開戦の号令
会談は、形式上の「成功」をもって終了した。
誰も笑わず、誰も安心せず、ただ予定された時間が過ぎただけの終結。
帝都ホテルを包んでいた緊張は、最後まで解けることはなかった。
だが、その裏で起きた出来事——
狙撃未遂、そして正体不明の制圧。
その報告はすぐに、皇帝の耳へ届く。
帝都ベルスン、皇宮。
玉座の間に沈黙が落ちる。
覇権国家の頂点、**日輪院 昴耀**は、報告書を静かに閉じた。
「なるほど」
ただ一言。
怒りも驚きもない。
「秩序を乱す意志があるのならば、秩序そのものを拡張すればよい」
それは結論だった。
数時間後。
帝国政府は全世界へ向け、正式声明を発表する。
——大日輪帝国は、同盟国を除く全国家に対し宣戦布告する。
理由は単純。
敵対の可能性があるならば、すべて敵として処理する。
外交は終わった。
戦争が始まる。
その日、世界は一つの時代を終えた。
局地戦は消え、小競り合いは意味を失い、歴史はただ一つの言葉に収束する。
世界大戦。
帝都ホテル外周警備に配置されていた三人は、その宣言が放送される瞬間を最も近い場所で聞いた。
戦争を起こした“原因”のすぐ傍にいた者として。
ターニャは沈黙し、イザ・マクシムはただ空を見上げ、ハズキ=ヤナガワは言葉を失っていた。
歴史が動く音を、確かに聞いたからだ。
数日後。
帝国軍本部。
巨大な戦争の開始に伴い、異例の人事が発表される。
推薦者は、“山吹小次郎”。
彼の特権的裁量による、前例のない編成だった。
■ 第158戦闘大隊
大隊長:ターニャ
副官:イザ・マクシム
作戦立案本部長:ハズキ=ヤナガワ(特例任命)
訓練生上がりの三名による指揮系統。
常識ではあり得ない人事。
だが、帝国において合理性とは成果のみで測られる。
結果を出せば正義。
失敗すれば消滅。
それだけだった。
就任式は簡素に行われた。
軍旗掲揚。
宣誓。
任命書授与。
祝福の言葉はない。
あるのは期待と、消耗の予測だけ。
新設された第158戦闘大隊は、巨大な戦争機構の歯車として組み込まれた。
式典終了後。
イザは与えられた個室へ戻る。
重い扉を閉め、ようやく一人になる。
静寂。
遠くから軍用車両の音が聞こえる。
世界は動いている。
戦争は始まっている。
すべてが、確実に進んでいた。
その瞬間だった。
——止まった。
音が消える。
空気が凍りつく。
窓の外で揺れていた旗も、遠くの車両も、すべてが完全に静止している。
時間そのものが停止していた。
イザだけが動ける。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく響く。
「……何だ、これ」
答える者はいない。
ただ、世界が沈黙していた。
戦争が始まった日。
少女の時間だけが、別の何かへと接続された。




