた。


「君は、私がこんなことになって、何とも思わないのか」


 彼の手元には支払いの書類がある。

 伯爵の前にも、ほとんど同じものがあった。

 二人とも、もう私に命じて済ませることができずに、そこに座っていた。


 そうですね。

 さすがに少しは同情しますわ、今の状況には。

 だけど――


「ええ。あなたと結婚しなくて済んで、本当によかったです」


 今度こそ彼の顔を見る必要はなかった。

 私は、先に行くことにした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!




面白かったと思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価していただけると嬉しいです。


感想などもいただけると、今後の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シンプル読みづらいし、外ヅラが良い男の設定の割に、結婚式直前に女のところへわざわざ出向くのはちょっとお話に無理がある
他の方も書かれてましたが“伯爵”と“父”が混在してて、その上花嫁の父親も登場するから混乱しました。 それと花嫁側の身分がイマイチ分からず、しかし花嫁側の両親が相手側への批判とか怒鳴るとかの描写がないの…
結婚式だと分かっていて新郎を呼びつけた女は式をぶち壊すき満々だけど、思惑通りになって今頃大喜びしてそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。