4 魔弾
ガラスの破片のようにバラバラに散らばったバリア。
嘘……。
目を見開き、硬直する。
瞬く間に意志がへにゃへにゃになった。
あっけに取られた矢先、突撃してくる敵。
姿勢を正し、手を構える。
戦闘は素人だけど、さすがに初歩の魔術は使えるのだ。
神経を研ぎ澄まし、練った魔力を放つ。
魔弾だ。
どんなものだ。
ドヤ顔になったのも束の間、切り払われる。
土煙をまといながら、口を曲げるロジェ。不機嫌そう。
「基礎しかできねぇのか。魔術学園一年生から出直しな!」
姿勢を低くし、一気に飛び込む。
目の前で閃く穂。
ウイユはカッと目を見開いたまま、硬直した。
以降の記憶はない。
気がつくと医務室で眠っていた。
むくりと起き上がると、作ったような笑顔の女性。
医療班に事務的な優しさで出口へ手を差し伸べられ、スタスタと歩く。
無傷で戻ってきても、なんだかふわふわした気分だ。いったいなにが起きたんだろう。
次の日、登校するなり、冷ややかな視線が注ぐ。
「見ろよあれ。雑魚がよ」
「無様だな」
嘲る声に陰口が混ざる。
「あの人やばいよね。なんでうちらみたいな学校にあんなのが」
「ロジェ・シルヴェストル?」
「噂じゃ血筋がやばいんだって」
「きっと罪人の息子だよー。ほら例の魔とか?」
一部では暴力的なロジェを非難する声も目立った。
眉を潜めた女子たちの横を素通りする、学ラン。
不良男子はフンと鼻息を荒げて、着席する。
ウイユがちらちらと視線を送ると、顔を背ける生徒たち。
大っぴらに味方してくれる相手は少ない。
肩身が狭くて、背を丸めた。
放課後。
負けっぱなしじゃ終われなくて、体育館で練習する。
腕を構え、空を指す。
ボヤッ、しゅわ……。
宙で蒸発して消えていった、青い残光。
魔弾は不発だ。
しょんぼりと肩を落とし、うつむいたとき。
「ダメだ。あんたの真価はそれじゃないだろ」
後ろから声が掛かる。
アシンメトリーな髪型をした少年が立っていた。
ブレザーの紺色の肩に黒い毛先がかかっている。
「どうせ嗤いに来たんでしょう?」
目つきを細め、唇を尖らせる。
「まさか」
アルフは薄く笑った。
「原石を見抜けないほど、俺は半人前じゃないからね」
「は?」
片眉をひそめる。
「あんたの能力、磨けば光るぞ」
「だから、なに?」
目を据える。
「放っておいて」
どうせ、からかいにきたに決まっている。
自分の力なんて大したことはないのだからと、ふてくされた顔。
腕を組んだ少女に、なにも言わない少年。
一瞬の間が空いた。
「そうか、じゃあ知らね」
ひらり。
片手を振るなり、あっさりと身を翻す。
軽い足音が遠ざかる。
硬い床に反射した影が、通路のほうへと消えた。
無機質な空間に、ため息が落ちる。
突っぱねてしまった。本当にこれでよかったのだろうか。
嘘でも褒めてくれたのは、救われた。
だからこそ本当はありがとうと言えればよかったのに。
「はぁ……」
自己嫌悪が湧き、また息を吐いた。
まだ春。みずみずしい草木の匂いがする。
淡い光が射し込む教室で、授業が始まった。
「天におりますは尊きお方。万物を創造し、地をも統べる。さあ、皆さんも神を敬い、運命・未来の全てを捧げましょう」
教鞭を取る先生。
熱心に、目を輝かせて聞く生徒たち。
ウイユは眠そうに窓の外を見つめる。
神の実在について興味はなかった。
聖ジュエル学園に入学して二ヶ月が経とうとしている。
周りのメンバーはすでに友達を作る中、ウイユはぼっち。
一人だけスカート丈が長いし冴えなくて、浮いている。
まるで別世界の住人になったかのように、どんな場所でも馴染めない。
自分が時々分からなくなる。ウイユは憂い顔で頬杖をついた。
昼の鐘が鳴る。
ランチだ。
どうしよう。
どうもしない顔で佇むと、手前に迫る気配。
「よかったら一緒に食事でもどう? あなたってどんなものが好きなのかしら」
朱色のおさげに、ナチュラルにメイクを施した顔。
学園のマドンナがなぜ、目の前に?
ニコッとした少女。
その奥から、渋い顔をした女子たちがこちらを見てくる。
マドンナに声を掛けたかったのに先を越されたと、妬みや嫌味が混じった視線。
ドロドロとした圧を感じながら、ぎこちなく席を立つ。
「ぜひよろこんで」
引きつった顔で応じる。
「やったー! ならあたしたち、友達ね」
純粋な顔に明るい声を出し、憂いなく手を取るエレナ。
彼女とともに歩き出す。
苦笑いを浮かべたウイユ。
内心、どうしてこうなったと言いたいが、断る選択肢はなかった。
彼女はそういうことができない性格だからだ。
以降一人でいると、エレナが声を掛けてくるようになった。
さすがはマドンナ。どんな相手にも優しく接してくれる。
しかし、王都を案内すると言い出したときは、怯んだ。
「そんな、畏れ多いよ。あなたにはもっとふさわしい人がいるんじゃない?」
怖ず怖ずと呼びかけるも、相手はノリノリだ。
「駄目。あなたのこともっと知りたいの。それに、みんな都市圏出身でしょう? 他の地方から来た子は少ないのよ」
全く聞いてくれない。
「ジュエル学園での生活は新しいことばかりで不安よね。実はあたしもそうなの」
豊かな睫毛が強調する目。
虹彩をよく見るとオレンジをベースに、黄と赤の色が滲んでいた。
半熟の玉子のように丸い瞳が、焦がれるようにウイユを見つめる。
「だから、一緒に頑張って行きましょう、ウイユ」
両手を掴み、ぐいっと迫る。ふんわりと柑橘系の香りがした。
ウイユが嫌と言わないのを見るや、相手は一気に気を良くしたのか、満面の笑みを向ける。
キラキラとした顔に胸を締め付けられた。
「休みの日なら暇だし、いいよ」
目をそらしながら控えめに繰り出す。
「じゃあ約束よ! 次の日に広場で会いましょう!」
エレナは高い声を出し、手を振り離れていく。
「じゃあね、ウイユ」
イキイキとした声を聞いた。
ウイユはやれやれと息を吐き、肩をすくめる。
王都ロワ・グロワール、市街地。
休日。
晴れた空の下、無地のカットソーに長ズボンといった格好で、表に出てきたウイユ。
やや遅れて現れた相手の容姿に、おお……と息を呑む。
花が開いたデザインの袖のシフォンブラウスに、ミニスカート。
ニーハイソックスに覆われた脚は長く、肉感的だった。
足元はフラットシューズながらピンク色と可愛らしく、差を見せつけられた気になった。
「わぁ、ちゃんと着てくれたんだ。待ってた? ひょっとしてあたしのこと好き?」
「待ってないし、約束に従っただけ」
突き放すように答えても、彼女はニコニコしたままだった。
「嫌じゃないってことなら付き合ってくれるわよね。あたし、案内したいところが山程あるのよ」
エレナは喜々として距離を取り、こちらの腕を掴んだ。
そばで存在感を放つ装飾品。
胸元の赤銅のチェーンに吊るされた、ブリリアントカットのトパーズ。
髪の編み込みの根本では、苺色のイヤリングが揺れる。
「こっちは手作りなのよ」
自身の耳に触れ、示す。
いわく、レジンを加工したものらしい。
本物のクォーツのように透明感があって、キラキラと輝いている。
物を作る才能があって、羨ましくなった。
同時になんの装飾もない貧相な自分の手首が、彼女に触れたことで、色を帯びた気がする。
「それじゃあ行くわよ、ついてきて」
のびのびと歩き出すエレナを追いかけ、ウイユもそっと足を動かした。




