大日輪の悪魔と、戦闘兵
大日輪帝国軍・新兵訓練所。
そこは人を鍛える場所ではない。
人を壊し、残ったものだけを兵にする場所だった。
「遅い、貴様らの動きは、負傷兵以下だ」
低く、腹の底に響く声が訓練場を支配していた。
声の主——
山吹小次郎 大尉。
背は高くない。
体格も異様に大きいわけではない。
だが、その存在感だけで空気が歪む。
新兵たちは知っている、この男の異名を。
——大日輪の悪魔。
戦場でただ一人、敵軍の陣を崩壊させたという伝説、捕虜を取らず、撤退も許さず、戦線を“消した”存在。
イザ・マクシムは、無意識に背筋を伸ばしていた。
「女。前へ出ろ」
突然の指名に、周囲がざわつく。
「名は」
「イザ・マクシム、です」
山吹は、じっと彼女を見下ろした。
まるで中身を解体するような視線。
「……貴様、震えていないな」
「はい」
「恐怖がないのか?」
一瞬、イザは言葉に詰まった。
だが、正直に答える。
「あります。でも……慣れています」
次の瞬間。
地面が砕けた。
山吹の拳が、地面に叩きつけられていた。
銃も剣も使っていない。
ただの拳。
なのに、衝撃波が走り、新兵たちがよろめく。
「これが、この世界の戦いだ」
ざわめきが止まる。
「銃に頼る兵は“通常兵”。
だが、真に戦場を支配するのは——」
山吹は拳を握った。
その瞬間、赤黒い光が腕に纏わりつく。
「戦闘兵だ」
魔力。
それを肉体に直接付与し、殴り、砕き、殺す兵。
「魔力を拳に乗せれば、装甲は紙同然。
脚に乗せれば、弾丸より速く動ける」
イザは息を呑んだ。
戦い方は知っている。
だが——同じで、違う。
(現代戦の理屈は通じる……でも、根本が違う)
「マクシム」
「は、はい!」
「貴様は、戦闘兵を目指せ」
即断だった。
「え……?」
「目だ。
死線を越えた者の目をしている」
山吹は背を向ける。
「三日後、傭兵検査だ。
適性がなければ、前線で消耗品。
あれば——地獄を見る」
それだけ言い残し、去っていった。
三日後。
傭兵検査施設。
水晶装置に手を置いた瞬間、室内の空気が変わった。
「……数値、再測定!」
検査官の声が裏返る。
水晶は、異常なほど強く光っていた。
「戦闘兵適性規格外。S判定」
ざわめきが爆発する。
「10年に一度出るかどうかの数値だ……」
イザは、ただ立ち尽くしていた。
その様子を、離れた場所から山吹小次郎が見ていた。
「……やはりな」
小さく、誰にも聞こえない声。
「転生者同士、か」
少女はまだ知らない。
自分が、世界の歯車ではなく、世界を壊しうる存在だということを。
こうして、イザ・マクシムは「通常兵」ではなく、戦闘兵候補として、地獄のさらに底へ進むことになった。




