犬島由紀夫
ハスキー犬のぬいぐるみと過ごす、少し変わった夜の物語。厳格な名前に秘められた、可笑しくも騒々しい同居生活が始まります。
ファンシー・ショップで犬のぬいぐるみを買った。色と形から、犬種はシベリアンハスキーを象っていると思われた。
自宅に帰り着くまでに彼、(彼女?)の名前をつけてしまおうと思った。
歩きながら考えた名前は。━━犬島由紀夫━━。
犬だけに犬からはじまる。そして、ちょうど読んでいた小説が三島由紀夫さんのものだったから、そんな名前になったのだ。
家に着き、早速ベッドの特等席へ「犬島由紀夫」を鎮座させた。キリッとしたハスキー顔と、昭和文学の巨匠を思わせる名前に、思わず背筋が伸びる。
その夜のことだ。金縛りに遭った。
「……見事な腹切である!」
枕元から朗々としたダミ声が聞こえる。驚いて目を開けると、犬島由紀夫が短い前脚で必死に自分の綿を引っ張り出そうとしていた。
「おい何やってんだ!?」
「静かにいたせ! 私は英霊……いや、ハスキーの魂を胸に、美学を貫いているのだ!」
どうやら、名前のせいで妙にドラマチックで武士道精神溢れる人格が宿ってしまったらしい。しかし、ポリエステル100%のボディから綿はそう簡単に出てこず、ただ「フンス! フンス!」と鼻息を荒くして悶絶しているだけだった。
「だいたい、君の部屋には美がない! 漫画本が散乱し、カップ麺の汁が放置されている!」
「うっ、余計なお世話だろ……ってか、喋るぬいぐるみって、もっと可愛いやつじゃないの!?」
「問答無用! 今すぐ部屋を片付けたまえ! さもなくば、この部屋で自決する!」
そう叫んで、彼は学習机の角に向かってポスッ、ポスッと頭をぶつけ始めた。ダメージゼロのパフォーマンスだ。
「わかった、片付けるから! 頼むから静かにしてくれ!」
こうして我が家に、世界一うるさくて、世界一掃除に厳しい凛々しいハスキー犬がやってきたのだった。
【了】
『ハスキー犬のぬいぐるみ』の物語をお読みいただき、ありがとうございます。
大きなぬいぐるみ一つで、いつもの夜が少し賑やかで愛おしく思える……そんな日常の可笑しさが伝わっていたら嬉しいです。
あなたの夜にも、素敵な相棒との時間が訪れますように。




