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厄災日記  作者: LOOK Circle
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イザ・マクシムとして再び生きる

 水野勇海は、普通の中学生だった。

 少なくとも、自分ではそう思っていた。


 だが世界は、彼を「普通」として扱わなかった。


 理由のない言葉。

 理由のない嘲笑。

 理由のない暴力。


 教室という閉じた戦場で、勇海は常に弱者だった。

 助けを求める声は空気に溶け、見て見ぬふりという名の沈黙が、何よりも彼を追い詰めた。


 ——そして、ある日。


 すべてが終わった。


 痛みも、恐怖も、悲しみも、そこで途切れた。


 目を覚ますと、そこは現実ではなかった。


 白でもなく、闇でもない。

 足元は確かに“在る”のに、空も天井も存在しない、不完全な世界。


「……ここは……?」


 声を出した瞬間、勇海は違和感を覚えた。

 声が高い、自分のものではない。


「目覚めたか。水野勇海」


 どこからともなく響く声。

 性別も年齢も感じさせない、圧倒的な存在感だけがそこにあった。


「君は死んだ」


 淡々と、事実だけを告げる声。


「だが、完全な終わりではない。

君には“選択”が与えられる」


 勇海は息を呑んだ。


「新たな世界へ転生し、軍人として生きよ。

その世界を平和へ導いたとき——君は、元の世界へ帰ることができる」


「……軍人?」


「そうだ。

 その世界は、恒久戦争の渦中にある」


 説明を受けながら、勇海は足元を見た。

 そして、凍りついた。


——細い手。

——華奢な身体。

——胸の膨らみ。


「……え?」


「肉体は再構成されている。

君はもう、元の姿ではない」


 勇海は理解するのに時間がかかった。

 理解した瞬間、言葉を失った。


「……女の子……?」


「そうだ」


 否定も、補足もない。


「名はどうする?」


 その問いに、勇海はしばらく黙り込んだ。

 水野勇海は、死んだ。

 弱く、何もできなかった自分は、あの世界に置いてきた。


「……新しい名前がいい」


「ほう」


「イザ・マクシム。

この世界で生きる俺……いや、私の名前」


 声は、ほんのわずかに満足そうだった。


「了承した。

では行け、イザ・マクシム、戦争の世界へ」


 視界が反転する。

 白は砕け、光が崩れ落ち、意識は引きずり込まれていった。


「起きろ、新兵!」


 怒鳴り声と共に、地面の冷たさを感じた。


 砂埃、硝煙、金属音。

 そこは軍事訓練場だった。


 周囲には、同じように若い兵士たち。

 少年も少女も関係なく、全員が銃を持たされている。


「名を名乗れ!」


 一瞬の迷いの後、イザは立ち上がった。


「…… イザ・マクシムです!」


 教官は無表情で頷く。


「ここは大日輪帝国軍 新兵訓練所。

貴様らは今日から、帝国の剣だ」


 その名を聞いた瞬間、胸が重くなった。


——大日輪帝国。

 世界最強にして、世界の秩序を名乗る覇権国家。


 感情を捨てた皇帝、百戦不敗の大元帥、神意を掲げる同盟国、そして帝国に抗う、無数の敵。


(……この世界で、平和を作る)


 それが、帰る条件。


 いじめられて死んだ中学生は、今、少女の軍人として立っていた。


「生き残りたい者だけ、ついて来い!」


 怒号が響く。


 イザ・マクシムは、唇を噛みしめ、前を見据えた。


——もう、弱いままでは終わらない。


 こうして、少女兵イザ・マクシムの軍歴は、血と鉄の世界で始まった。

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