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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第1幕

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4 魔弾


 ガラスの破片のようにバラバラに散らばったバリア。


 嘘……。

 目を見開き、硬直する。

 瞬く間に意志がへにゃへにゃになった。


 あっけに取られた矢先、突撃してくる敵。


 姿勢を正し、手を構える。

 戦闘は素人だけど、さすがに初歩の魔術は使えるのだ。

 神経を研ぎ澄まし、練った魔力を放つ。

 魔弾だ。


 どんなものだ。

 ドヤ顔になったのも束の間、切り払われる。

 土煙をまといながら、口を曲げるロジェ。不機嫌そう。


「基礎しかできねぇのか。魔術学園一年生から出直しな!」


 姿勢を低くし、一気に飛び込む。

 目の前で閃く穂。

 ウイユはカッと目を見開いたまま、硬直した。



 以降の記憶はない。

 気がつくと医務室で眠っていた。

 むくりと起き上がると、作ったような笑顔の女性。

 医療班に事務的な優しさで出口へ手を差し伸べられ、スタスタと歩く。


 無傷で戻ってきても、なんだかふわふわした気分だ。いったいなにが起きたんだろう。



 次の日、登校するなり、冷ややかな視線が注ぐ。


「見ろよあれ。雑魚がよ」

「無様だな」


 あざける声に陰口が混ざる。


「あの人やばいよね。なんでうちらみたいな学校にあんなのが」

「ロジェ・シルヴェストル?」

「噂じゃ血筋がやばいんだって」

「きっと罪人の息子だよー。ほら例の魔とか?」


 一部では暴力的なロジェを非難する声も目立った。

 眉を潜めた女子たちの横を素通りする、学ラン。

 不良男子はフンと鼻息を荒げて、着席する。


 ウイユがちらちらと視線を送ると、顔を背ける生徒たち。

 大っぴらに味方してくれる相手は少ない。

 肩身が狭くて、背を丸めた。



 放課後。

 負けっぱなしじゃ終われなくて、体育館で練習する。

 腕を構え、空を指す。

 ボヤッ、しゅわ……。

 宙で蒸発して消えていった、青い残光。

 魔弾は不発だ。

 しょんぼりと肩を落とし、うつむいたとき。


「ダメだ。あんたの真価はそれじゃないだろ」


 後ろから声が掛かる。

 アシンメトリーな髪型をした少年が立っていた。

 ブレザーの紺色の肩に黒い毛先がかかっている。


「どうせわらいに来たんでしょう?」


 目つきを細め、唇を尖らせる。


「まさか」


 アルフは薄く笑った。


「原石を見抜けないほど、俺は半人前じゃないからね」

「は?」


 片眉をひそめる。


「あんたの能力、磨けば光るぞ」

「だから、なに?」


 目を据える。


「放っておいて」


 どうせ、からかいにきたに決まっている。

 自分の力なんて大したことはないのだからと、ふてくされた顔。

 腕を組んだ少女に、なにも言わない少年。

 一瞬の間が空いた。


「そうか、じゃあ知らね」


 ひらり。

 片手を振るなり、あっさりと身を翻す。

 軽い足音が遠ざかる。

 硬い床に反射した影が、通路のほうへと消えた。


 無機質な空間に、ため息が落ちる。

 突っぱねてしまった。本当にこれでよかったのだろうか。

 嘘でも褒めてくれたのは、救われた。

 だからこそ本当はありがとうと言えればよかったのに。


「はぁ……」


 自己嫌悪が湧き、また息を吐いた。



 まだ春。みずみずしい草木の匂いがする。

 淡い光が射し込む教室で、授業が始まった。


「天におりますは尊きお方。万物を創造し、地をも統べる。さあ、皆さんも神を敬い、運命・未来の全てを捧げましょう」


 教鞭を取る先生。

 熱心に、目を輝かせて聞く生徒たち。


 ウイユは眠そうに窓の外を見つめる。

 神の実在について興味はなかった。



 聖ジュエル学園に入学して二ヶ月が経とうとしている。


 周りのメンバーはすでに友達を作る中、ウイユはぼっち。

 一人だけスカート丈が長いし冴えなくて、浮いている。


 まるで別世界の住人になったかのように、どんな場所でも馴染めない。

 自分が時々分からなくなる。ウイユはうれい顔で頬杖をついた。



 昼の鐘が鳴る。

 ランチだ。

 どうしよう。

 どうもしない顔で佇むと、手前に迫る気配。


「よかったら一緒に食事でもどう? あなたってどんなものが好きなのかしら」


 朱色のおさげに、ナチュラルにメイクを施した顔。

 学園のマドンナがなぜ、目の前に?


 ニコッとした少女。

 その奥から、渋い顔をした女子たちがこちらを見てくる。


 マドンナに声を掛けたかったのに先を越されたと、ねたみや嫌味が混じった視線。

 ドロドロとした圧を感じながら、ぎこちなく席を立つ。


「ぜひよろこんで」


 引きつった顔で応じる。


「やったー! ならあたしたち、友達ね」


 純粋な顔に明るい声を出し、憂いなく手を取るエレナ。


 彼女とともに歩き出す。

 苦笑いを浮かべたウイユ。

 内心、どうしてこうなったと言いたいが、断る選択肢はなかった。

 彼女はそういうことができない性格だからだ。



 以降一人でいると、エレナが声を掛けてくるようになった。

 さすがはマドンナ。どんな相手にも優しく接してくれる。

 しかし、王都を案内すると言い出したときは、ひるんだ。


「そんな、おそれ多いよ。あなたにはもっとふさわしい人がいるんじゃない?」

 怖ず怖ずと呼びかけるも、相手はノリノリだ。


「駄目。あなたのこともっと知りたいの。それに、みんな都市圏出身でしょう? 他の地方から来た子は少ないのよ」


 全く聞いてくれない。


「ジュエル学園での生活は新しいことばかりで不安よね。実はあたしもそうなの」


 豊かな睫毛が強調する目。

 虹彩をよく見るとオレンジをベースに、黄と赤の色がにじんでいた。

 半熟の玉子のように丸い瞳が、焦がれるようにウイユを見つめる。


「だから、一緒に頑張って行きましょう、ウイユ」


 両手を掴み、ぐいっと迫る。ふんわりと柑橘かんきつ系の香りがした。


 ウイユが嫌と言わないのを見るや、相手は一気に気を良くしたのか、満面の笑みを向ける。

 キラキラとした顔に胸を締め付けられた。


「休みの日なら暇だし、いいよ」


 目をそらしながら控えめに繰り出す。


「じゃあ約束よ! 次の日に広場で会いましょう!」


 エレナは高い声を出し、手を振り離れていく。


「じゃあね、ウイユ」


 イキイキとした声を聞いた。

 ウイユはやれやれと息を吐き、肩をすくめる。



 王都ロワ・グロワール、市街地。


 休日。

 晴れた空の下、無地のカットソーに長ズボンといった格好で、表に出てきたウイユ。

 やや遅れて現れた相手の容姿に、おお……と息を呑む。


 花が開いたデザインの袖のシフォンブラウスに、ミニスカート。

 ニーハイソックスに覆われた脚は長く、肉感的だった。

 足元はフラットシューズながらピンク色と可愛らしく、差を見せつけられた気になった。


「わぁ、ちゃんと着てくれたんだ。待ってた? ひょっとしてあたしのこと好き?」

「待ってないし、約束に従っただけ」


 突き放すように答えても、彼女はニコニコしたままだった。


「嫌じゃないってことなら付き合ってくれるわよね。あたし、案内したいところが山程あるのよ」


 エレナは喜々として距離を取り、こちらの腕を掴んだ。


 そばで存在感を放つ装飾品。

 胸元の赤銅のチェーンに吊るされた、ブリリアントカットのトパーズ。

 髪の編み込みの根本では、苺色のイヤリングが揺れる。


「こっちは手作りなのよ」


 自身の耳に触れ、示す。

 いわく、レジンを加工したものらしい。

 本物のクォーツのように透明感があって、キラキラと輝いている。


 物を作る才能があって、羨ましくなった。

 同時になんの装飾もない貧相な自分の手首が、彼女に触れたことで、色を帯びた気がする。


「それじゃあ行くわよ、ついてきて」


 のびのびと歩き出すエレナを追いかけ、ウイユもそっと足を動かした。


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