護衛と補佐
訓練所へ戻った日の夕刻。
爆撃の痕が残る敷地は、異様な静けさに包まれていた。
瓦礫は片付けられ、負傷者は後送された。
だが、失われた命だけは戻らない。
「……直立」
山吹小次郎大尉の声に、
イザとターニャは背筋を伸ばした。
執務室。
無骨な机と椅子、それだけの空間。
「雷号迎撃作戦での行動、報告はすべて確認した」
一拍。
「——よくやった」
短い言葉だった。
だが、その一言に、二人は息を呑んだ。
「観測の精度、判断速度、連携。
新人としては十分以上だ」
山吹は腕を組んだまま、続ける。
「生き残ったことも含めてな」
それは、この男にとって最大級の称賛だった。
「ありがとうございます」
イザが答え、ターニャも無言で頷いた。
「だが、浮かれるな」
低い声。
「戦争は、ここからが本番だ」
翌日、帝国全土に正式通達が流れた。
大日輪帝国、反帝国陣営に対し正式に宣戦布告を決定。
もはや限定衝突ではない。
世界は、完全に二つへ割れた。
その直後、
山吹小次郎のもとに“直命”が届く。
差出人は——皇帝直轄。
内容は簡潔だった。
首都ベルスンにて行われる、
敵国陣営・連邦サイドと、
同盟国による大日輪共栄圏サイドの会談。
そこへ、山吹小次郎の出席を求める。
「……外交の席に、俺を呼ぶか」
それは名誉ではない。
威圧だ。
“大日輪の悪魔”を、あえて同席させる。
それ自体が、帝国の意思表示だった。
同日夕刻。
山吹は三人を執務室に呼び出した。
イサ・マクシム。ターニャ。
そして——
「……ハズキ=ヤナガワ、です」
小柄な少年が、緊張した面持ちで名乗る。
一般訓練生。
戦闘兵ではない。
だが、近距離での身のこなし、
遠距離射撃の精度、
反応速度と危険察知。
すべてが高水準。
本人だけが、それに気づいていない。
「単刀直入に言う」
山吹は言った。
「俺は、貴様ら三人を
護衛および補佐要員として同行させたい」
「……護衛、ですか?」
ターニャが眉をひそめる。
「そうだ」
「私たち、正式な護衛部隊じゃありませんよ」
「だからだ」
山吹は即答する。
「戦闘兵だけの護衛は目立つ。
一般兵と混じった随伴のほうが、よほど厄介だ」
視線が、ヤナガワに向けられる。
「ハズキ=ヤナガワ」
「は、はいっ」
「貴様は一般訓練生だ。
だが、近接制圧と射撃において、
無意識に最適な動きをしている」
ヤナガワは慌てて首を振った。
「そ、そんな……僕は普通で……」
「だからいい」
山吹の声は揺れない。
「魔力反応が薄く、戦闘兵として登録もされていない。
だが、近くで守るには十分すぎる」
次に、イザを見る。
「マクシム。
戦闘兵としての潜在値と、冷静な判断力。
護衛と補佐、どちらにも向く」
最後に、ターニャ。
「実戦経験者。
突破力と連携能力が高い。状況が崩れた際の要だ」
三人は言葉を失っていた。
「俺は、貴様らを信頼している」
山吹は、静かに言った。
「この会談は、戦場より危険だ。だから——」
一拍。
「俺と一緒に来てくれ」
沈黙。
最初に口を開いたのは、イザだった。
「……行きます」
ターニャも、軽く肩をすくめる。
「断る理由、ないでしょ」
ヤナガワは一瞬迷い、
小さく息を吸って言った。
「……僕も、行きます。役に立てるなら」
山吹は深く頷いた。
「決まりだ」
こうして三人は、山吹小次郎の護衛・補佐要員として、帝国首都ベルスンへ向かうことになる。
まだ誰も知らない。
この“選抜”が、会談の行方、
そして戦争の歯車を大きく動かすことを。




