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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第1幕

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8 冒険への反対

 ただの通行人だ。眉間にしわを寄せた、真剣な顔。


 魔の化身……すごい言われようだけど、文字通りの意味だろうかと、ウイユは訝しむ。

 一方、フェトゥレは爽やかに笑って返す。


「あなたもしかして、境界川の外側から来たんですか?」


 アレクサンダーは敵国には憎まれていましたからねーと、さらっと言う。


「今の視点で当時の倫理観をとやかく言うもんじゃ、ありません。あの方の行いは元より、善悪で推し量れるものではありませんし。なにより、かっこよさは正義です」


 眉を上げ、クリアな笑顔を見せた。

 相手は真顔になる。


「お前みてぇなのがいるから、歴史の真相が埋もれるんだよ」

「もちろん、征服者になる気はありませんよ。僕がなるべきはヒーローですから」


 フェトゥレは憂いもなく答える。実に快活とした印象だ。


「なら別の奴を参考にしやがれ」


 通行人は顔を背けて、人の群れに紛れた。

 ウイユはそれを横目に、舞台へと視線を向ける。


 演者が剣を掲げると雷が閃き、炎が円状に広がる。

 戦場を征し王冠を手にする男を見ながら、主役の人とエウリックを重ね合わせる。


 兄のほうがかっこいいし、オーラがあった。


 蘇った記憶。最後に見た姿。

 古代王の装束が目に焼き付いている。


 エウリックは、かの王のトレードマークであるギフトライトなる石を、お遊戯感覚で再現した。魔道技術を用いてカラーチェンジするものだ。

 今も演者の胸で輝くネックレス。


 ギフトライトの模造品はよくできていたけれど、不思議と彼の瞳のほうが、本物らしい。

 陽光を浴びてルビー色に輝く瞳。元々不思議な色合いの虹彩。

 時と状況によって変化が生じる。神秘的で魅入られる。

 あれの前じゃどんな宝石でもかすんでしまう。


 最後に彼が舞台に上がったときは、いつにも増して別人みたいだった。

 あのルビーレッドの色が忘れられない。

 またエウリックが演じているところを見たい。

 彼が演じたのならどんな征服者でも様になるだろうから。


 でも、もう叶わぬ夢。

 眉を寄せれば、睫毛が落ちる。

 目を伏せた。


 と、兄の影を追いかけているのに気づいて、慌てて首を横に振る。

 中途半端な長さの髪を振り乱す。


 馬鹿だな、もう来るはずがないと分かっていたのに。


 今年こそはと希望を抱いて、何年が経ったのだろう。

 考えていて、悲しくなってきた。

 あたりは暗青色に包まれる。彼女の心もまたぼんやりとした影に沈んでいった。



 夜になると、より盛り上がる会場。

 広場にドレスアップした人があふれ出て、舞い踊る。

 カチカチとカスタネットの小気味よい音に、ハーモニカの懐かしい音色。様々な楽器が合わさり、壮大な世界観を築いていた。


「フェトゥレは一緒に踊らないの?」

「僕は僕の自由にやりたいだけです」


 フェトゥレは中央の協奏には見向きもせずに、延々と皿に盛られた料理を食べている。サフラン色のピラフだ。

 同じ料理を食べてみる。さぞ香ばしい味わいがするのだろうと思いきや、なんだこれ。酸っぱい。ウイユは顔をしかめる。


「おや、あの方は好きだったようですよ」


 相手は意外そうな反応。


「変な味がするのは確かですが」

「どうやら私の舌は間違ってないみたい」


 同意しておく。


「それで、どうです? ほかにもおすすめはありますよ」


 フェトゥレは屋台のほうを指す。

 無言で見渡しつつ、ウイユはこくりと頷いた。


 彼と一緒に屋台を巡る。

 スモーキービーフの串焼きに、焼き瓜。どれも香ばしい味付けで、大満足だ。特産品も新鮮で、美味しかった。村も捨てたものではないらしい。


 やがて中央では花火が打ち上がる。

 華やかな色が夜に広がる。

 見上げる顔が、美しい明かりに染まった。



 やがてお開きとなり、広場を離れた。

 明かりの群れを背に、闇のほうへ足を踏み出す。

 祭りの余韻に浸り、両者は向き合う。グレーの繋ぎがオレンジ色に照らされていた。


「今年も祭りにこれてよかったです。開催してくれてありがとう!」


 夜闇に向かって両手を振るフェトゥレ。

 どちらかというと神に対する捧げ物で、彼のものではないのだけど。

 気にせずに見つめるウイユ。


 やがて彼が振り向く。

 周りの明かりに染められて、キラリと光った顔。


「いい思い出を作れました。ウイユさんも楽しめましたか?」


 にこにことした態度。


「ええ、まあ」


 なんともいえない反応で頷く。


「そうであればよかったです」


 フェトゥレは顔を明るくする。

 互いに頬を緩め、口元が弧を描いた。


 彼のことはよく分からないままだけど、来年もまた会えるといいな。

 なんとなく思いながら、手を振り合う。


 スノーホワイトの家並みの向こうへ消える、冒険者の影を、見送った。



 夜の気配が高まるのを感じながら、ウイユは帰る。

 家に戻ると、居間に通された。

 両親と対面する。


 テーブルを挟んだ反対側に、さらさらとした髪の整った毛先をシワのないブラウスへ流した女性。

 名はルイーズ。

 ハンドクリームの柔らかな匂いが微かに感じるがあくまで人工的で、つくろった印象を受ける。

 隣には地味な父親も構えていた。澄み切った肌に甘い顔立ちをしている。


「学園ではなにをしているのですか? やりたいことはないのかしら?」


 切れ長の目で問われ、とっさに視線をそらした。

 一瞬虚空を見つめてから、すぐに正面を向き直す。


「冒険に興味があります」


 うわずった声で答えた。


「おお! 冒険はいいぞぉ。ロマンもスリルもある」


 エミールが目を大きくし、感心の声を漏らす。

 父が機嫌をよくする一方、母は露骨に顔をしかめた。


「ルイン王国のあり方、どんなところなのか知りたいんです」


 ウイユはもじもじとしつつ、素直に答える。

 反応が気になる中、恐る恐る顔を上げた。


「それは冒険でなければならないのですか?」


 空気が凍りついた。

 エミールがびくっとしつつ、横を見やる。


 真顔になった母親。

 ナチュラルメイクの整った面立ちだから、無の表情が一段と怖い。


「冒険なんて遊びをやってないで真面目に生きるのです。なんのために王立学園に送ったと思っているの。さっさと卒業し、就職しなさい」


 罵倒するような勢いで言われる。


「はい……」


 肩を落として答える。

 父も結局、口を挟んではくれなかった。


 両親はそれぞれの部屋へ戻る。


「冒険者、おすすめするのだがね」

「学者に転向したあなたが言うのですか?」

「別にブレたわけじゃない。私は最初から天文学をだねぇ」


 小さく、こもって聞こえてくる話し声を耳に入れつつ、戸から目をそらす。


 たった一人残された。

 眉をつり上げたまま、口を曲げる。


 モヤモヤする。なんで否定されなきゃいけないの。

 冒険者は山程いる。別に悪い職業じゃないのに軽く見ているのが我慢ならない。


 自分も冒険者になれるのだと証明してみせる。

 硬く拳を握り、天井を睨んだ。



 朝になって、ウイユは家を飛び出した。

 敷地内を外れ、氷晶の森の中に入り込む。

 結晶がキラキラと光を浴びて輝いていた。


「きれい……」


 しばし状況を忘れて、見入ってしまった。


 そんなとき、急にあたりが陰る。

 不透明なクリスタルの群れ。

 ひんやりとした空気に、ざらついた不穏な気配が忍び寄る。

 恐る恐る視線を滑らし、目を見開いた。


 嘘でしょ、このあたりは出ないって聞いたのに。


 現れたのは魔物だった。

 影が立体化したような見た目で、不気味。

 表情はないのに、笑っているように見える。


 森に入るんじゃなかった。

 それに、魔物を見るのが初めてだ。


 対処の方法が分からないので、逃げるしかない。

 走り出そうとして、地面のくぼみにつまずく。


 すってんころりん、座り込んだ。

 焦り、立ち上がろうとして、顔を上げる。


 手前が薄暗くなり、影が伸びる。

 戦慄が背を撫で、目を見開き硬直。

 絶望の最中、別の術が飛んでくる。


 眼の前で魔物が消滅。ちりと化した。

 ウイユにはなにが起きたのか、分からなかった。

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